第22話 二年三組のバカども。
班員たちから盛大に褒められた後、俺は完全下校時間になるまで衣装作りを続けた。
翔琉と二人で買い出しに行った千里はそれはもう満足だったようで、なんか俺にだけ特別にアイスクリームを買って帰ってきてくれた。「あんたはあたしの世界で一番の親友よ」とか言っていたが、光莉に逆恨みされそうなのでそういうことは軽率に言わないでほしい。
そんなこんなで夜七時を回ったところで、俺は帰路に就こうとしたわけなのだが――
「よっ」
「先に帰ってなかったのか」
「ウチのクラスもこの時間まで作業してたの」
昇降口で、光莉が俺のことを待ち構えていた。
手をひらひらと振りながら近づいてくる光莉。手には学生鞄、そして裁縫セットが入った手提げ袋が見て取れる。作業をしていたというのは本当らしい。
「重いだろ? それ、持ってやるよ」
「ほんと? ラッキー。じゃ、任せちゃお」
光莉から手提げ袋を引っ手繰り、そのまま二人で正門へ。
生徒がちゃんと下校しているのかを見張っているのか、正門では生活指導の牛深先生が竹刀片手に周囲を見渡していた。
「牛深先生さよーならー」
「お、戸成に森野か。イチャイチャするなとは言わんが、時と場所は考えろよ」
「何でそれ先生まで知ってんだよ! どんだけ周知の事実なの?」
「かっかっか。教師ってのは生徒のことを基本的に全部知ってるもんだ。恐れ入ったか?」
「もしかしてストーカー……?」
「なるほど。戸成は朝まで俺とマンツーマンで反省文を書くのをお望みか」
「お疲れさまっした! また明日!」
「おう、また明日」
光莉の手を引き、一目散に逃げだす俺。そんな俺たちを牛深先生は竹刀を振りながら笑顔で見送ってくれていた。どうでもいいが、この令和の時代に、風紀委員の先生が竹刀を持つ姿というのはあまりにも時代錯誤ではなかろうか。
すっかり闇に包まれ、蛍光灯の明かりぐらいしかない通学路を、光莉と二人で歩いていく。もちろん、光莉の手を恋人繋ぎで握った状態で。
「光莉ンとこは順調に準備とか進んでんのか?」
「んー……白雪姫の衣装にちょっと手間取ってるかな」
「へぇ。手間取ってるって、デザインが思いつかないとか?」
「そんな感じ。衣装班みんなの白雪姫のイメージがズレちゃってて。今日はみんなでブレストしながらデザインを固めてた」
「ふうん。俺も衣装班だけど、お化けの衣装だからデザインとかそこまで悩まなかったな」
「羨ましい。この調子だと、衣装制作に取り掛かれるのは明後日とかになりそうなんだよね」
言葉の割に楽しそうな顔をしているが、あえてツッコまない。俺は空気の読める男なのだ。
「もし煮詰まったりとかしたらウチのクラスにでも遊びに来いよ。何か思いつくかもしれないしさ」
「うん。千里と翔琉くんにも会いたいし、お化け屋敷がどんな感じなのかも気になるから、絶対に行く」
「おう、来い来い。翔琉相手に面倒くさくなってる千里が見れるからよ」
「なにそれすごく見たい」
何気ない雑談を繰り広げながら、俺たちは薄暗い夜道を歩いていく。
文化祭が終わるまでは、きっとこんな日常が続くのだろう――。
★★★
——と思っていたのだが、
「「「「「二年三組へようこそ、森野さん!」」」」」
いつもの放課後、いつも通りの文化祭準備。
……のはずだったのに、何故か今、俺の幼馴染みであり恋人でもある光莉は教室の中央でお姫様のように持て囃されていた。
「え、えっと……これは……?」
「いやぁ、是非一度お越しいただきたいと思っていたんですよ!」
衣装班のメンバーの一人が目を輝かせながら、光莉の足元に跪く。その手にはどこから持ってきたのか、午前に飲んだら呪われるタイプの紅茶のペットボトルが握られていた。
光莉と同様にこの状況が全く理解できていない俺は、クラスメイトたちに問いかける。
「おい、マジで何なんだこの状況。誰か説明してくれ」
「では、僕から説明しましょう」
そう言って人ごみの中から一歩前に出たのは、黒縁眼鏡が特徴のクラスメイト・筒井だった。
筒井は眼鏡を光らせながら、俺の肩にそっと手を置く。
「戸成くんと森野さんは、今やこの学校を代表する名カップルであることはもちろん知っていますね?」
「いや全然知らんが。自分のことなのに初耳だわ」
なんだよそのクソ恥ずかしい称号は。誰が言い始めたんだ誰が。
「そんな名カップルが普段どういうことをしているのか、そもそもお互いのどこが好きなのか……我々はずっと、それを知りたいと考えていました」
「考えんなや」
「そんな折、森野さんがこのクラスに遊びに来たのです。何をするべきかなんて……もちろん、決まっていますよね?」
筒井は両手を大きく広げ、指揮者のように上下に振る。
「「「「「森野さんを質問攻めにしたい!」」」」」
「お前ら馬鹿じゃねえの!?」
いつの間に打ち合わせしたんだよというツッコミが出ないのが不思議なほどに一糸乱れぬ大絶叫だった。前々から思っていたが、このクラスには馬鹿しかいないんだろうか。
「ま、そういう訳だから、今日は我慢なさい」
そんな馬鹿たちの輪から一歩離れたところで黙々と作業を行っていた千里が、他人事のように言い放つ。どうやらこうなることを予想していたようだ。なら事前に忠告ぐらいしておいてくれよ。
二年三組の連中に囲まれた我が恋人は困ったように笑いながら、
「えっと……私に答えられる範囲で、よければ……?」
「「「「「うおおおおおおお! 森野さんの許可が下りたぞ!」」」」」
「戸成くんのどこが好きなの!?」
「最初の出会いは何歳ぐらい?」
「ぶっちゃけどこまでいった?」
「戸成なんかよりも俺の方が森野さんのこと幸せにできると思うんだけど、それについてどう思う?」
「一番思い出に残ってるデートスポットは?」
堰を切ったように質問の波が光莉に襲い掛かった。どうでもいいが、光莉にワンチャン狙おうとしてるアホは後でボコボコにしておこうと思う。
ま、それはともかく、どうやら今日はクラスの連中は役に立たないようだ。仕方がないので俺は俺の仕事をやることとしよう。
光莉の周囲に集う馬鹿どもの群れを抜け、衣装班の作業エリアへと移動する。
「み、水樹!」
そんな俺を遠くから呼ぶ声が。
あえて確認するまでもない。二年三組の馬鹿どもに集られている光莉だ。
「助けて! 答えても答えても終わらないんだけど!?」
「すまん。俺も今日は作業があるから……頑張れ」
「う、裏切りものー!」
質問の濁流に呑まれる恋人に向かって合掌する。遊びに来いと言った手前、とても申し訳ない気持ちはあるのだが……まあ、光莉が有名なのが悪いよね(開き直り)。
「さて、今日も衣装作り頑張りますか!」
「あんた、後で光莉に怒られても知らないわよ?」
まあ、その時はその時ということで。
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