第24話 王子さまは突然に。

 なんだかんだで準備期間は過ぎていき、ついに文化祭まで残り三日となった。

 この時期になると授業は完全に中断され、学校全体が文化祭の準備一色に包まれることとなる。まあ、ウチみたいに教室自体がお化け屋敷化しているところもあるので、授業をしようとしても物理的にできないだけなのだが。


「衣装も完成したし、お化け屋敷も通路は大体完成した……っと。あとは小物とか装飾とかをぱぱっとつければ終わりかしらね」

「結局、クラス全員分の衣装を作っちまったな」

「いいじゃない。統一性って意外と大事なんだし」


 原型を完全に失った二年三組の教室を廊下から眺めながら、俺は千里と何気ない談笑を繰り広げる。


 今回の準備期間において、最もクラスに貢献したのは間違いなく千里だ。裁縫が得意というだけでみんなから頼られ、さらにはまとめ役まで担当していた。俺の友達のカリスマ性が高すぎて、もうこれからは足を向けて寝られない気しかしない。


 千里はぐぐーっと背伸びをしながら、


「頑張ったおかげで、あたしたちは当日まで仕事しなくていいって言われたけど……どうする? 光莉のクラスにでも遊びに行ってみる?」

「賛成。翔琉は誘うか?」

「……翔琉ならさっきクラスの人たちと買い出しに行ったわよ」


 地獄の底から響いてくるような重い声で言う千里。翔琉……何でお前はいつもタイミングが悪いんだ……頼むから機嫌を取らなくちゃいけない俺の身にもなってくれ。


「そ、それならしょうがないな。じゃあ、二人で光莉のクラスに行くか!」

「文化祭当日は翔琉と二人で過ごせるかしら……」


 闇堕ちしそうな千里の首根っこを掴み、俺は光莉のクラスへと向かうのだった。



   ★★★



「おお、我が愛しき白雪姫よ! まさか魔女の毒牙にかかってしまうとは……!」


 光莉のクラスに近づくと、中から凛とした声が聞こえてきた。セリフの感じからして、王子様役の生徒のものだろう。光莉から聞いた話によると、王子様役は演劇部の人が担当しているらしい。


 劇の練習を邪魔しないように、俺と千里は教室の入り口の隙間からそっと中を覗き込む。


 教室内は、普段と何も変わっていなかった。そういえば、演劇とかバンドとかは体育館を使うって先生が言っていた気がする。だから教室の飾りつけを行う必要はなかったのだろう。


 そんないつも通りの教室の中央で、今まさに王子様役の生徒が身振り手振りを加えながら自身のセリフを吐いていた。イケボだったので男だと思っていたんだが、全体的な体つきや顔立ちから察するに、どうやら女子生徒だったらしい。


 彼の足元では一人の女子生徒が横たわっているが……あれはおそらく白雪姫役だろう。さっきのセリフから察するに、毒林檎を食べて死んでしまった白雪姫を王子様が起こすシーンと思われる。


「死したあなたに僕ができることはない。この愛を、伝えりゅこちょ……すまん。噛んじまった。俺としたことが……」

「まあまあ、今日は朝からずっと練習してるししょうがないしょうがない。ちょうどいいし、ちょっと休憩でもしようか」

「「「「「うーい」」」」」


 ボーイッシュな女子生徒の号令を受け、光莉のクラスメイト達は思い思いの行動に移っていく。


「おや? お客さんかな」


 さて、光莉はどこかな……と教室を見渡していたら、先ほど号令を発していた女子生徒に見つかってしまった。


 長い髪をうなじのあたりで一つにまとめた女子生徒。女子にしてはかなり身長が高く、スカートから延びる足はまさにモデル顔負けの美しさを誇っている。何よりも特徴的なのは整っていつつも中性的な顔立ち。絵本に出てくる王子様という言葉がピッタリな造りをしている。


