I'm

:Ret

〜君との出会い〜

   ♢


橙果とうかぁ!!そろそろ出なくていいの?!ご飯置いとくからね!!」

「わかったぁ!ありがとう!!」

 いつもの騒がしい朝。よく遅刻しそうになる私は母の声に急かされながらバタバタとリビングに出ると母の作ったご飯が並べられている。

「いただきます!」

「いい加減余裕を持って準備しなさいよ」

「ごめんなさぁいぃ・・・」

 この歳で未だに時間の管理が下手な私を母は呆れた顔をして叱る。それを私はご飯を食べながら謝る。これもいつもの光景だ。

「もう、・・。食べたお皿は流しに置いて水に浸けておいてね。私はお店戻るから」

「はぁい」

「家を出る時戸締りしてってね」

「わかったぁ」

「気をつけて行くのよ?」

「うん」

「じゃあよろしくね」

「うん!お母さんも頑張って!」

 そうして母はお店へと戻って行った。階下にある父の経営するパン屋で母も一緒に働いている。朝の早いパン屋の仕事に合わせて起き、お店の事と家の事、加えて私の世話までしてもらってしまって母には本当に頭が上がらない。


 そろそろほんとにちゃんとしないとなぁ・・・

 これ以上頼りっきりではいけないと思いながら、テレビで流れているニュースを眺めたままご飯を食べ進める。テレビのニュースは何年か前に失踪した女の子について取り上げていた。日本での行方不明者が年々増加しているという内容のものらしい。

 ニュースを見ると毎日のように何かしらの事件や事故、誰が亡くなったと顔も知らない誰かの悲しいことや辛いことが流れている。だが、私にはそのどれもテレビの世界のことの様で、今目の前で報道されている事が世界のどこかで確かにあった現実なのだという実感が湧いたことはなかった。


「やばいっ!急がなきゃ!」

 時計を見ればもう家を出なければいけない時間が迫っていた。私は慌てて残りの準備を済ませ家の戸締りをして転がるように家を出た。

「いってきますっ!」

 暖かくというよりは暑くなってきた風に背中を押されていつもの道を駆け足で進む。

「橙果ぁ!遅いよ!」

「ごめんごめんっ!お待たせいたしましたぁ!!」

「早く行こう!」

「うん」

 いつもの待ち合わせ場所で友達と合流し談笑をしながら学校へと向かう。

「課題難しくない?」

「うん・・。終わる気がしない・・・」

「わかる・・・」

 平々凡々で変わり映えのしない幸せな日常、悲しみや苦しみとは無縁の人生。


「あれ・・・?」

「どうしたの?橙果?早く行かないと遅刻するよ?」

「あそこの道の角・・・。何か落ちてない?」

「え?・・・・ほんとだなんかある」

 ふと目を向けた先、四十メートルほど先の道の影から何か飛び出すように落ちている。一歩そちらへ踏み出し目を凝らすとその正体を捉えて私の背に悪寒が走った。

「あれ・・・。靴?」

「嘘・・・。まじ?」

 恐る恐る近づけばそれは確かに薄汚れたスニーカーで。ということはそこから道の影に伸びているのは_______________。

 それを認識した瞬間走り出していた。

「ちょっと!橙果危なくない?!」

 静止の声を振り切って角まで走る。急に動かしたことでうまく回らない足を引っ張って辿り着きその勢いのまま角の先の人物を確認すれば、そこには壁にもたれ掛かるようにして項垂れている人がいた。昨日の雨に打たれたのか濡れた長い髪がその表情を隠していてよく見えないが、体格や服装から歳は私とそこまで離れていなさそうだ。


「大丈夫ですか?!聞こえますか?!!」

「・・う、んん」

 軽く肩を揺すれば隠していた髪の中から明らかに血色の悪い顔が覗いた。力無く開いた目が私を捉える。

「私は橙果!あなたの名前は?」


 いつもの朝、いつもの道、平々凡々で変わり映えのしない幸せな日常、悲しみや苦しみとは無縁の人生。

 そんな私の日々が変化し始めたのは、きっとこの瞬間だ。


「僕は、・・・ひかる

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