第28話 信頼関係
とりあえず犯人候補はサッカー部として調査を始める事になった。
「とはいっても、どうすりゃいいのかね」
俺はプロの探偵でも何でもない。怪しまれずに捜査する方法なんて知っている訳がない。せいぜいいきなりサッカー部の連中の元に押しかけて「お前が犯人?」って聞くぐらいしか思いつかない訳だ。
「直接問い質すのは俺に任せとけって井口先輩に言われちまったしなあ」
大事にしたくない感がバチバチに伝わる剣幕だったなぁ。まぁ大会が控えているみたいな事を言っていたし、当然なのだろうけれど。
千里は「私なりのツテがあるから」とか言って勝手に調査を始めちまったし、言い出しっぺなのに現在の俺はスーパー手持無沙汰なのである。さて、こういう時はいったい何をするべきなのか――
「よぉ光莉。調子はどうだ?」
「どこほっつき歩いてたの? 早く手伝ってよね、もう」
――衣装の復旧作業を手伝う事である。
「俺は何したらいい?」
「生地を型紙通りに切ってくれる? なるべくズレがないようにね」
「了解了解っと」
光莉から生地を受け取り、ロータリーカッターで型紙に合わせて切っていく。我ながら随分と慣れてきたものだ。そろそろ自分用の巾着袋とか作ってみようかな。
「凄いじゃん水樹。生地を切るだけなら私よりも上手いんじゃない?」
「そうか? いやぁ、俺ってば才能マンだからな。少しやるだけでそりゃもうプロみたいにこなせるんすわ」
「やっぱり今のなし。調子に乗って裁断をミスられたらたまったもんじゃないし」
「ミスんねえよ! どんだけ俺の事を軽く見てんだよ!」
「調子に乗るとすぐにミスするじゃん。私には分かるもん。水樹の事、何年見てきたと思ってるの?」
「っ」
あー、やべえやべえ。今の上目遣いはちょっと破壊力が高すぎる。思わず心臓が止まるところだったぜ……。
「光莉って本当に可愛いよな」
「はいはい。都合が悪くなったらすぐに茶化すのやめた方がいいよ」
「褒めたのに……」
「……そういうのは、茶化しじゃなくて本気で言ってもらいたいから」
「それなら何も問題ないな。本心から褒めたんだし」
「そういうところ!」
「いだっ!」
机向かいから脛を思い切り蹴り飛ばされてしまった。心から褒めたのにどうして怒られなくてはならないのか、甚だ疑問である。
『あいつまた森野さんとイチャイチャしてるぜ』
『さっきまでサボってたくせにずるいよな』
『後でアイツの靴に画鋲でも入れておくか……』
『じゃあ俺はゴミでも入れておくよ』
『私は待針を靴に刺しておくわね』
「さっきからずっと聞こえてんだよクソクラスメイトども!」
わざとらしい大声でめちゃくちゃ陰湿な話し合いを行っていたクラスメイト達を一喝するが、その全員が何事もなかったかのように作業へと戻っていった。こいつら相手が俺なら何言ってもいいと思ってりゃしませんかね……?
「ふふ。相変わらず水樹のクラスの人達って仲良しだね」
「いや、あいつら単純に俺の事気に入らないだけだぞ」
『『『それについては異議なし』』』
「こういう時は否定するもんだろ!」
『『『我々嘘はつけないので』』』
「もうやだこのクラス」
その結束力だけは褒められるべきところなんだろうけども。あとは俺に対する優しさも身に着けてほしいものである。
「やっぱり仲良しじゃん」
「お前にはいったい何が見えてるんだ……?」
「うちのクラスも仲はいいけど、水樹のクラスはなんだか特殊だよね。全員がお互いの事を信頼し切ってる感じがする」
「そうかぁ? 俺という敵に向かって一致団結してるだけだ――いだぁっ!? おい、今俺に向かって消しゴム投げた奴誰だ!?」
『『『誰も投げてねえよ自意識過剰リア充野郎』』』
「よーっし怒った。お前ら全員表に出ろ!」
俺だってやる時はやるんだからな! たとえ多対一だろうが絶対に負けねえぞ!
