第32話 罪の意識

 長い準備期間と違って、文化祭の二日間はあっという間に過ぎていった。


「片付けだりー」

「全部廃品回収に出したいぐらいだよね」

「おーい、ここのテープ剝がしたいから脚立持ってきてくれー」


 文化祭が終わった翌日、お化け屋敷とかいう大々的な出し物を行った俺達はその片付けに勤しんでいた。通路を解体するだけでも一苦労な作業。みんなブツクサ文句言いつつもテキパキと仕事をこなしていっている。


「意外と盛り上がったな」

「そうね。来客数は他の出し物に負けたみたいだけど」


 段ボールをカッターナイフで裁断しながらしみじみとする俺に、千里が隣でゴミをまとめながら言葉を返す。


「一位はどこだったんだ?」

「野球部の筋肉メイド喫茶」

「だろうな」


 流石に集客率であそこに勝てる出し物は存在しなかったか。まあ、名前だけで強いもんな。筋肉とメイド喫茶だぜ? パワーワードのオンパレードすぎるだろ。


「だろうなって……あんたも行ったの?」

「ああ。光莉と一緒に行ったぞ。あんたもって事は、千里も行ったのか」

「ええ。翔琉がどうしても行きたいって言うから行ってきたわよ。はぁ……」


 今のため息でこの話題が地雷だという事が理解できた。あまり話を広げたくないけど、ここで逃げたら跡が面倒くさそうだし話ぐらい聞いておいてやるか。


「何があったんだよ」

「詳しい説明は省くけど、翔琉が店員とボディビル対決をしていたわ」

「マジで何やってんだアイツ」


 連れの女を放ってボディビル対決するとか意味不明すぎるだろ。脳の中心まで筋肉でできてんのか?


「でも、翔琉の筋肉凄かったわ……あの体で抱きしめてもらいたい……」

「……楽しんだようで何よりだわ」


 悲しみのため息じゃなくて余韻のため息だったのかよ。判断つかないから楽しかったのなら最初から楽しかったと言ってくれ。

 裁断した段ボールを重ね、紐でまとめていく。


「まぁとにかく、何も問題なく終わってくれてよかったよ。これ以上面倒ごとを増やされちゃたまったもんじゃねえし」

「面倒ごとと言えば、あれどうするの?」

「あれって?」

「とぼけないで。サッカー部の連中の事よ」

「あー……」


 他の連中に聞かれないように、千里の耳元で俺は返答する。


「実は、井口先輩に呼び出されてんだ。これからケリをつける事になると思う」

「まぁ、文化祭の後に延期したんだからそうなるでしょうね」

「だから今から俺が席を外す口実を考えておいてくれないか? 片付け中にいなくなったらサボリだと思われるだろ?」

「正直に犯人を問い詰めてくるって言えばいいのに」

「穏便に済ませたいって話なのに、そんなことしたら台無しになっちまうだろ」

「それもそっか」


 俺も別に事を荒立てたい訳じゃない。ただ、犯人の謝罪の言葉を引き出せればそれでいいんだ。


「分かったわよ。こっちはてきとーに話合わせとくから、さっさと行ってきなさい」

「悪いな」

「文化祭で翔琉との時間を作ってくれた借りを返してあげるだけよ」

「……借りという話なら他にもまだ残ってるんじゃないか?」

「あーあー知らなーい。私は過去を振り返らない女だからー」


 こ、こいつ……都合のいい事だけ忘れようとしおってからに……。


「とにかく後は頼んだぞ」

「はいはーい。いってらっしゃーい」


 まとめた段ボールを千里に預け、俺は教室から足早に出ていく。


『ん? 戸成のやつどこに行ったんだ?』

『朝に食べた牡蛎が当たったとか言ってたわよ』

『春に牡蛎を……?』



  ★★★



「遅いぞクソ後輩。何分待たせるつもりだ」

「いやこれでも急いだんですってば」


 サッカー部の部室に来た俺を出迎えたのは、相変わらず口の悪い井口先輩だった。文化祭中は顔を合わせなかったからこうして話すのは二日ぶりだけど、なんだか懐かしい気持ちにさせられる。


