〜君との出会い〜
♢
「記憶喪失・・・」
自分の名前以外何も分からないと聞いた時からそうなんじゃないかと思ってはいたが、まさか自分が現実で実際に目の当たりにする事があるとは思わなかった。隣の光さんを見れば当人のはずなのにひどく落ち着いていて動揺の色が一切見えない。私は診断結果を予測出来ていても驚きが隠せないくらいだったのに。驚いていないというより、諦めているという様子だ。
「それだと、僕は今後どうしたら・・・」
「・・・体に異常がないとはいえ、経過観察で最大七十二時間は入院できるので、していただきますが・・・・。その後は・・・保護する事はできなくなります。本来であれば一週間は入院していただく所なのですが・・・」
「そうですか・・・」
「入院中に記憶が戻れば良いのですが、国の制度を利用するにしても身元がわからないと限界がありますね」
厳しい現実に私は唖然として言葉が出てこなかった。
「・・・分かりました。入院の間、よろしくお願いします」
「・・・分かりました。私達も退院までサポートさせていただきます」
「黄玉さんもお世話になったお金はなんとかして絶対返すから」
「いや、それは・・・・」
光さんの身元がわからなかったため私の家が身元引受人として登録してもらっていた。でも、それは私が無理を言って親にお願いした事だった。母は光さんの事情に同情しつつも、反対していた。そんな母をなんとか父が説得してくれて病院にいる事ができている。
「その、せめて一週間は入院させてもらったら良いんじゃないですか?ほら、私の家が引き受け人として登録してもらってるし・・・。その間に思い出す事があるかもしれないし・・・」
「いや、これ以上迷惑はかけられない。医療費だって安くないんだし」
「でも、・・・このままじゃ」
「仕方ないよ・・・」
諦めたように笑みを浮かべて目を伏せる光さんを見て私は咄嗟に口を開いていた。
「・・・退院した後は私の家に来たら良いんじゃないかな?!」
「え・・・」
「黄玉さんそれは・・・・」
私が勢いだけで言った提案を聞いて光さんも先生も驚きより引いている様子でこちらを見た。
「いや!住む場所さえあれば安心して記憶を思い出すのに集中できるかなって・・・・。身元さえ分かれば病院に行くのも、働くのだってできるようになるでしょ?」
「でも、思い出すまで迷惑をかけるわけにはいかないよ。その気持ちだけで十分だよ」
「黄玉さん。そうゆう事は簡単に言うものじゃないよ。責任はそう簡単に背負ってはいけない。厳しいことを言うけれど一時の感情で軽率なことをするんじゃない」
光さんには丁重に断られ、先生には怒られてしまった。先生の言う通り光さんの境遇に同情して咄嗟に言った自覚はあるが全く考えがないわけではない。
「ですが、かかったお金を返してもらうにしても今の状態で退院したんじゃお金を返すどころか自分のご飯すらままならないでしょ?そしたらまた同じことの繰り返しじゃないですか」
「確かに、それはそうだが・・・・」
「光さんもその方が安心して過ごせるんじゃないかな」
「でも、・・・・」
これ以上頼ることに抵抗があるのか私の提案が一番現状を解決できる方法と分かっても首を縦に振るのを渋った。
「しかし、黄玉さん。君は一人暮らしではないのでしょう。ご両親に何て説明するのですか?簡単に納得する話ではないと思いますよ。そう言った意味でも無責任だと思いますが・・・」
「それ、は。まぁ、これから説得しますが、・・・。でも、それさえ解決すれば私の家で光さんが住む事は何も問題ありませんよね?」
「確かに、法的な問題はありませんが・・・」
「なら、私頑張って説得してみせます!少し時間を下さい!光さん、だから諦めなくていいんだよ。光さんのことも、これからの事も。私も協力するから!」
「黄玉さん・・・」
「はぁ、・・・。分かりました。とりあえずご両親をここに呼んでください。私の方から詳しく説明をしますから。説得は任せますからね?」
「はい!」
私が引かないと分かったのか呆れた様子で先生は私の提案を承諾してくれた。
少し準備をするので受付の場所でお待ちくださいと言った旗原先生は額に手を当てて疲れた顔で病室を出た。
「よしっ」
そうして私は気合を入れて携帯を握り外に向かった。
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