「楽しそうだなぁ。……でも、ちょっと嫉妬しちゃうかも」
「あ? なんでだよ。こんなの何も羨ましくねえだろ」
「いや、そうじゃなくてさ」
そこで言葉を止めると、光莉ははにかみながら、照れくさそうに頬を掻く。
「私以外も水樹の良さを知ってるんだな、って……」
「……お前は俺をキュン死にさせる気か?」
「いや、今のごめん。やっぱりなし。あーもー、つい恥ずかしいこと言っちゃった、もう……あー、顔が熱い……うー……」
勝手に自爆して勝手に照れる世界一可愛い生き物が爆誕していた。周りにバカ共がいなければすぐにでも抱きしめるところなのに……。
「光莉。ちょっと屋上へ行かないか?」
「へ? ど、どうしたの急に……」
「いや、お前が可愛すぎて抱きしめたくなった」
『キッショ』
『なんだあのキメ顔。鏡見て来いよな』
「おい、俺だって泣くときは泣くんだからな!?」
「ごめん水樹。今のは私もちょっとキモイって思っちゃった……」
「俺に味方はいねぇのか!?」
辛すぎて胸が張り裂けそうだ。今の俺を襲ってるのはただの悲しみじゃねぇぞ。超ド級の悲しみ、ド悲しみだ。
「まぁ、安心しろよ。幼馴染みのお前以上に信頼してる奴なんていねぇんだからさ」
「……そこは恋人じゃないの?」
「言葉に気をつけろ光莉。お前が余計な事を言うと無数の消しゴムが俺に向かって飛んでくることになる」
『『『チッ』』』
全員が筆箱から消しゴムを取り出そうとしていたのを俺は決して見逃しちゃいない。
「そんな事より、さっさと衣装を完成させようぜ。あとどれぐらい残ってんだ?」
「みんなのおかげで王子とシンデレラ役の衣装は完成したかな。後は他の役とか小物周りだけど……流石に時間が足りないかも」
「そうか。まぁ、間に合わせられそうなものから作っていくしかないな。ほい、切った生地」
「ありがとう。……凄い、型紙から全くズレてない。本当に上達したね」
「まぁこれが俺の本気ですよ」
「ふふっ、えらいえらい」
「え?」
子供をあやすように俺の頭を撫でてくる光莉。思わず行動に俺は一瞬、本気で呆気に取られてしまった。
俺の動揺を見て自分の行動を客観視したのか、光莉は即座に手を止めると、
「~~~~っ! ち、ちがっ、今のは……無意識で……」
トマトのように顔を真っ赤に染め上げた。
「水樹が褒めてもらいたそうな顔をしてたから、つい……」
「……光莉」
分かってる。いろいろと追い込まれてるから、つい油断してしまったんだろう。俺もそこを責めるつもりはない。
だからこそ、幼馴染として、恋人として、彼女の動揺を和らげてやらなければならない。
俺は光莉の肩に手を置き、彼女を安心させるべく、なるべく穏やかな笑みを向ける。
「気持ちよかったから大丈夫だ!」
「え、きも……」
今だけは大声を上げて泣いてもいいだろうか。
★★★
「こっちで調べてみたんだが、何人か怪しい奴をピックアップできたぞ。そっちはどうだ?」
「私の方も何人か犯人っぽい人を絞る事ができたわ。水樹、あんたは?」
「……俺はどうやらキモいらしい」
「会話が成立してないじゃねぇか。何があったんだ?」
「光莉からキモいって言われたらしいわ」
「周知の事実だろ。なに今更ショック受けてんだよ」
すべてが解決したらこの先輩絶対に一発ぶん殴る。
光莉達の手伝いをしてから少し経った頃。
彼女が友達とご飯を食べてくるというので一旦休憩になった隙を見て、俺は井口先輩と千里と捜査の経過報告会を開いていた。
「ったく、こっちが犯人捜ししてたっていうのに、テメェは彼女とイチャついてたのかよ。ふざけてやがるぜ」
「衣装の修理を手伝ってたんだよ! 別に遊んでたわけじゃない!」
「でも犯人捜しはしてなかったのよね?」
「……何をすればいいか分からなくて」
「なんでコイツあの女の恋人やれてんの?」
「それが今世紀最大の謎なのよね……」
俺の周りには失礼な奴しかいないのだろうか。
「まぁ、そいつがバカなのは一旦置いておくとして、だ」
「オイ」
「調べた感じだと、
「犯行の証拠でも見つかったの?」
「いんや、まだ。だが、何か知ってるかって聞いた時に明らかに動揺しやがってた」
「ふぅん? じゃあもうそいつらが犯人って事でいいんじゃない?」
「馬鹿か。証拠もないのに決めつけられる訳ねぇだろ」
「証拠ねぇ……警察に電話して指紋でも調べてもらえばいいのに」
それは俺も一度考えたし、なんなら光莉のクラスの担任教師にも報告はした。しかし、生徒同士のトラブルで警察を呼ぶことに難色を示していたのだ。
「あんまり大事にしたくないんじゃないか? 言い方は悪いけど、学校からすると生徒同士で解決してほしいみたいだし」
「それでサッカー部が活動停止にでもされたらたまったもんじゃねぇんだが。俺には受験もあるし、さっさと名乗り出てくれねぇと困るわ」
そうか。井口先輩は三年生だ。問題を起こした部活のメンバーだという情報が受験の障害になる可能性がある。
「井口先輩的にも大事にはしたくないんですね」
「当たり前だろ。あの女が加害者の顔面を蹴り飛ばして事が済むならそれが一番いいっての」
「光莉なら本気でフルスイングしかねないなぁ」
「……あの女どんだけ凶暴なんだよ」
「あ? 今光莉の事馬鹿にしたか?」
「オイ、クラスメイトなんだろ何とかしろよこの狂犬をよぉ!」
「いちいち相手してたらキリがないわよ臆病先輩」
俺に詰められ顔を青くする井口先輩に、千里は面倒くさそうに言う。俺の事を誰にでもかみつく犬扱いしておりませんかね?
