肝胆相照らす
〜肝胆相照らす〜
♢
「ただいま帰りましたよ」
「おばあちゃん!ザク!おかえり!」
凛とした声が響いたのが聞こえて玄関へと向かう。年齢を感じさせないしゃんと伸びた背筋に品のある雰囲気が少し近寄りがたさを漂わせているが厳しくも優しい愛情深い人だと私は知っている。そんな祖母が昔から大好きだった。ダックスのザクロは尻尾を振って私の足元で出迎えを喜んでいる。
「よしよし!ザク!楽しかった?」
「橙果、出迎えありがとう。今日は前話していた子が来る日だったわね?もういるの?」
「うん。部屋で休んでいるよ。疲れたみたい」
「退院したばかりだからしょうがないでしょうね。後で挨拶するわ」
「うん!お昼に降りてくるはずだからその時ね」
「わかったわ。少し疲れたから私もそれまで部屋で休んでいるわ」
「わかった!時間になったら声掛けるね。片付けはやっとくよ」
「ありがとう」
ザクの足を拭いているおばあちゃんから散歩の用具を受け取ってリビングに戻る。
ザクもリビングに連れて行くと何故かソワソワと落ち着きがなくなり、しきりに私や部屋の家具、何も無い虚空を嗅ぎ始めた。
「ザク?どうしたの?」
「知らない匂いがするから落ち着かないんじゃないかな?」
「あぁ、ザク人見知りだしね」
「光君と会わせるのは慎重にしたほうがいいかもしれないね」
「よしよし、ザク。大丈夫だよぉ」
ソワソワとしているザクを撫でてあげると落ち着いてきたのか膝の上で気持ち良さそうに目を細めた。
「橙果、後十五分くらいでお昼できるから光さんに声掛けておいてくれる?」
「分かった!」
二階に光さんを呼びに行こうと階段を登っていると後ろからカチャカチャと足を鳴らし、ザクが着いてきていた。
「ザク?下にいて?」
流石にいきなり会わせるのは心配なので一階に戻そうとしたが、ザクは頑なで私の側から離れようとしない。
「しょうがないなぁ。よいしょっ」
側を動かずこちらを見上げるザクを抱え上げて光さんの部屋のドアをノックする。
「光さん、もうすぐご飯だけど食べられそう?」
「あぁ、はい今出ます!」
「光さん、休め_______」
部屋から出てきた光さんに体調を聞こうとした時、光さんを見たザクが唸り出した。
「ザク?」
「わゔっ!」
「こらっ、ザク。だめでしょ?」
私が注意をするとザクはしゅんとしたように鳴き止んだ。
しっかりと躾けているから滅多に吠えることなんてないのに・・・
「ごめんね。光さん・・・」
「全然大丈夫ですよ。知らない人がいたから吠えちゃったんだろうし」
「ごめんね。この子人見知りなの。慣れたら大丈夫だと思うから。それまでは大目に見てほしい」
「分かりました」
「ありがとう。とりあえず下に行こう!皆が待ってる」
「はい」
ザクを宥めながら、光さんと共に一階に降りる。その間もザクは私の肩越しに光さんをジッと見ていた。
「ちょっと待ってね」
階段を降りて左手にある扉の前で一度止まる。
「おばあちゃん、そろそろお昼だよ」
「はい、今いきますよ」
襖が開いて中から祖母が出てくる。
「あら、貴方が・・・」
「今日からお世話になります。光と申します。よろしくお願いします」
「橙果の祖母です。橙果の両親が仕事の間は私が貴方に家のことを教えることになっているから、よろしくお願いしますね」
「はい。分かりました。よろしくお願いします」
祖母との挨拶を済ませて三人でリビングへと向かう。
「あぁ、丁度良かった。今できたわよ」
「はぁい、お皿出すね」
「僕もやります」
皆で食べる用意をしてそれぞれ席につく。
「いただきます」
「いただきます・・」
時間が合うなら家族は揃って食卓を囲む。というルールが我が家にはあり、幼い頃から躾けられてきているため、もはや当たり前のことになっているせいか私達家族の食事の挨拶は当然のように揃ってこの場に溶けた。その後を、戸惑ったように遠慮がちな光さんの声が追いかけて彼は箸を手に取った。
「光さんどう?お口に合うかしら?」
「はい、とても美味しいです」
「嫌いなものとか、苦手なものがあったら教えてね?」
「はい」
光さんはぎこちなくも母の言葉に答えたが、どう関わっていけばいいのか分からないようで失礼にならない最低限の受け答えだけで光さんから話し出すことはない。その雰囲気を感じとっているからか私以外もどう声を掛けたものかと様子を伺っている。なんともいえない空気のまま昼食は終えた。
「洗い物、やります」
「ありがとう。だけど、今回は大丈夫よ。その代わり夕飯の片付けをお願いするわ。教えるから。それまでゆっくりしていて」
「分かりました。それでは僕は部屋に戻ります」
「分かったわ」
もどかしそうな様子の光さんを見て、私は部屋に戻る彼の後を追いかけた。
「光さん、今から少し大丈夫?ちょっと話さない?」
「あっ、はい大丈夫です」
光さんの部屋に行き向かい合って座る。
「体調はどう?」
「お陰様で調子いいです」
やっと開いた口は再び閉じて気まずい沈黙に、視線を彷徨わせてやり過ごす。
「・・光さん、過ごしずらい?」
「いや、そんな事は・・・」
「あぁ!いや、ごめんそうじゃなくてえっとぉ・・」
うぅん・・・と頭を捻るが自分の言いたいことがどうすればきちんと伝わるのかと脳内辞書を捲るが適切な言葉は中々見つからない。
「あぁっ!!!もういいや!とりあえずさっ光さんさ!」
「・・・はい」
「敬語やめない?」
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