第19話 将来と悪癖と交渉と。

 光莉からこってり搾られた後、俺たちは居間で二人食卓を囲んでいた。


 夕飯の準備などは特にしていなかったので、テーブルの上には出前で頼んだピザが並べられている。1枚だと少ないかなと思ってLサイズを2枚頼んだのだが、光莉からは「カロリーの暴力すぎる……」との評価をいただいてしまった。


 そんなこんなでちょっと遅めの夕飯である。


「朝食は抜こうかな……」


 ピザをフォークとナイフで綺麗に切り分けながら、一口分ずつ口へと運ぶ光莉。お年頃の女性なのでいろいろと気になるんだろう。俺的にはまだまだ全然太ってないしむしろ痩せている方だと思うのだが、それを口に出すと「お前は女心を分かっていない」と説教をされそうだったので我慢することにした。俺は学習できる男なのだ。


「それでさ、水樹」

「ふご?」


 明太マヨのピザを口いっぱいに頬張っていると、光莉が向かいから話しかけてきた。


「どうするの、文化祭の出し物」

「……ハッ」

「いや、びっくりしちゃ駄目でしょ。そのために今日ここに来たんだから」


 そういえばそうだった。

 光莉が来てからいろいろと連続して起きていたから忘れかけていたが、今日はそもそも優柔不断な俺の相談に乗ってもらうために集まってもらったんだった。


 俺はおしぼりで手を拭きながら、


「ぶっちゃけ、何でもいいんだよなぁ……そもそもやる気ねえんだし」

「問題はそこなんじゃない? せっかくのイベントなんだから、やる気出せばいいのに」

「みんなと協力とかガラじゃねえしなあ……」

「ひねくれ過ぎじゃない? 知ってたけど」


 別に友達が少ないとか、そういう理由があるわけじゃない。

 ただ単純に、面倒くさい。


「面倒ごとから逃げようとするの、水樹の悪い癖だよ」

「うぐ。仰る通りで」

「今の内に逃げ癖を治しておいてほしいんだよね、私としては」

「はぁ。そりゃまた何で」


 光莉は俺の目をまっすぐ見つめながら、真面目な声で即答する。


「だって、私との問題を前にして、いつもみたいに逃げられたらたまったものじゃないもん」

「お前との問題って……」

「いろいろあるでしょ。卒業したらどうするかとか、一緒に住むことになったらどこに住むのかとか……子供のこととか」

「……お前めちゃくちゃ将来のこと考えてんのな」

「当たり前じゃん。伊達に十年以上片想いしてないもん」


 女性は男性よりも精神的に成熟するのが早いとどこかで聞いたことがある。


 俺との関係を真剣に考え、その先の関係に進んだ際にどうするべきかをちゃんと考えている光莉を知った今では……恋人としてこれからどうするか、デートとかどこを選んだ方がいいか。そんなことばかり考えている自分が、少し恥ずかしくなった。


