第25話 王子様の忠告。

 せっかくだからと光莉のクラスの演劇を観ることになったのだが――


(完成度が高すぎて何も言えねえ……)


 ——その素晴らしさに俺はただただ圧倒されていた。


 素晴らしいという言葉で表現することすら烏滸がましい。さっきチラッと見た時からでは考えられないほどの圧倒的な完成度。


 このクラスの人間は演劇のプロではないはずだ。なのに、桐沢が演技指導を行っただけでここまでの演技ができるというのか。そりゃあ彼女は役者として出演できないわけだ。こんなことができる人が舞台に立ったら、ついてこられる者など一人もいるはずがない。


「そして、王子様と白雪姫は幸せに過ごしましたとさ。めでたしめでたし」


 おとぎ話特有の締め方で、演劇が終わりを迎える。


 教室後方で口を開いて茫然としていると、桐沢が光莉を伴ってこちらへと歩み寄ってきた。


「どうだったかな? 我がクラスの白雪姫は」

「どうだったかなって……なんか、めちゃくちゃ凄かったとしか……」

「文化祭で出していいレベルじゃないわよこの劇。普通にお金とれるんじゃないの……?」

「あはは。そこまで言ってもらえたら、演技指導した甲斐があったというものだよ」


 心の底から嬉しそうな顔で爽やかな笑いを見せる桐沢。学園一番のイケメンは矢口先輩だという話が定番だが、完全にこいつの方がイケメン度であの人に勝ってるだろコレ。見た目もよくて性格もいいとか勝てるところどこにもねえだろ。


「水樹も千里も、楽しんでもらえたならよかった。衣装はどうだった?」

「よかったよかった。ウチのクラスの衣装作りを手伝ってほしいぐらいだぜ」

「えへへ。みんなで頑張って作ったからね。褒めてもらえるのは、嬉しいな……」

「へぇ……あの光莉がこんなに乙女な反応をするとはね。水樹クン、君は意外と女たらしなのかな?」

「女にモテたことすらないんですが?」

「そうかい? もし私が光莉よりも先に君に出会っていたら、気になる男の子として見ていたかもしれないけど」


 そう言って、桐沢は俺の顎にそっと手を添え、俺の顔を至近距離からまじまじと見つめてきた。彼女の綺麗な顔がすぐ目の前にあるせいで、思わずドキッとしてしまう。


 と。

 見ていられなくなったのか、光莉が俺と桐沢の間に割り込んできた。


「カスミン!」

「おっと、失礼。水樹クンの反応が面白くて、ついからかってしまったよ」

「水樹は私のだから。カスミンにはあげないもん!」

「あはは。心配しないでよ光莉。私は人のモノを奪うような女じゃないさ」

「ぐるるるる……!」

「でも、そうだね……」


 俺を抱きしめながら犬のように威嚇する光莉を片手で制しつつ、桐沢はすぅっと目を細める。


「ウチのクラスのお姫様を口説いたその手腕、是非とも今度聞かせておくれよ」

「マジで特に何もしてないんだが……」


 しいて言うなら時間によるものだとしか。

 むしろ女性の口説き方については俺よりも桐沢の方が詳しそうだ。


 そんなやり取りをしていると、ポケットに入れていたスマホが小刻みに震え始めた。画面を見てみると、そこには翔琉からのラインメッセージが。どうやらお化け屋敷の飾りつけで悩んでいることがあるらしく、俺に相談したいとのことだった。


「すまん。翔琉に呼び出されたからそろそろ帰るわ」

「は? 何であたしじゃなくてあんたにメッセージが届いてんのよ?」

「この流れでキレるなよ狂犬かよ……」


 親友なんだから特に不思議なことでもないだろうに。翔琉のことになるとマジで過激派になるなコイツ。


「そういうことなら長く拘束しておくわけにもいかないね」

「ああ。本番にもまた改めて観に行くから、その時はよろしくな」

「是非来てくれたまえ。……そうだ、最後に一つだけ」


 桐沢は俺の耳元に近づくと、他の二人には聞こえないような声量で囁いた。


「(光莉はトラブルを集めやすいから、気を付けたまえよ)」


 俺が矢口先輩に嫌われているって……思い当たる節しかないが、それが本当ならとても迷惑な話だ。俺はこの前の争いに仲裁として入っただけだというのに……。


「カスミン? 水樹に何言ったの?」

「君の彼女は世界一可愛いねと言ったのさ」

「カスミンはすぐそういうことを言う……」


 光莉に心配をかけないためか、桐沢は俺への忠告について自然に誤魔化しに入っていた。彼氏の立場としてはとてもありがたい。やはりコイツ、非の打ちどころがなさ過ぎる。


「ほら水樹、早く戻るわよ。翔琉があたしたちを待ってるんだから」

「へいへい。じゃあな二人とも。光莉はまた帰りに」

「うん。また後で」


 ひらひらと手を振る二人に見送られながら、俺と千里は教室を後にした。



   ★★★



 お化け屋敷の飾りつけについての打ち合わせは想像以上の時間を要してしまった。

 完全下校時間を知らせるチャイムが校舎全体に鳴り響き、生徒たちが蜘蛛の子を散らすように学外へと走り去っていく。


「よし……と。これで施錠完了だ」

「誰かが入って悪戯でもしたら目も当てられんからな。しかし、戸締りに付き合わせてしまってすまなかった、水樹」

「これぐらい平気だよ」

「せっかくだし、光莉ちゃんも合わせて三人で帰るか」

「絶対に嫌だ。そこは二人きりにさせろよ」

「がっはっは! 冗談だ冗談。推しカプの邪魔をするほど、オレは腐ってはおらんよ」


 二年三組の教室の戸締りを終え、鍵を返すために俺と翔琉は職員室の方へと進行方向を向ける。


 校舎にはほとんど人がおらず、教室の多くが消灯しているために辺りも薄暗い。二年生のフロアに至っては俺と翔琉ぐらいしか生徒はいない――はずなのだが、


「ん……?」


 教室から離れようとした俺の視界の端に、数人の男子生徒の姿が映った。暗くてよく見えなかったが、ズボンの裾と上履きの間にミサンガをつけた数人の男子。


 位置的に、あいつらは光莉のクラスに入っていったような……。


「どうした、水樹?」

「ああ、いや、何でもない」


 きっと忘れものでも取りに行ったんだろう。

 俺は彼らのことを特に気にも留めず、翔琉の後を追う。


 この時の選択が、後に最悪な未来を生んでしまうことなど、知る由もなく――。


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