第20話 俺は君の抱き枕。
文化祭の出し物のどれに投票するのかは、光莉のおかげで無事に決めることができた。
目的を果たし、ハッピーエンド。明日の学校に向けて平和に寝るだけ……だったはずなのだが。
(何で光莉と一緒に寝てるんだ、俺……!?)
現在、俺は自室のベッドの上で、光莉と背中合わせになっている。どうして互いに身体を反対側に向けあっているのかというと、恥ずかしさに耐えきれなかった俺が土下座で今の寝方を懇願したからである。
(ぐおおお……最後の抵抗で逆向いてもらったが、身体が触れてるってだけで全然落ち着けねええええええ)
断れなかったから了承したが、未熟な俺の理性にとって、この状況はあまりにも刺激が強すぎた。さっきから心臓がドックンドックンと脈打ってるし、目はギンギンに冴えていて眠気ひとつ襲って来やしない。
頼むよ~、明日普通に学校あるんだよ~。抱き合ってるわけでもないんだから迷ってないで早く来てくれよ眠気クン~。
顔は熱いし布団の中はなんか熱がこもってるし緊張しすぎて身動き一つとれないし。動揺の極致にいる俺を、どこの誰でもいいから早く助けてほしい――なんて考えていたら、
「……水樹、起きてる?」
背中越しに、光莉が小声で話しかけてきた。
「起きてるが……どうした?」
「なんだか寝付けなくって。水樹は?」
「……寝付けるわけねえだろ」
「ふふっ。だと思った。ずっとそわそわしてるもんね」
気づかれていたのか。緊張しているのを悟られていただなんて。流石にちょっと照れ臭い。
「今日は、いろいろと無理を言っちゃってごめんね? 水樹と二人きりになりたくって、つい……」
「別に、謝るようなことじゃねえだろ。恋人と一緒にいたいって気持ちは、その……分からんでもないし」
むしろ、俺がもう少し積極的になるべきだった。
光莉に無理をさせてしまっている俺に、謝罪を受け取る資格はない。
「そっか。まあ、それはその通りかもね。水樹は受け身すぎるし」
「はいはいすいませんでした。でも、もう逃げることはやめたからな。俺に死角などないのだ」
「今こうして私から逃げてるのに?」
「……こ、これは、自分を抑え込んでるだけだから」
「ふうん?」
まずい。図星過ぎてまともな返しができていない。
確かに言われてみれば、さっきの決意と今の状況は矛盾しているにも程がある。物理的にも背を向けているわけだしな。
でも、しょうがなくないか? 寝間着姿の光莉と、同じベッドの中で向き合うだなんて……思春期男子に耐えられるはずがない。
「私は、水樹の顔を見ながら寝たいんだけどなー」
「うぐ」
「よよよ。彼氏にそっぽ向かれて、私は辛いわ。もしかして倦怠期?」
「まだ付き合って一か月も経ってねえだろ!」
「あ、やっとこっち向いた」
ツッコミのために彼女の方を振り返ったら、無邪気な笑顔の光莉が待ち構えていた。しまった。罠だったのか。
「くそっ、またハメられた……」
「水樹が私に口論で勝ったことなんて一度もないんだから、諦めなー?」
「ぐっ……くそっ、なんで勝てねえんだよ」
「水樹は正直すぎるから。感情がすぐに顔に出るもん」
なるほど。俺に必要なのはポーカーフェイスだったのか。
「……で、こっちを向いてくれたわけなんですけど」
ぞわっ、と背筋に悪寒が走る。
光莉が静かに、俺の背中側に腕を回したからだった。
胸を押し付ける形で距離を詰め、布団の中で俺を抱きしめる光莉。俺が緊張で身動き一つとれないのをいいことに、彼女は俺の頬にそっと顔を近づけた。
「ふふっ。水樹の身体、あったかーい」
「お、おい、こら」
「でも、硬いから抱き心地はあんまりよくないかも」
「じゃあ離れろよ……」
「やーだ♪ だって、水樹の反応が可愛いんだもん」
「だ、ダメだって、マジで……」
「何がダメなの? 一緒に寝ようとしてるだけだよ?」
言わせようとしてるのか、本当に分かっていないのか。……いや、絶対に前者だ。だってこいつは、俺をからかうことを生きがいとしているんだから。彼女になった今でも、それは変わらないはずだ。
光莉はさらにぎゅーっと身体を押し付けてくる。
「昔も、こうやって抱き合いながら寝てたよね」