 隠れていてもしょうがないので、俺は千里と共に姿を現す。


「君は……ああ、光莉の彼氏クンだね」

「顔が知られてるのは何故なんだ……」

「君はちょっとした有名人だからね。食堂での一件、話でしか聞いていないが、私は感銘を受けたよ」

「もう俺食堂で昼メシ食えない!」


 もうそれ食堂に行くだけで注目されるやつじゃん。俺はただ平和に生きていたいだけなのに……どうしてこうなった。


 大好きな食堂の肉うどんに想いを馳せていると、女子生徒は「ああ、忘れていたよ」と言い、やけに演技がかった一礼を見せつけてきた。


「紹介が遅れた。私は桐沢香澄きりざわ かすみ。演劇部に所属している者だ。どうぞよろしく、彼氏クン?」

「戸成水樹。どうでもいいが、その彼氏クンって呼び方はやめてくれ。なんだか背中がかゆくなる」

「あはは。じゃあ、友好の証に水樹クンと呼ばせてもらうよ」

「いきなり名前呼びするとか、あんた距離感バグってんじゃないの?」


 俺の後ろからずずいっと前に出て口をはさむ千里。


 そんな彼女を見た桐沢は切れ長の目をすぅ……と細めると、千里の手を流れるように取り、その端正な顔にプリンススマイルを浮かべた。


「そういう君は千里クンだね? ウチの部員が君を衣装班のメンバーに迎えたいといつも言っているよ。どうだい? 演劇部に興味はない?」

「放課後は店の手伝いがあるから無理ね」

「あら、フラれてしまったよ。ふふ、でも諦めはしないさ」

「諦めなさいよ」


 すごいなこの人。圧倒的マイペースすぎる。多少の悪口程度じゃ揺らがないんじゃないだろうか。


 桐沢は千里から俺へと視線を移すと、


「それで、今日は何の用かな? 愛しの光莉に会いに来たとか?」

「……その通りだから別に否定はしないんだが、よくもまあ歯が浮くようなセリフを何の躊躇いもなく口にできるなあんた」

「ああ、これはわざとだよ。私は演劇のために生きているからね。常日頃から演技がかった言動を取るように意識しているのさ」

「プロ根性ヤバすぎませんかね。……ん? でも待てよ、王子様役は別の人がやっていたよな? あんたはやらないのか?」

「今回は演技指導に徹しているのさ。私が出てしまうと、他の子たちが委縮してしまうからね」

「お前の欠点ってもはやどこなんだよ」


 他人のことも気遣えるとかあまりにも完璧すぎる。俺にもちょっと分けてくれよ、そのパーフェクトヒューマンぶりを。


 個性の塊すぎる桐沢と漫才染みた会話をしていると、流石に目についたのか、教室の奥の方から一人の女子生徒が近づいてきた。


 あえて言うまでもない。

 光莉である。


「カスミンの上機嫌な声が聞こえてきたと思ったら……二人とも、どうしてここに?」

「あたしたちはもう当日まで仕事がないから。で、暇だってんで、あんたの様子を見に来たのよ」

「なるほど。どうだった、ウチの演劇?」

「王子様の演技しか見てないが、衣装も完成度高くて良さそうだったぞ」

「えへへ……あの衣装、私が作ったんだ」


 緩み切った頬を両手で抑え、なんとか平静を保とうとする光莉。無意味な照れ隠しだが、可愛いので何も問題はありません。


 あまりの可愛さについ彼女の頭を撫でてしまう俺。柔らかな髪を堪能していると、傍にいた桐沢が「そうだ!」といきなり両手を打ち鳴らした。


「二人とも、よかったらウチの劇を見ていってくれないか?」

「別に構わんが……本番前に見ちまってもいいのか?」

「観客からの忌憚なき意見が欲しいのさ。演技に衣装、そして裏方の立ち回りエトセトラエトセトラ……身内だと、どうしても評価に贔屓が入ってしまうからね」

「いいじゃない。どうせ暇だったし、タダで見られるんなら見せてもらいましょうよ」

「それじゃあ決まりだね。はい、じゃあ二人はそこの椅子に座って。千里クンはこの入部届に名前を書いて」

「流れるように入部させようとするんじゃないわよバカ」

「あっはっは。冗談だよ、冗談」


 やりたい放題の桐沢に肩を竦めながらため息を漏らす千里。

 桐沢は冗談だと言っていたが、目が完全に本気だったように見えたのは……きっと俺の気のせいだろう。


「それじゃあみんな、休憩は終わり! お客様に私たちの演劇を見てもらおうじゃないか!」

「「「「「おー」」」」」

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