第33話 幼馴染みとして

 とにもかくにも、これでようやく事件に片はついたわけだ。


「はぁ~~~……柄にもなく暗躍しちまったなぁ……」


 中二心をくすぐる活躍であったと自負してるけど、それはそれとして二度とこんな事はごめんだ。誰かを怒ったり探偵の真似事をするのは、なんというか……俺らしくない。


「当分はいつも通りの平和な日常を謳歌するかなぁ」


 そんなラノベの主人公みたいなことを言ってみる。やはりいくつになっても中二病というものは抜けないものだ。俺みたいなアニメやラノベを愛するオタクは特に。


「今から教室に戻っても片づけを手伝わされるだけだし、どうするかな。このまま家に帰っちまうか?」

「なに勝手に帰ろうとしてるの?」

「あ、光莉」


 聞き覚えのあり過ぎる声の方を振り向くと、そこには呆れ顔の恋人様の姿があった。


「よく俺の場所が分かったな」

「そりゃ幼馴染みですから。どこにいるかぐらい少し考えればすぐ分かるっしょ」

「もうエスパーだよそれ」

「そんな事より」


 意味のない会話を広げようとしたところで、光莉がぴしゃりとそれを遮った。これはあくまで勘に過ぎないけど、今から俺は光莉から説教をされてしまう気がする。


「さっき、サッカー部の人達が謝りに来たよ。衣装を壊してごめんなさいって」

「へぇ、そうなんだ」


 ちゃんと謝りに行ったのかあいつら。まぁ、井口先輩があそこまでキレてたんだから流石に謝りに行かないわけにもいかないだろうが。


 光莉は俺の目を真っすぐ見たまま、どこか不機嫌そうな顔で言う。


「前に私をナンパした人も一緒にいて、私に教えてくれたんだけど、水樹が犯人を見つけてくれたんでしょ?」

「まぁな」


 実際には犯人を絞ったのは千里と井口先輩なんだけど、わざわざ説明するのも面倒くさいし、ここは彼らの手柄を自分のものにしておくとしよう。


 光莉は不機嫌そうなまま続ける。


「どうして犯人探しをする前に私に言ってくれなかったの?」

「そりゃお前、衣装の作り直しで忙しそうだったからだよ」

「嘘。どうせ私に余計な心配をかけたくないとか思ってたんでしょ?」

「……やっぱり誤魔化すの無理?」

「無理」


 これは茶化すのもやめておいた方がよさそうだ。多分、めちゃくちゃキレられる。


 仕方がないので、俺は頭を掻きながら、正直に話す事にする。


「光莉に心から文化祭を楽しんでもらいたかったからな。バレるにしてもせめて文化祭が終わってからにしようって決めてたんだ」

「そんなの……誰も頼んでない」

「そうだな。でも、俺がそうしたいからそうした」

「最初に相談してもらいたかった。千里には協力してもらってたくせに、どうして私には言ってくれなかったの?」

「何度も言うが、お前に文化祭を楽しんでもらいたかったからだよ」


 これは偽りならざる本音だ。俺は光莉が幸せに過ごしてくれるならそれでいい。たとえそのために俺が誰かから嫌われようともどうでもいいとさえ思っている。


「でも、それじゃあ水樹はちゃんと文化祭を楽しめてないって事にならない? 私、そっちの方が嫌だよ」

「俺は割り切れるタイプの男だからな。ちゃんと楽しんだよ」


 これも本音だ。光莉と過ごした初めての文化祭は本当に楽しかった。あえて言葉で言い表すなら、一生の思い出になるぐらいに。


 でも、それを説明したところで光莉は納得しないだろう。幼馴染みである俺には分かる。こいつは、俺の自己犠牲的行動に対して怒っているのだ。


「私のせいで今回の事が起きたんだよね? なのに私は蚊帳の外で……気づいた時には水樹が全部解決しちゃってた。誰もそんな事頼んでないのに」

「頼まれなくてもやるさ」


 だって俺は、お前に笑っていてほしいんだから。


「私のためにやってくれたのは分かってる。でも、次からはちゃんと相談して」


 光莉は俺に近づき、そのまま抱き着いてきた。

 くしゃり、と掴まれた制服に皴ができる音がしたが、あえて聞かなかったことにした。


「私はお姫様なんかじゃない。勝手に庇護対象にされて、勝手に助けられるのは嫌だもん。何かあったなら、一緒に解決したい。それが私達幼馴染みでしょう? 違う?」

「…………それでもしお前が傷ついたら?」

「水樹の勝手な行動ですでに傷ついてるんですけど」

「えっと、それは……」

「私は誰に何を言われようとも気にしないよ。私が傷つくのは、水樹に信用されなかった時だけ。今回みたいにね」

「信用してない訳じゃ……」

「私が傷つくかもって勝手に思い込んでたんだから、信用してないのと同じだよ」


 しまった。何も反論ができない。


「……そうだな。今回は俺が悪かった。これからは先に相談するようにするよ」

「口だけじゃない?」

「ちゃんと約束するって」

「信じられないかな」

「どうすりゃ信じてくれるんだよ」

「……ん」


 光莉は俺から少しだけ距離を取り、目を瞑って唇を突き出してきた。


「……マジ?」

「マジもマジ、大マジっしょ。恥ずかしいから早くしてくれない?」

「えー……こんなムードも減ったくれもない状況で? 校内だし、誰かに見られたらどうすんだよ」

「別に見られてもいいし。恋人同士なんだから、キスぐらい普通でしょう? ……それとも」


 光莉は片目を開いて、こう付け加えた。


「私とキスするのは……嫌?」

「はぁ……嫌な訳ないだろ」


 仕方がない。今回は俺が全面的に悪かったし、お姫様の言う事を大人しく聞いておくとしよう。


 光莉の肩を優しく抱き、顔を近づける。


「やべえ、緊張してきた」

「いちいちうっさい。さっさとやって」

「へいへい」


 目を瞑り、距離を縮め――そして、唇を重ねる。


「んっ……」


 光莉の口から吐息が漏れる。初めての柔らかな感触に、心臓が爆発しそうだった。


「……これで信じてくれますでしょうか?」

「ん、しょうがない。許してしんぜよう」

「どういうキャラなんだよそれ」


 恥ずかしさを誤魔化すようにてきとーなやり取りをし、そして俺達は馬鹿みたいに笑うのだった。


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