〜君との出会い〜

   ♢


「これからよろしくお願いします」

「よろしくね!改めまして私は橙果と言います」

「よろしく。僕は橙果の父です」

「橙果の母です。よろしくね。うちに住む以上は家事やお店の手伝いも覚えてもらいますからね?」

「はい。もちろんです。本当にありがとうございます」

 光さんがうちで住むことが決まった後、先生と両親の勧めで一週間入院を終え、私の家へとやって来た。

 入院は体も問題ないしお金もかかるからと光さんは遠慮していたのだが、両親と旗原先生が念の為に。と強く言ったためだった。

「あと、おばあちゃんとペットの犬がいるんだけど今、散歩に行っているから後で紹介するね!」

「はい。分かりました」

「じゃあ光さんの部屋に案内するから着いてきて」

「ほんと何から何までありがとうございます」

「気にしないで!一緒に記憶が戻るように頑張ろう!」

「はい!」

「はい!ここが今日から光さんの部屋ね?必要な荷物は置いてあるから好きに使って。ひと段落したらどうする?私時間あるからこの辺案内できるよ?」

「いや、ちょっと疲れたので休もうかと。いいですか?」

「いいよ!お昼になったら呼ぶから」

「はい、お願いします」

 光さんを部屋に案内してからその場をあとにする。表情の出にくい印象のあった光さんとどう関わろうか少し悩んでいたが、病院で先生の話を聞いた時も私達家族が引き取るという話をした時もよく見なけれ分からないが、これからのことに悲しそうにしたり、泣きそうな表情が垣間見えた。それを見て私と同じ年相応の子なんだと分かった。気づいたら知らない土地であてもなくきっと自分の感情を優先することができなかったのだろうと思う。ここで過ごすうちに光さんが自分の心のままに感情を出せるようになるといいなとそうできる雰囲気を作りたいなと考えている。

 どんな話をしようかと私は考えながら自室でお昼までの時間を過ごした。



   ♢


「ふぅ・・・」

 椅子に深く座り、気だるい身体を背もたれに預けて肺に詰まった重い空気が押し出されるように口から漏れた。

「旗原先生お疲れ様です。コーヒーどうぞ。先生はブラックでしたよね?」

「あぁ、ありがとう・・・・」

「お疲れのようですね。何かありましたか?」

「いや、昨日徹夜してね・・・・」

「あれ、昨日は休暇じゃなかったでしたっけ?」

「ちょっと気になることがあって調べ物をしていてね」

「もしかして、先週いらした記憶喪失の患者さんのことですか?」

「ま、ぁね」

「そういえば結局、入院中に何も思い出せないまま退院してましたね。本人も、もどかしそうで。ああゆう場合って私達はどうしたらいいのか未だに正解がわからないんですよね・・・・。それにしてもびっくりしましたね。あの子なんて・・・。私、初めて見ました。ドラマとかだけの話かと」

「あるにはあるんだよ。実際とても稀だけど、"全般性健忘症"と呼ばれるもので自分の事や世間の事、以前持っていた技能などまでも忘れるという症状が出るんだが・・・」

「どうしました?」

「記憶喪失、解離性健忘症の発症原因は外傷によるものや虐待などの心的外傷によるものなのは知っているよね」

「はい」

「だが、光さんには外傷も心的外傷を負っている形跡もなかった」

「確かに・・・。じゃあなんで・・・」

「もう一つ、光さんの症状からできる診察がある」

「え?」

「"解離性同一性障害"所謂、多重人格の可能性だ」

「多重人格・・・」

「それなら、二週間前に生まれた人格が光さんで前の人格の記憶が無い為に自分の名前以外、分からない。というのも辻褄は合う、と思う」

 そうであれば、家族のこと、自分の出身地さえも分からないのに説明がつく。

「それになによりは自分をと主張していた。それが元来のものか、はたまた・・・」

「別の人格だからなのか、。ということですか?」

「そうだ。多重人格の特徴として性別、年齢、さらには国をも越えた人格が生まれるというのがあるからね」

 光さんの身体的性別が女性だということは診察をしていてようやく気づいた事だった。

 記憶喪失の診断をした時、同時にその事が引っかかって、解離性同一性障害の可能性を考えた。

 昨日は様々な解離性健忘症、解離性同一性障害の症例を調べていたら気付けば朝を迎えていた。


「では、何故そう診断をなさらなかったんですか?」

「黄玉さんのご両親には説明してある。だから、念の為と言って一週間入院をしてもらったんだが・・・」

「別の人格が現れなかった・・・・?」

「あぁ」

 一週間張り付くように観察を続けたが、一瞬たりとも人格が変化した様子はなかった。だから、記憶喪失と判断し退院を許可したのだ。だが、これから人格が現れないとも限らない。黄玉さんのご両親には注意をするようにと話はしておいた。

「どちらにせよ、慎重にならなきゃいけない話だから、変に騒がない方がいいと判断したんだ。経過観察をしつつという感じかな」

「なるほど。確かに変に刺激して悪い方にいってしまうこともありますからね」

「そう言うこと」

「ゆっくり解決していくしかないですね。あっ!休憩時間終わるので失礼します!」

「はい。頑張って」

 部下を見送って残り少ないコーヒーを勢いよく飲み干す。苦みによって霧のかかった頭が少し晴れる気がした。

 やはり、これは手放せないな・・・


 そのとき、晴れた頭の片隅に昨日調べているうちに湧いたもうひとつの可能性が過ぎる。

 いけない。経過観察をすると決めただろ・・・

 呑まれそうになった思考をかき消すように頭を振って俺も仕事に戻った。

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