「で、そこで正座してるのが今回の犯人っすか?」

「ああ」


 井口先輩の傍で正座している男子生徒が三人。ネクタイの色を見るに、どうやら俺と同じ二年生のようだった。


「お前が俺に共有した録音データはすでに聞かせてある」

「ひぇっ。えげつないことしますね……」

「馬鹿には遠回しな事をやっても意味ねぇからな」


 ああ、これはめちゃくちゃキレてるな井口先輩。大会を控えた時期に余計な事をされてるから、むしろキレるなという方が無理な相談なんだろうけど。


「監督にはすでに俺の方から話をつけてる。事が終わり次第、こいつらは謹慎処分。大会が終わるまで校外で奉仕活動をさせるらしい」

「まぁ、妥当な罰じゃないっすか」


 むしろ停学にならないだけかなり優しい気がする。大事にならないようにする絶妙なところをついてきた感じだ。


 まぁ、サッカー部がこいつらにどういう処分を下すかどうかは別にそこまで気にならないからいいとして、だ。


「あえて聞くまでもないと思うけど、どうしてこんな事したんだよ」

「…………」

「先輩」

「こんなところで無駄に黙ってんじゃねぇよテメェら。監督に行って奉仕活動の期間増やしてもらってもいいんだぞ」

「……彼女が森野にいやがらせしたいって言ったからです」


 クソ野郎に殴りかからなかった自分を褒めてやりたい。


「森野が調子に乗ってるから痛い目を見せてやりたいって……」

「理由は本当にそれだけか?」

「……森野のクラスの邪魔をすればヤらせてくれるって言われたからっす」

「テメェら二人も似たようなもんか?」

「「……(こくり)」」


 気まずそうに頷く二人。

 なるほどなるほど。つまり、光莉は嫉妬狂いの馬鹿どもと性欲猿どものせいであんな目にあった訳か。なるほどなるほど……。


「先輩。全員一発ずつぶん殴ってもいいっすか?」

「別にいいぞ」

「っ!? ま、待ってください! 謝れば許してくれるって……ぶげらっ!?」


 一番近くにいたサッカー部員の右頬を感情の赴くままに殴り飛ばす。体勢を崩したサッカー部員は床に手をつき、信じられないものを見るような目を俺に向けてくる。

 慣れない暴力で痛む拳を摩りつつ、俺は馬鹿三人を睨みつける。


「ふざけんなよ……お前らのせいで、光莉がどんだけ傷ついたか分かってんのか!?」

「だ、だから悪かったって」

「謝ればお前らのやったことがなかったことになるのか? ああ!? 光莉だけじゃねえ、お前らは井口先輩にも迷惑かけてんだよ! お前らの自分勝手な行動がどれだけ多くの人を傷つけたのか分かってんのかって聞いてんだ!」


 自分で言うのも何だが、俺はあまり怒らない人間だ。面倒ごとに巻き込まれた時はなあなあの態度で受け流し、責任の所在を有耶無耶にするようにしている。


 だって怒るのって無駄なエネルギーを使うだろ? 無駄に疲れるぐらいなら、相手を許してさっさと日常に戻った方が手っ取り早い。


 ……でも、今回ばかりはさ。

 俺の幼馴染みを、恋人を傷つけられたんだ。

 ここでキレないで、いったいどこでキレろって言うんだ?


「この録音データを教師に渡したっていいんだぞ? でも、大事にすると光莉が悲しむかもしれないから、こうして内々で解決やろうとしてるってのに……どうして最初に謝罪の言葉が出てこねえんだ? なぁ、おい。実はあんまり悪いって思ってねえんだろ? さっさと帰って彼女とパコパコしたいとか思ってんだろ? なあ、教えてくれよ。お前らは今何考えてんだ? なあ!?」


 自分でも何を言ってるのか分からなかった。ただ怒りのままに、頭に浮かんだ言葉を取捨選択する事もなく、目の前の馬鹿どもを罵倒する。


「ち、ちげえよ。俺だって、やりすぎたなって思ってはいるんだ」

「あ、ああ。だからこうして謝ろうとしてて……」

「は? っざっけんなよ! お前ら――」

「はいはいそこまで」


 思わず振りかぶった俺の拳を、井口先輩が軽々と掴んだ。


「お前の気持ちも分からんでもないが、まず謝罪させてやれ」

「反省してるかどうかも分からねえ奴らに謝られたってなにも響きませんよ!」

「だろうな。だが、まずは謝らねえと話は始まらねぇだろ。落ち着け」

「……そうですね」


 先輩の言うとおりだ。俺がここで爆発したってなにも状況は改善しない。なんだよ、嫌な先輩ではあるけど、無駄に俺よりも年を食っている訳じゃないのか。


「今オマエ失礼な事考えたろ」

「気のせいです」


 睨んでくる井口先輩から即座に目を逸らす。


「はぁ……とりあえず話をまとめるぞ。この馬鹿どもには改めて、迷惑をかけた連中に謝罪をさせる。そこで問題が大事になるようだったら……次の大会は諦めるしかねぇな」

「あんなに出たがってたのにいいんですか?」

「出たいに決まってんだろ。試合の結果が大学の推薦に関わるんだからよ」


 大学の推薦、という言葉が出た瞬間、馬鹿三人の顔色が一瞬にして悪くなった。自分たちに近しい言葉を聞いて初めて、ようやく事の重大さに気づいたのかもしれない。


「だが、先輩として同じ部の後輩の尻拭いはしねぇと駄目だろ。他の奴らは納得しないかもしんねぇがな」

「い、井口さん。お、おれたち、そんなつもりじゃ……」

「うっせえ馬鹿。今更何言ってもおせぇっつの」

「うっ、ううぅぅ……」


 泣くぐらいなら最初からやらなければいいのに、という言葉はあえて口にしなかった。こいつらがようやく反省したという事ぐらい、流石に見るだけでわかったから。


 俺の言いたい事は全部吐き出した。後は、こいつらがどう動くか次第だろう。


「先輩。後は任せてもいいっすか」

「ああ。引きずってでも迷惑かけた連中に謝罪させるから安心しろ」

「お願いします」


 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにする馬鹿三人に軽蔑の視線を向けつつ、


「じゃあ、もう一つだけお願いしたいんすけど」

「なんだ?」


 俺はその場に座り込み、三人にそれはもう邪気しかない笑顔を見せつけ――言う。


「お前らと彼女のやり取りの履歴、全部コピーさせてくんない?」


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