〜肝胆相照らす〜

   ♢


 暑さが肌に張り付くように感じる今日この頃、少しの怠さを背負いながら、僕は橙果さんと二週間と少し前に会った橙果さんの友人達と大型ショッピングモールに来ている。

「どこ行く?」

「化粧品見たいなぁ」

「俺も新しい服欲しいな。藍は?」

「俺は特にないな。武流について行こうかな」

「じゃあ、午前中はそれぞれで過ごす?」

「いいんじゃないかな?」

「お昼にフードコート集合しよう」

「オーケー」

「わかった!」

「光君はどうする?私達と行く?」

「え、あっうん。じゃあお邪魔します」

 女性陣は化粧品を見に行くというからそこに僕がいると邪魔かなと思ったけれど、藍君は僕のこと気に入らないようだし申し訳ないが女性陣の買い物に着いて行くことにした。

 別れて目的の場所へと進もうとした時、視線を感じて振り返ると藍君が僕のことをジッと見ていた。その視線と目が合った瞬間、僕は思わず目を逸らしてしまった。

 僕、藍君に何かしたかな・・・

 心当たりがなく、なぜ彼が僕をあんなにも気に入らないのかと頭を悩ませる。

 なんというか嫌われているというよりは敵視されているような感じ・・・。でも、なんで?


「光君?大丈夫?」

 そんな風に考え込んでいたら目的地に着いていたらしく橙果さんに心配されてしまった。

「あっ、ごめん大丈夫」

「そう?なにかあったら言ってよ?」

「うん。わかった」

 橙果さんはいつも僕を気遣ってくれる。


 気付いたら知らない場所に一人で、その日を生きるので精一杯で自分のことを考える時間なんかなかった。行く宛もなく明日に置いていかれないように、何かに縋るように過ごしていたが現実は残酷に無常に僕の身体から生気を奪っていく。文字通り力尽きるように倒れたあの日、僕は死を覚悟した。

 薄れゆく意識の中で無力感に苛まれながら死に確実に向かっている感覚がした。

 ここはどこなのか、どこから来たのか、どうやって過ごしてきたのか、自分が何者なのかすらも分からないまま、なんとも呆気なく終わるもんだと絶望していた時、光が差した。

 掠れた視界の中、掛けられた声にすごく安心したのを覚えている。命が助かっても僕の今後は明るくないと分かった時も現実を受け入れた、いや、諦めていた僕に、未来を諦めなくていいと言ってくれた。あの時、不覚にも泣きそうになっていた。

 それからも橙果さんは僕が馴染めるようになにかと気を使ってくれる。

 橙果さんは感謝してもしきれない恩人だ。

 どうすれば彼女にこの多大な恩を返せるか僕はいつも考えている。

 だが先ずは僕自身の問題を片付けてからだ。僕自身を取り戻してから、しっかりと返していこうと僕は気合いを入れ直した。


「見てこれ可愛い!」

「ほんとだ!色どうしよう・・・」

「迷うなぁ」

 三人は目を輝かせて商品棚を眺めている。棚に並ぶ化粧品達は煌びやかで眩しい。この場所だけ別な世界が広がっているようだった。輝いて並ぶ未知の世界に僕の口から興味が湧いた。

「メイク道具ってこんなに種類が多いんですね」

「そうなんだよ!こうやって見に来るたびに欲しいものがあって困るんだよねぇ。好きなブランドからもたくさんいいものが出るし、そこにカラー違いなんて出たらさぁぁ」

「ふふっほんとね」

「それでこれがさ?」

 僕の疑問を拾って、即座に蒼さんが答えてくれた。僕が興味を持ったのが嬉しかったのか熱烈に解説をしてくれる。蒼さんの説明は止まらず、化粧品やオシャレについて話す彼女の目はキラキラと輝いていて表情は子供のように豊かだ。ワクワクと楽しんでいると誰が見てもわかる程に。そんな熱量の高さに圧倒されて呆けて説明する彼女を見ているとそれまで楽しそうに解説していた蒼さんが突然口を閉ざした。

「ごめん、引いた?」

「え?どうして・・?」

「いや、求めてないのに色々喋りすぎたかなって・・・。こんな一方的に・・・」

 先程までの明るさはどこかへと行ってしまい蒼さんどこか悲しそうに笑って言葉を続ける。

「てか、私のこと怖いでしょ?」

「怖い?」

「私、こんな見た目だし、話しづらかったりするんじゃないかなって・・・」

 蒼さんは確かに派手な見た目をしていて、メイクも髪も爪もオシャレに着飾られている。性格も僕とは正反対の明るくグループの中心にいそうなタイプだ。彼女のようにハキハキとものを言う人を怖いと思う人がいるのも事実なのだろう。それでも。


「怖くないです」

「え?・・・」

 キッパリと言い切った僕に蒼さんは目を見開いて驚いているようだった。そんなに驚くことだろうか?

「僕は、人見知りだし蒼さんみたいに明るい人間じゃないです。それに、人との距離の詰め方も上手くないから、どうしたらいいか分からなくて人に気を使わせちゃうことも多いみたいで。だから、蒼さんにもそう思わせちゃったのかもしれないけれど、僕は蒼さんのこと怖いと思ったことは本当に無いです。むしろ、明るくていつも楽しそうに周りの人と話せるところに憧れます」

「でも、さっきの私が話してた時、ポカンとして引いてなかった?」

「あれは、蒼さんの好きなものに対する熱量に圧倒されてたというか。そんなに熱中できるものがあるのが凄いなって。純粋にそう思ってたんです」

「そう、か。そうか」

 僕の話を聞いて蒼さんはほっとしたように息をついた。

「ありがとう。光君」

「いえ、僕は何も」

「ふふっ、まぁそれでいいか。ていうか敬語じゃなくていいよ。友達なんだし」

「っ・・・。いいんですか?」

「当たり前じゃん!」

「・・わかった。ありがとう」

「うん!それでいい!」

 一対一で話したことで、蒼さんとの距離が縮まったのを感じた。親しく慣れたのが嬉しくて自然と僕の頬が緩んだ。


「蒼さんの、その爪も凄いよね。そうゆうのも自分で出来るの?」

「うん。まぁ、ネイルをやってくれるお店もあるけどこのネイルは自分でやったよ」

「へぇ、凄いね。とても綺麗だ」

「自分で好きな時に好きなようにできるから。私はいつも自分でやってるの」

「ほんと、蒼はネイル上手いよね!プロ並みだよ」

「うん!この前蒼ちゃんにして貰ったやつも可愛かった」

「光君はさ!何か好きなものないの?趣味とか!」

「特に・・・」

「そっかぁ。じゃあやってみたいことは?」

「まだ、これっていうのは見つかってないけど、気になってるものは出来てきたかな?」

「そうなんだ!いいじゃん!いいじゃん!」

 距離が縮まったことで蒼さんとも話しやすくなってきた。楽しい時間は足早に過ぎ去って行く。それでも僕達は雑談に花を咲かせながらこの時を満喫するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

I'm :Ret @ret_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画