〜肝胆相照らす〜

「えっ・・・・」

「光さんは敬語の方が楽?」

「いや、そうゆうわけじゃないですけど・・・」

「じゃあ、敬語外そう!私達多分、そこまで年変わらないと思うし」

「うぅん・・・」

 光さんは私の提案に悩んだように唸った。

「やっぱり、いや?」

「いや、じゃないですけど、いいのかなって。僕はお世話になっている身ですし」

「確かにそれは間違ってないけど、だからって敬語でいなきゃいけない訳じゃないと思うよ。嫌じゃないならこうゆうところからやっていけば、もう少し過ごしやすくなるんじゃないかな?」

「なるほど・・・」

 家に来てからずっと張り詰めていた光さんの雰囲気が緩むのを感じた。

「それじゃあ決まり!呼び方は、・・・光君でもいい?」

「は、うん。いいよ」

 まだ、ぎこちなさは残るが幾分か柔らかくなった表情に、私は密かに安堵した。

「改めてよろしくね!光君!」

「うん!よろしく、橙果さん」

 握手を交わせば光君との距離が近づいたように感じて、私は嬉しくて思わず笑顔が溢れた。


「そうだ!光君、明日予定ある?」

「いや、特に、ないけど・・・」

「じゃあさ!私とこの辺の近所を散歩しない?案内するよ」

「ほんと?でも、迷惑じゃない、?」

「光君、そんな遠慮しなくていいんだよ。私から言い出したんだしいいに決まってるでしょ。迷惑じゃないよ」

「そっか、じゃあ、お願いします」

「はい!」

 光君は私の言葉に安心したように笑った。少しづつ、少しづつで良い。光君の笑顔が増えると良いなと思う。




   ♢


「二人とも、ご飯できたわよ」

「はぁい!今行く!」

 日があと少しで落ちきりそうな頃、階下から母の夕飯を知らせる声が聞こえた。読んでいた雑誌を閉じて自分の部屋から出てリビングに向かう。リビングに近づくにつれて嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔をくすぐる。

「お母さん!今日は何がある?!」

「テーブルの上ので全部よ」

 母が指した先にはラタン編みのバスケットがあり、その中には両親のお店のパンが入っていた。売れ残ったパンはたびたび我が家の食卓に並ぶ。私はこの日がとても楽しみなのだ。パン屋の娘だが、うちのお店はこの辺では人気があるようで売れ残りが出ない日もある。だから、そこまで頻繁に食べれるわけではないのだ。

 食パンにジャムぱん、メロンパンにクロワッサン、コロネにプレッツェルにロールパンと種類も豊富なのが売りだ。フワフワ、カリカリとした食感も好きなところ。


「わっ!すごい良い匂い・・・」

「そうでしょうっ!ふふっ」

 二階から降りてきた光君がリビングに漂うパンの香りに驚いている。光君のその反応に私はとても誇らしい気持ちが湧いて胸を張った。

「なんで橙果がドヤ顔するのよ・・・」

「だってお母さん達のパンを褒められたんだよ?そりゃあ嬉しいよっ!」

 母は私に呆れた様子だったが、それでもどこか嬉しそうな表情をしている。

「ほら、食べる準備を手伝って」

「分かった!」

「はい」

 三人で支度をしていると自室で休んでいた祖母が起きてきた。

「ごめんなさい。用意を全て任せてしまって・・・」

「お義母さん、気にしないでください。お身体はどうですか?」

「休んだから、だいぶいいですよ。ありがとうね」

「それなら、いいですが、無理なさらないでくださいね?もう食べられますので、座っててください」

 祖母は二年前に大きな病気にかかって手術もした。完治はしたもののそれから体力が落ちてしまったようで、時々自室で寝込むことがある。病気は治ったし、祖母自身もザクの散歩などで体力は戻ってきていて、退院当初よりはその頻度も少なくなっているがやはり好きな祖母が具合悪そうなのは心配だった。その気持ちが顔に出ていたのだろう。祖母が念をおすように大丈夫。と言ってくれた。


「ふぅぅ、疲れたぁ・・・」

 少し重くなった空気を割くように父がリビングい入ってきた。父の気の抜けた声が空気を和やかに変えていく。

「貴方、お疲れ様」

「おぉ、・・・。今日のご飯なに?」

「シチューですよ」

「やったっ!パンに合うなぁ」

「ジャムもあるから光さんも好きに使ってね」

「はい、ありがとうございます」

 テーブルの上には母の作ったシチュー、母の作ったジャム、父の作ったパンが並ぶ。大好きな時間。暖かな食卓。


「美味しい・・・」

「えっ・・・」

「え?あっ・・・すいません、声に出てた?」

「ふふっうん!」

「はははっ!!光君のお口に合ったようでよかったよ!」

「どんどん食べてね」

「はい、ありがとうございます。僕これ好きです!」

「よかった!ほらどんどん食べなさい!」

 光君が美味しいと小さく笑顔を見せたことで、場が暖かな空気に包まれる。私以外の皆も嬉しそうに顔を綻ばせている。

 光君は初めて話した時から好きなものも嫌いなものも特にない。と言い、何かについて感情を見せることは殆どなかった。だから、初めてここまで感情を見せてくれた事、光君に好きなものができたことが私達家族全員嬉しいのだ。

 こうしてもっと光君に好きなものが増えていけばいいなと嬉しそうにパンを頬張る光君を見てそう思うのだった。


 こんな風に、楽しく過ごしていければ。と______________________

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