第27話 疑惑の果て。

 ——まあ、それはそれとして、犯人捜しはするのだけども。


「光莉を泣かせた奴をぶっ飛ばしてやらにゃあ気が済まん」

「さっきまでの格好良さが台無しよ光莉過激派」

「うっせえよ翔琉過激派」


 2クラス合同で衣装づくりを行う中、俺と千里は教室の後方で秘密の作戦会議を行っていた。ちなみに、別にサボっているわけではない。ちゃんと手は動かしている。


 アドバイスを求める二年三組の連中に集られる光莉を遠目で眺めながら、俺は布に設計図通りの線を引いていく。


「大切なのはまずこの犯行の動機を考えることだと思う。誰がやったか、よりも、どうしてこんなことをしたのか、だな」

「そんなの、このクラスの誰かに恨みがあったからとかでしょ。かなり少ない確率で愉快犯の可能性もあるけど、わざわざ鍵を開けてまでこんなことをするとは思えないわ」


 その意見には、俺も賛成だ。

 愉快犯というのはお手軽に気持ちいい想いをしたい生き物だ。そんな奴がわざわざ鍵を借りに行って、教室を開けて、衣装を台無しにするという複数のステップを踏むとは思えない。最初の鍵の部分で面倒くさくなるに決まっている。


 というわけで、今回は目的のある犯行、誰かへの嫌がらせを目的とした行為である可能性が極めて高い。


「千里は、誰が標的だと思う?」

「うーん……贔屓目があるとは思うけど、やっぱり光莉じゃない?」

「まぁ、そうだよな……」


 光莉は知名度、人気度ともに高い学園きってのモテ女だ。幼馴染みの俺が彼女のことを十年以上見てきているが、いろんな人から理不尽な恨みや嫉妬を買うことは残念ながら割と少なくはなかった気がする。


「でも、わざわざここまでのことをするぐらいだ。光莉に対してかなりのデカさの負の感情を抱いてるってことになるよな」

「そうね。男女によっても変わると思うけど、一発停学も有り得る所業をやらかしてるんだもの」


 うーん……と二人同時に腕を組み、首をひねる。


 光莉に恨みがある人物。光莉の人気に嫉妬しているか、もしくは過去に光莉と何かしらのトラブルがあったか……そんな条件に当てはまる、この学校の生徒といえば……。


「……一人だけ、心当たりがあるんだよなあ」

「奇遇ね。あたしも一人だけ思いついたわ」


 おそらく、俺と千里は同じ人物を想像している。


 最近、光莉にめちゃくちゃ恥をかかされた挙句、公衆の面前でプライドを大きく傷つけられてしまった、例のあの人。


 それは――



   ★★★



「というわけで、正直にゲロってください井口先輩」

「いきなり犯人扱いしてんじゃねえよクソ後輩」


 昼休み、体育館裏にて。

 学食に行こうとしていた井口先輩を俺と千里は強引に引き留め、とりあえず今回の出来事について説明した結果、口汚くディスられてしまっていた。


 先輩はイラついたように足の爪先で地面を叩きながら、


「お前、俺の貴重な昼休みを削っておいて、いきなり不快な気持ちにさせてくるとかマジでいい度胸してんな?」

「いきなりじゃないですよ。ちゃんと推理した上で、この人しかいないなあって……一途と言ってほしいものです」

「キモイからやめろマジで」


 本当に口悪いなこの人! 何でこんな人が女子からモテモテなんだ。やっぱりサッカー上手くて身長が高くてイケメンだからか?


 今にも怒鳴ってきそうな井口先輩を俺は手で制しつつ、


「でも、先輩って光莉のこと恨んでそうじゃないですか。あの、ほら、この前のこととかあるし……」

「別に恨んじゃいねえよ。ナンパが失敗することなんて珍しいことでも何でもねえしな」

「え、そうなんスか」

「こんな女こっちから願い下げだ、とか言ってなかった? あの発言が出るのってめちゃくちゃ嫌いな女を相手にした時ぐらいだと思うのだけど」

「敬語使えバカ。そりゃ嫌いだよ。この俺の誘いを断りやがったんだからな」


 凄いなこの人。いくら気に食わない後輩相手だからと言っても、まさかここまで自分をさらけ出すとは思わなかった。この裏表のなさは確かに、いろんな意味で女子受けするのかもしれないな。


 心の奥で密かに感心する俺だったが、そんな俺を、井口先輩は鋭い視線で射抜いてきた。


「むしろ俺はあの女よりもお前の方が気に食わねえよ。死んだ魚みてえな目してるくせに、光莉ちゃんに惚れられやがって……ペッッッッ!」

「誰が死んだ魚ですか誰が」


 意外と男らしいところあるんだなあ、なんて思い始めていたところに急にこれだよ。やっぱり俺、この人あんまり好きじゃない。だって自分に正直すぎるんだもの。


「つーか、俺が部活の迷惑になるようなことするわけねぇだろ。大会近いんだぞ」

「そういえばキャプテンでしたね、井口先輩……」

「それに、監督からあんまり騒ぎを起こすなってこの前怒られたばっかりだしな。最近は女遊びの頻度も減らして、文化祭の準備とサッカーの自主練ばっかりやってんだ。誰かに嫌がらせする暇なんてどこにもねぇよ」


 そう言って、溜息を吐く井口先輩。


 俺は別にメンタリストでもカウンセラーでもないが、先輩が嘘を言っているようには見えなかった。


「うーん……じゃあ他の人が犯人なのかね」

「サッカー部の誰かだとは思うのだけれど、流石に特定は無理ね」

「オイコラ待て。なんでサッカー部の人間だって断言してんだ」

「え? だって足にミサンガをつけてた連中が犯行前夜に教室に入っていってましたもん」

「……それを先に言えやボケ」


 井口先輩は面倒くさそうに頭を掻くと、


「犯人捜しを手伝ってやる」

「え、いや別にいいっすよ」

「いいから、手伝わせろって。ウチの部員が関わってる可能性がある以上、キャプテンとして見過ごせねえ」

「……そんな普通の感性がまだ残ってたなんて驚きだわ」

「もっと先輩を敬えよオイ」


 それは無理な相談だろ。

 でも、まあ、人手が増えるのは純粋に嬉しい話だ。それがたとえ俺の彼女をナンパしやがったクソ野郎だとしても。


「分かりました。それじゃあ一時的に協力関係を結びましょう、ナンパ先輩」

「そうね。人手は多いに越したことがないもの。よろしくね、クズ先輩」

「真犯人が見つかったらマジで覚えとけよクソ後輩ども」


 そんなわけで、今ここに相性最悪のチームが結成されたのだった。

 ……本当に大丈夫か?


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