「ガキの頃の話だろ……今とじゃ、状況が違うっつの」
「……それって、私の異性として意識してるってこと?」
「言わせんなバカ。マジで怒るぞ」
「ふふっ。ごめんなさーい♪」
なんだこいつ、可愛すぎる。眠気のせいか、それともテンションが上がってるのか。どちらにせよ、いつもの何倍も可愛い光莉が目の前にいやがる。こんなの、耐えろという方が無理な話だ。
「私、水樹をぎゅーってするの、結構好きかも」
「時と場所さえ考えてくれれば嫌がらないんだけどな……」
「二人きりなのに、ダメなの?」
「うぐ。……いや、ダメじゃ、ないけど……」
「じゃあいいじゃん。ふふっ。言質とった~♪」
「あのなぁ……」
俺の首元に頭をぐりぐりと押し付けてくる光莉。割と首筋が弱い人間なので、反応しないように我慢するので手一杯になってしまう。
これ以上抵抗しても、徒労に終わるだけだ。
俺は諦めたように脱力し、彼女の背中に大人しく腕を回した。
「……はぁ、分かった。この状況までは許容しよう。でもこれ以上はダメだからな」
「これ以上って、どんなこと?」
下の方で、何かが動く気配がした。
あえて見ないが……というか見なくても分かる。何を思ったのか、光莉が俺の足に自分の足を絡みつかせている。
「これ以上って……それは、アレだよ」
「アレ? 全然分かんないなあ」
「こいつ……」
からかうように、耳元でささやく光莉。
全部分かっているくせに、俺をからかうためだけに知らないふりをしていやがる。
幼馴染みの時にもこういうことは度々あった。今思えば、アレは彼女なりのアプローチだったのかもしれないけれど。
でも、今の俺たちは恋人同士。
やり過ぎるとどうなるのか、少しは思い知らせてやらなくてはならない。
「……そこまで言うなら、教えてやるよ」
「え?」
戸惑いの声を漏らす光莉に構わず、俺は彼女を思い切り抱き締める。
ここから逃がさないように、俺から逃げられないように。
「んっ……水樹、くるしっ……」
急な圧迫感に耐えきれなかったのか、光莉の口から吐息が漏れる。
そんな彼女の耳元に口を近づけ、俺は息を吹きかけながら――囁いた。
「……めちゃくちゃにしてやろうか?」
「っ!? み、水樹? ま、待って、ちょっと……」
「さっき自分で言ってたもんな? 冷静じゃなくなってもいいって……なら、俺がこれから何をしようとも、抵抗したりしねえよな……?」
「そ、それは……うぅ、ごめん、調子に乗り過ぎました……」
「俺が謝った時、お前はやめてくれたか?」
「ひっ……」
「もうダメだ。ゲームオーバー。めちゃくちゃにしてやるから、黙って目を瞑りやがれ」
「だめっ……水樹、それは……」
ぎゅっ、と目を瞑る光莉。
顔は紅蓮に染まっていて、耳の先まで真っ赤っか。
これから何をされるのかを想像して興奮したのか、自分の足を布団の中で擦り合わせている。
そんな光莉に、俺は――
「おらっ!」
「あだぁっ!?」
——渾身の頭突きをお見舞いした。
「いったぁ~……なに? 何が起きたの!?」
「調子に乗り過ぎだバーカ」
痛みのあまりベッドから飛び起き、目を白黒とさせる光莉。
俺は彼女に背中を向けながら、吐き捨てるように言葉をぶつける。
「次はマジでないからな」
「……もしかして、からかったの?」
「いつものやり返しだ。少しは反省したか?」
「~~~~っ! も、もう、水樹のばか! 私、ドキドキしてたのに……」
「はいはい。いいからさっさと寝ろって。明日も早いんだからさ」
「うぅ……水樹のくせに……」
しかし、痛い目を見て反省したのか、光莉はすごすごと布団の中に潜り込むと、それ以降は何かをしてきたりはしなかった。
それどころか、数秒足らずで寝息を立て、夢の世界に行きやがったのだ。なんだよ、相当疲れてたんじゃないかよ。やっぱり無理してたのか。馬鹿野郎が。
「……こっちの気持ちも知らねえでよ」
ドキドキしてるのは、お前だけだと思うなよ。
慣れないことをして悶々としていた俺は、結局、朝陽が上るまで一睡もできなかった。
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