第18話 煩悩は男女共通。

 水樹がお風呂の準備ができたというので、先に入らせてもらうことにした。

 服を脱ぎ、扉を開いて浴室へ。幼い頃から水樹の家に遊びに来ていた私にとって、この家は第二の実家みたいなもの。当然、浴室のどこに何があるのかもばっちり把握している。


 冷や汗で湿った髪や身体を洗浄し、ほかほかのお風呂へ足から入る。ぬるま湯が身体全体を包み込んだところで――私は頭を抱え込んだ。


(や、やりすぎた……!)


 何を、なんてあえて言うまでもない。


 水樹の部屋での出来事。そのすべてについてなのだから。


(進展させようとは思ってたけど、まさかあんなことまでしちゃうなんて……ムキになっちゃダメよて千里からも口を酸っぱくして言われてたのに……もぉぉ)


 初デートの反省がまるで生かされていない。水樹と二人きりになれたことが嬉しすぎて、つい大胆な行為に出てしまった。うぅ、私ってどうしていっつもこうなんだろう。


「……水樹の身体、大きかったな」


 昔は同じぐらいの身長だったのに、今じゃあもう水樹の方が私より10センチ以上も高くなってしまってる。筋トレもしているせいか、体格も見た目よりはがっしりしている。


 さっき抱き締められてる時、私は身動き一つとれなかった。


 つまり、水樹に押し倒されたら、私にはもう、なす術がない。


「……うぅー」


 お風呂で頭が茹だっているからか、変な想像をしてしまう。さっき水樹のアレが太ももに押し付けられちゃったこともあってか、えっちなことばかり考えてる。


「水樹はやる時はやる人だから、もしかしたらSになっちゃうのかも……」


 抵抗する私を押し倒し、強引に口をふさいで、そして……ダメだ、この先は考えられない。


「私って、えっちなのかな……」


 お風呂のものとはまた違う熱が、私の顔を茹だらせる。


 水樹は健全な恋人関係を作っていこうとしているように見えるけど、私はとにかく先に先にと進展させようとしてしまってる。だからあんなに頻繁に空回りしちゃってるんだけど……。


「……しょうがないじゃん」


 10年以上も片想いしてたんだもん。失った時間を取り戻そうとしちゃうのは、そんなにおかしいことじゃないはずだよ。


「……でも、擦れ違っちゃったら意味ないもんなあ」


 幼馴染みだから、水樹が何を考えてるかは大雑把に理解できるし、予想もできる。でも、こと恋愛関係においては、私は水樹のことをなんにも分かってあげられていない。


「水樹は、私とどうなりたいんだろう」


 ちゃぷ……と湯船に口元まで沈み、ぶくぶくと音を立てる。


 私の不安を掻き立てるかのように、天井から水面に一粒の水滴が落ちた。



   ★★★



 光莉に風呂を譲った後、俺は自室のベッドで俯せになって倒れていた。


「うー……うーうーうー……」


 枕に顔を押し付け、ただひたすらに唸り声を上げる。


 やりすぎた。


 まさか光莉があんなに積極的に攻めてくるとは思わなくて、ついムキになってやり返してしまった。


 枕で視界を覆っても、あの時感じた全てを忘れることができない。

 光莉の柔らかなおっぱ――胸の感触とか、二の腕の柔らかさとか、腰の細さとか、太もものエロさとか……。


 挙句の果てには俺の相棒が元気な姿で光莉に触れてしまったりもして……あーもーだめだ、今すぐにでも死にたい。誰か俺を殺してくれ。


「どうしてこう、上手くいかないもんなのかね……」


 幼馴染みという関係から脱するために光莉がいろいろとやってくれている。俺もその行動に応えるべきなのだが、どうしても空回りしてしまう。


「ちゃんと恋人としてステップアップするチャンスなんだぞ、今日のこのお泊りは。もう少し彼としてかっこいい姿を見せろよ俺……」


 とにかく。

 いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。


 失った評価は行動で取り戻すしかない。

 俺が光莉の彼氏に相応しくて、誰に自慢しても否定されないような、そんなパーフェクト彼氏であることをアピールするしか……!


「よし、まずは情報収集だな」


 そうと決まればなんとやら。

 スマホでスマートな彼氏について調べ――ようとしたところで、俺の部屋の扉がゆっくりと開いた。


「水樹。お風呂空いたよ」


 声のした方を見ると、そこにはお風呂上がりの光莉が立っていた。


 湯気の立つ髪は水気で湿り、熱を逃がすためにはだけられたジャージの襟元からは彼女の豊満さの象徴である胸の谷間がガッツリ見えてしまっている。少々長湯でもしすぎたのか、頬がほんのり赤く染まってもいた。


 ……ふぅ、なるほどね。


 神様ってやつは、どうやら俺に試練を与えるのが好きらしい。


「水樹? 聞こえてる?」


 反応のない俺を不思議がるように、首を傾げる光莉。


 そんな彼女に俺はゆっくりと近づき、そして静かに抱き締めた。


「っ!? み、水樹!?」

「…………光莉」

「な、なに?」

「俺、今からちょっと走ってくる」

「……は? え? い、いや、なに言ってるの? お風呂入らないの?」

「ごめん。思春期な俺の心をちょっと叩き直したくってさ」

「なにを言ってるのか全然分からないんだけど……」


 困惑する光莉を解放し、俺はおそらく今日一であろう最高のスマイルを彼女に向ける。


「エロ過ぎるお前に耐えられないから、ちょっと煩悩退散してくるわ!」


「えろっ……彼女に向かってなんてことを――って、ああっ、水樹がもうあんなに遠くに……! せっかく泊まりに来たのに……ちょっと、水樹ったらーっ!」


 光莉の静止の声を振り切り、俺は夜の街へと駆け出す。


 その後、汗と共に煩悩を洗い流して帰ってきた俺が、背後に修羅を従えた光莉にガチ説教を受けたことは、あえて語るまでもないだろう――。


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