〜君との出会い〜

 光君は虚な目を私の方に向けながら答えた。

「光、さん?大丈夫?どこか怪我してない?」

「け、がはして、ない・・・と、思う」

「そ、っか・・・。よかった・・・」


 長く外にいたのだろう雨で濡れただけでなく、服が所々泥などで汚れてしまっている。

「はぁ、・・はっ、はぁ・・は」

「光さん?!大丈夫?寒い?!」

 状態を確認していると光君の容体が急変した。ただでさえ白かった顔色がさらに悪くなったように感じるし、体は目に見えて震え始めた。呼吸の感覚も短くなっていて咄嗟に肩を摩る。触れた肩は凍えるように震える様子とは対象に燃えるように熱かった。

「・・だ、いじょ、ぶ、・・・はぁ、あり、がと・・ござ、ぃ」

「光さん!!あおい!救急車っ!」

 もうほぼ閉じかけていた瞼が完全に落ちたのを見て私達は慌てて救急車を呼んだ。私の脳裏に先程見たニュースが過った。



   ♢


 電源を入れられた機器が起動するように落ちていた意識が浮上した。いつぶりかに開いた瞼はもうその動きを忘れたかのように重く普段より幾分か遅く視界が開けた。浮上した意識が少しずつあらゆる感覚、情報を取り戻していく。視界に映る景色はまたもよく知らない場所でどこかの天井らしい。少し年季が入っているのだろう真っ白であっただろう天井は所々にシミが目立つ。自分の状況を正確に把握しようと視線を彷徨わせると左手にある扉が開いた。そこから顔を出したのは茶色がかった髪を緩く巻いたボブカットの女性だ。


「あっ!目、覚めた!体の調子はどう?」

「・・・あぁ、特に、問題はないと思う」

 掠れた僕の声が部屋に消えていく。それでも彼女には届いたようで少しホッとしたような顔をした後ナースコールを押してくれた。状況を見て察していたがやはりここは病院のベットのようだ。よく見れば左腕には点滴が繋がっていた。

「本当に良かった・・・。ひどい熱で危ない所だったって言われたから。顔色も少し戻ったね」

 彼女が僕を助けてくれたらしい。白くなっていく視界の中で最後に聞こえた声と一緒だ。確か、とうか、と言っていたと思う。


「君が助けてくれたの・・・?ありがとう・・」

「いや、私は何もしてないよ。救急車を呼ぶので精一杯だったから・・・」

「いやいや、そんなこと______」

 バツ悪そうに笑う彼女に感謝をちゃんと伝えようと話し出した時、彼女の後方の扉が開き、看護師と担当医であろうの先生が入ってきた。



「目を覚ましましたか。僕は貴方の処置を行った心療内科の竹田と言います。お身体の方はどうですか?」

「はい・・・。だいぶ楽です。ご迷惑をお掛けしました」

「いえ、体調が戻られて何よりです」

 小太りな担当医は人の良さそうな笑顔でにこりと微笑むといくつかの質問を始めた。

「貴方は道で倒れていた所を彼女に発見されここに運ばれました。倒れたことは覚えていますか?」

「はい」

「倒れた原因は脱水症状でした。発熱もしていましたが、それ以前に貴方ここ最近まともに食事もとっていなかったのではないですか?」

「はい。確かに一昨日の夜からしっかりと食事をとれていませんでした・・・」

「それは何故?」

「所持金が尽きてしまったのと行く宛がなくて二週間近く途方に暮れていたので・・・」

「貴方の地元はどこなんですか?」

「・・・わかりません」

「?では、どこから来たのですか?」

「わかりません。気づいたら、・・・知らない所にいたので・・・」

「ご家族は?」

「いるのかどうかも・・・」

「・・・今年が何年だか分かりますか?」

「分かりません・・・」

 先程までにこりとしていた担当医の顔に影が差した。担当医は続けて問う。

「貴方の名前は?」

「光。・・・です」

「・・・・。苗字は・・・?」

「分かりません・・・」

「名前意外に自分について知っている事はありますか?」



「あり、ません・・・・」

 僕の声が溶け、嫌な静けさがこの場を包んだ。

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