俺の頭を掴んで距離を取りながら、井口先輩は盛大に溜息を吐く。
「とにもかくにも、このままじゃ八方塞がりだ。なにか解決策がありゃいいんだが……」
「そうね。せめて犯人の証言でももらえれば、話は変わってくるんだろうけど」
「証言かぁ……」
確かに、犯人が「自分がやりました」と発言する証拠でも見つけられれば、この停滞した状況は進められるかもしれない。
「今日はもう部活の人達とは会わないの?」
「完全下校時間前に一時間だけ活動する予定ではあるな」
「じゃあそこで直接聞いてみたら?」
「犯人ですかって聞かれてはいそうですって正直に答える人間なんていると思うか?」
井口先輩の言うとおりだ。自分を疑っている人に馬鹿正直に自白する人間なんている訳がない。だから、こういう時は相手の口から直接証言を引き出す必要があるんだけど……。
「あ。いいこと思いついた」
「ろくでもないこと、の間違いじゃないの?」
「いや、マジで名案だと思う。聞いてみてくれないか?」
「わっりぃ顔してんなオマエ……」
失礼な。俺は大切な恋人のために奮闘しているだけだというのに。
眉を顰める二人への文句を飲み込みつつ、俺は頭の中にある名案を提示する。
「サッカー部の部室と更衣室に盗聴器でも仕掛けたらどうかな?」
「……もしもし警察ですか?」
「オマエ……流石にそれは最低だぞ……」
「だ、だってこれ以外に方法ないじゃん! 警察を呼べれば指紋解析とかで一発解決かもしれねえけどさぁ!」
人は油断している時に本当の自分を出してしまうもの。さっきつい俺の頭を撫でてしまった光莉がいい例だ。だから、着替えの最中とかに今回の犯行についてついポロッと零してしまう、その隙を狙うという作戦である。
「みんな大事にしたくないんなら、こっちだってギリギリを責めりゃあいいんすよ。文句を言われても最初に道を踏み外したのは相手なんだからで言い訳できますよね?」
「サイコパスかよ……」
「……まぁでも、言いたい事は分からなくもないわ」
「オイ」
「このままじゃ事態は進展しないし、仕方ないんじゃないかしら?」
千里は壁に背中を預け、嘆息する。
「私も友達を泣かされてムカついてるし、多少の荒療治ぐらい目を瞑るわ」
「……オマエらって割とやべぇ頭してんな……教師に見つかったら停学になるかもしれねぇとか考えねぇのか?」
「恋人を泣かせた奴を痛い目に合わせられるなら、停学ぐらい軽いもんっすよ」
「まぁ、学歴に瑕はつくかもしれないけど、先に親友泣かせたのあっちだし」
「……はぁ」
井口先輩はそれはもう大きなため息を吐くと、乱暴に頭を掻き始めた。
「しゃあねえな。先にやらかしたのはこっちかもしれねえし、今回だけは協力してやるとするよ。内々で収められるならそれが一番だしな」
「本来なら井口先輩が後輩の口を割らせられればそれが一番早いのだけれど」
「はいはい役立たずですいませんね。それで、盗聴はどうするんだ? 今から機材を調達するなんて無理だぞ」
「俺のスマホを使いましょう。先輩のロッカーにでも入れておいてください」
「はぁ……マジでこんな面倒ごとはもう二度とごめんだぜ……」
井口先輩にスマホを預ける。先輩はブツクサ言いながら、どこかへと歩き去って行った。おそらく部室に向かったんだろう。
「これで証拠がつかめなかったらただの盗聴魔ね」
「ただじゃ転ばないさ。もしそうなったらSNSとかで今回の事をバラしまくって、無理矢理大事にしてやるよ」
「こっわ……私、絶対にあんただけは怒らせたくないかも」
とりあえず、これで何か進展があればいいんだけどな……。
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