第21話 文化祭の準備の始まり。

 光莉とのお泊りから数日後。

 俺はクラスのみんなとお化け屋敷のセット造りに励んでいた。


「ねー、道順ってこれで合ってたっけー?」

「お化け、もうちょっとグロくした方が怖くね?」

「井戸から美少女メイドが飛び出してくるのはどう?」

「まだメイド喫茶のこと諦め切れてねーのかよ!」

「ねーこっちペンキ足りなーい。持ってきてー」


 文化祭まで残り二週間。

 流石に授業時間を潰すのは許されなかったので、基本的には放課後にみんなで集まりながら作業をすることになっていた。全員が文化祭に参加でき、さらには誰かに負担が偏らないように――という学校側の意向で、文化祭まではどの部活も活動停止になっているため、教室には俺を含めた31人全員のクラスメートたちが集うこととなっていた。


 そんな大所帯の中で、俺が任せられたのは、お化けの衣装作り。

 奇しくも、光莉と同じ裁縫関係の作業だった。


「水樹。そっちの布取ってくれる?」

「うい。これでいいか?」

「ん、ありがと」


 四つほど机を繋げて作られた小さな島。そこの一角で椅子に膝を組み、黙々と裁縫を行う千里の前に、俺は布をそっと置く。縁のある話だが、千里は俺と同じ衣装制作班に割り振られていた。


千里は白い布にお化けの目と思われる黒い装飾を縫い付けながら、


「はあーあ。あたし、本当はセット班がよかったんだけど。なんでこんなちまちました作業をやらないといけないわけ?」

「しょうがねえだろ。クラスでお前が一番裁縫上手いんだから」

「裁縫なんて誰でもできるわよ。はあ、せっかく翔琉と一緒にいるチャンスだったのに……」


 ブツクサと文句を言いつつも、その手際は目を見張るほどに早い。今日の作業を開始してからまだ10分ほどしか経っていないのだが、すでに彼女の前には完成した三人分の衣装が積み上げられている。


 裁縫なんて経験すらない俺は散らかったゴミをかき集めつつ、不貞腐れている千里に耳打ちする。


「どうでもいいが、翔琉についてをそんなペラペラ喋っていいのか? あんまり聞かれたくない話なんじゃあ……」

「別に、隠してるわけでもないし。みんなも知ってる話だし。翔琉本人に聞かれなければ問題ないわ」

「えー……」


 他の班員に視線で「本当に?」と確認してみる。……全員が苦笑しながら頷きを返してきた。どうやら周知の事実というのは間違いではないらしい。


「ちなみに、戸成くんが森野さんと付き合ってることも知ってるよ?」

「何でこの流れで俺が被弾するんだよ! 誰にも喋ってないはずなんだが!」


 班員の女子生徒からいきなり爆弾をぶん投げられ、俺は思わず椅子からずり落ちそうになる。

 動揺する俺を他所に、班員たちはペラペラと話題を進展させていく。


「何でって……なあ?」

「学校中で噂になってるよね」

「あの井口先輩に『こいつは俺の女なんで』って言ったんでしょ? いやー、戸成くんって結構ヤるタイプなのね」

「いつも手を繋いで一緒に帰ってるみたいだしな」

「この間なんかお泊りしたんでしょ? ひゅー、進んでるぅ」

「ヤるところまでヤっちゃった? ねえねえ、興味あるから聞かせてよー」

「ねえ怖いよ俺のクラスメイト! 井口先輩の件はともかくとして、光莉が泊まりに来たことまで知ってるのは異常だろ! 個人情報保護法はいったいどうなっちまったんだ!」

「あ、ごめんそれはあたしが喋った」

「千里テメェこの野郎!」


 そもそも何で千里がそのことを知っているのか。……大方、光莉が千里に「この前こんなことがあってさ~」的な話をしたんだろう。親友に彼氏との出来事を話すなとは言わないが、せめて相手は選んでほしい。


 今更声を荒げたところで俺の秘密漏洩がなかったことになるわけじゃない。かなり理不尽感は否めないが、とりあえず諦めることにした。


「はぁ……まぁ、いいや。それよりも、ちゃんとみんな準備には参加してるんだな。ひとりぐらいバックレる奴が出ると思ってたんだが」

「何だかんだ言ってみんな文化祭の準備を楽しんでるんでしょ。これを口実に好きな人と距離を縮めようとしてる人も少なからずいるみたいだしね」

「へー。お前みたいな奴がそんなに」

「あたしはあんたたちのせいでそれができてないんですけどねえ~~~????」


 やべえ。地雷を踏み抜いちまった。


 助けを求めるように他の班員の方を見るが、全員揃って顔を逸らしやがった。どうやらお前の力だけでなんとかしろやボケ、ということらいし。いくら自業自得とはいえ、あまりにも非情ではありませんこと?


「ま、まあ、その……なんだ。あんまり気にすんなよ。同じクラスなんだし、二人きりになるチャンスぐらいいくらでもあるって」

「気休めならいらないわ。どうせその機会が訪れないまま、気づいた時には文化祭が終わっているのよ。現実ってそういうものだもの」

「ネガティブすぎだろ! なんかあったのか?」

「……翔琉のことも、裁縫班に誘ったのよ」


 全力で嫌な予感がしたが、ここで話を止めるわけにもいかないので、黙って続きを促すことにした。


「でも、翔琉には断られたわ。力仕事の方がみんなの役に立てるから、って。みんなよりもあたしのことを優先してほしいのに……」

「えぇ……」

「だからきっと、あたしが何かに誘っても、翔琉はみんなを優先するわ。だって翔琉はそういう人だもの。……でも、あたしはそんな翔琉が大好き。ねえ、どうしたらいいと思う?」

「…………とりあえず材料の買い出しにでも誘ってみたらどうだ? ちょうど布の在庫が切れかけてるし」

「断られたらどうするのよ!?」


 め、めんどくせえ! 普段はイイ女なのに、なんで翔琉が絡むとこんなにポンコツになるんだこいつは!


「あたしはどうしたらいいのよ……ブツブツ……どうしてあたしはいつもこうなのよ……ブツブツ……」


 あーダメだ。完全に機能を停止してしまった。もう作業すらまともにできてないし。

 ……はぁ、しょうがねえな。


「ちょっと待ってろ」


 俺は椅子から立ち上がり、教室の隅で段ボールの組み立てを行っていた翔琉の方へと歩み寄る。


「翔琉」

「む? どうした水樹」

「衣装の材料がちょっと足りなくなっちまってな。千里と一緒に近くの百均にまで買い出しに行ってきてくれねえか?」

「別に構わんが……どうしてオレなのだ?」

「俺が一番信用してるからだよ。あと荷物持ちとしても優秀だし」

「なるほどな。そういうことなら任されようではないか」

「サンキューな。じゃ、俺は千里を呼んでくるから、ちょっと待っててくれ」


 流れるように約束を取り付けた俺は、すぐに千里の元へと戻り、


「ほら、二人きりの機会を作ってやったぞ」

「……何であんたって、自分のこと以外だとそんなに有能なの?」

「その言葉、そっくりそのまま返させていただきますけどお!?」


 もういろいろと面倒くさかったので、千里を翔琉の方へと押し出し、強引に買い出しへと向かわせる。


 一仕事終えた俺は残された班員たちにそれはもう疲弊した顔を向けると、


「一生のお願いだ。頑張った俺を褒めてくれ」


 直後。

 無数の誉め言葉がスコールのように俺に降り注いだ。


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