第29話 聞きたくなかった真実
そして翌朝。
登校して早々に井口先輩に呼び出された俺は、朝っぱらから体育館裏に呼び出されていた。ちなみに千里は不在だ。なんでも、朝から翔琉と買い出しに行くことになったらしい。「私のデートを邪魔したら殺す」と鬼気迫る表情で言っていた千里の顔は当分忘れないだろう。
「ほらよ、オマエのスマホだ」
「ありがとうございます」
井口先輩は俺に向かってスマホを投げ渡してきた。俺がキャッチできたから良かったものの、落としていたらどうしていたんだろうかこの人は。画面割れたら修理代とか請求するぞマジで。
「それで、ちゃんと録音できてました?」
「あぁ……まぁな……」
やけに煮え切らない態度だな。そんなにやばい会話が録れたのか?
「はぁ……本当、出来の悪い後輩を持つと大変だぜ。部活にだけは迷惑かけるなよっていつも口を酸っぱくして言ってたんだがな」
「えぇ……どんな会話が入ってるんですがこれ」
「そんなに気になるなら聞いてみりゃいいだろ」
「ならそうしますね」
「……せめて少しは躊躇えよ」
「聞けって言ったり聞くなって言ったりどっちなんですか」
面倒くさい先輩を軽く流し、俺はスマホのボイスレコーダーに保存されたデータを再生する。
そこに入っていたのは、サッカー部の部員たちの会話。世間話や大会が近いことについての言及など、特におかしな会話はない。
しかし、五分ほどが経過してから、様子が一変した。
『つか、あれどうするよ?』
『あれって?』
『衣装ぶっ壊したやつ。流石にやりすぎだったんじゃね?』
『もうやっちまったもんはしょうがねぇだろ。それに、ああしなきゃ別れるって言ってきたのあいつらだぜ?』
『森野の嫉妬するのは勝手だけど、彼氏の俺達に迷惑かけるのやめてほしいよな』
『井口さんにも感づかれてそうだし。ほとぼりされるまでは大人しくしといた方がいいかもなぁ』
『だな。森野達にも近づかないようにしようぜ』
事の真相を信じられないぐらいベラベラと喋っていた。いやまぁ、まさか録音されているだなんて思ってもいないだろうから仕方はないのだけど。それにしたって喋りすぎだろ。どんだけ油断してんだよ。
「……ほんと、馬鹿な奴らだぜ。女の尻に敷かれる事しか能がねえなら、女となんか付き合うんじゃねえよ」
吐き捨てるように言う井口先輩の顔色はあまりよくはない。言及している点がちょっとズレている気がするけど、彼なりのポリシーというやつだろう。女遊びができる男は当然、女性の扱い方を熟知しているみたいな話だ。
井口先輩は地面を軽く蹴ると、
「で? どうすんだ? そいつを持って行って連中を脅しに行くのか? 気は乗らないが手なら貸すぞ」
「うーん……」
少し、考える。
ぶっちゃけた話、井口先輩が言うみたいに即行で片をつけるのが一番だろう。証拠は出揃った訳だし、これを提示された連中がわざわざ否定するとも思わない。
だが――
「文化祭が終わってからにしません?」
「あぁ? 何でだよ」
「いや、だって……光莉を悲しませたくないですし」
「はぁ?」
俺の言っていることが分からないようで、井口先輩は怪訝な表情を向けてきた。マジでガラ悪いなこの人。
「もしもの話をしましょう。この証拠を持って犯人捜しをした場合、その人たちはどうなりますか?」
「まぁ少なくとも謹慎処分は受けるだろうな。文化祭にも出られないだろうし、最悪の場合はサッカー部の活動停止か。クソ」
「まぁ、そんなところでしょうね。後者はどうでもいいんですけど、文化祭に彼らが出られないのだけは避けたいんですよ」
「どうしてそうなるんだよ。馬鹿なことしたあいつらの自業自得だよ」
「俺もそう思いますけど、光莉は気にすると思うんです」
だって、彼女は優しいから。
自分のせいじゃなくても、自分が関わった事で誰かが貴重な体験をできなくなってしまった場合、きっと自分の事を責めてしまう。
「あいつは馬鹿みたいに優しいんですよ。だからみんな、あいつの事が好きになる。俺はあいつに心から文化祭を楽しんでほしい。でも、今ここで犯人に反省させようとしたら、きっとそれは叶わなくなる」
――だから、全部解決するのは文化祭の後にしましょう。
最後にそう付け加えたら、井口先輩はそれはもう嫌そうな顔で俺を見てきた。年上なんだからもう少し本音というものを隠せるようにしてほしい。まぁ、そういうところが先輩のいいところかもし……いやそれはないわ。普通に短所だわ。
「……チッ。お人好しがよ」
「え、今もしかして褒めました?」
「褒めてねえよ。勝手に勘違いすんなアホ」
「あんたやっぱり口悪いな!」
やっぱり俺はこの人とは仲良くなれそうにない。
「オマエがそうするって決めたんなら俺からは何も言わねえよ。だが、あいつらを問い詰める時は必ず俺を呼べ。ウチの馬鹿どもの尻拭いは俺の仕事なんだからな」
「今初めて井口先輩から先輩らしい言葉を聞いた気がします」
「うるせえ黙れ」
その言葉を言い残し、井口先輩は地面を蹴り飛ばしながら校舎の中へと去って行った。いい先輩とは思わないけど、意外と後輩想いな人なのかもしれない。
「さーって、俺も最後の追い込みの手伝いにでも行くとするか」
文化祭の本番は明日だ。徹夜してでも、明日までに衣装を完成させなくてはならない。光莉に文化祭を楽しんでもらうためだ。多少の無理ぐらいしてなんぼだろう。
「今年の文化祭は本気でやるって決めたからな」
光莉の恋人として、一度決めたことを投げ出すような格好悪い人間にはなりたくないからな。
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