 ……確かに、今がちょうどいいタイミングなのかもしれない。


 俺は昔から逃げ癖が強い。

 でもそれは、自分が大人になり切れていない何よりもの証拠だ。


 今までは自分一人の問題だったからよかったが、これからは恋人である光莉にも影響が出ることになる。


 彼氏の評判が下がれば、困るのは彼女である光莉なのだ。


「……そうだな。俺も、変わらないといけねえよな」

「うん。かっこいい水樹に成長してほしいな」


 そう言って、光莉は無邪気な微笑みを見せた。


 彼女の期待を裏切らないためにも、まずは直近の問題を片付けなくてはなるまい。


 文化祭の出し物。全員が納得するように、ちゃんとそれを選んだ理由まで考えねば。


「……相談ぐらいは、いい?」

「当たり前じゃん。彼氏を支えるのが彼女の仕事です。逆もまた然りだよ」

「光莉がイイ女すぎて自分が情けなくなる……」

「十年以上一緒にいるのに、今更気づいたの?」

「……ずっとイイ女だと思ってます」

「ん、よろしい」


 なんだこの羞恥プレイ。光莉の笑顔が可愛いから許すけども。


 セットについてたハッシュドポテトをケチャップにグリグリ押し付けながら、俺は相談を開始する。


「光莉のクラスは何をやるんだ?」

「ウチは劇だね。確か白雪姫だったかな」

「へー。無難な感じだな。光莉も出るのか?」

「んーん。白雪姫役を頼まれたけど、断っちゃった」

「何で? やればいいじゃん。似合いそうなのに」

「……だって、キスシーンあるから」

「…………」

「はい、また鈍感です水樹さん。光莉ちゃんポイントマイナス一万点」

「いきなり減点でかくねえ!?」

「白雪姫にはキスシーンはつきものでしょ? なのにそれに気づかず、彼女に白雪姫役をやらせようとするんだもん。減点だよ減点」

「うぐ」

「水樹が王子様役ならむしろ全力で立候補したけど……キスするフリとはいえ、水樹以外の人と顔を近づけ合うのは、すごく嫌かなあ」


 光莉がイイ女すぎて以下略。

 本当、何でこいつ俺なんかに惚れてるんだろう。どう考えても釣り合わない逸材だと思うんだが。


「じゃあ、光莉は裏方をやんのか?」

「うん。裁縫得意だから、衣装作りをやるよ」

「へー。自分の得意分野を生かす感じか」

「そ。水樹も自分の得意なものを役立てられる出し物を選びなよ」

「とは言っても、俺が得意なのってゲームぐらいのもんだしなあ」


 射撃系とか街づくり系とか。しいていうならホラーゲームも好きだけど……って、ホラーゲーム?


「ホラゲー好きだからって理由で、お化け屋敷を選んでもいいと思うか?」

「全然いいでしょ。むしろ何でダメだと思うの?」

「いや、ちょっと子供っぽいかなって……」

「そんなことないよ。いいじゃん、ホラゲー好き。裁縫が比較的得意だからやる、って私の理由よりもよっぽどちゃんとしてるよ」

「じゃあ、お化け屋敷にするかなあ」


 料理は得意じゃないし、ジェットコースターを作れるだけのスキルはない。書道とか写真なんて以ての外だ。なんだ、俺が選べるものなんて最初から一つしかなかったんじゃないか。


「ありがとな、光莉。おかげであんまり悩まずに済んだわ」

「ふふっ。光莉さんにもっとお礼を言いなさい」

「ははー。ありがとうございますー」

「ん、苦しゅうない」


 そう言って、光莉は悪戯っぽく笑う。


「じゃ、何かお礼でも貰おうかな」

「今ありがとうって言いましたよねえ!?」

「物理的にって意味ですー」

「ピザ奢ったじゃん!」

「それとこれとは話が別だから。さーって、何をお願いしようかなー」

「こ、この野郎……」


 そうだった。光莉はこういう奴だった。何で俺は忘れていたんだろうか。幼馴染みなんだから、人となりは十二分に理解していたはずなのに!


 頼む、どうか金銭を要求すること以外にしてくれ。来週に発売する新作のホラゲーが買えなくなってしまうから。


 頭の中で財布の中身を思い出す俺の他所に、光莉は――何故か頬を赤くしながら、か細い声で言った。


「……今日、一緒に寝てもらうとか、どうかな?」

「……………………考え直さないか?」

「いやです。考え直さない。今の水樹のリアクションみてもう決めました。今日、水樹は私と一緒に寝ること。もちろん、同じベッドで!」

「お願いします勘弁してください理性の問題があるんです」


 抱き合っていただけで限界だったんだ。それ以上のこととなったら自分がどうなってしまうか分からない。


 必死に縋りつく俺に、光莉はテーブル向かいから上目遣いを向けながら――


「……私と一緒に寝るの、嫌?」


「嫌じゃない」


 つい即答してしまった自分の情けなさに膝から崩れ落ちる俺。

 そんな中、満面の笑みと共に渾身のガッツポーズを決める光莉が視界の端で微かに確認できたのだった。

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