第16話 積極的な光莉ちゃん。

「――というわけで、ウチのクラスの未来は何故か俺に委ねられちまったんだ」

「水樹のクラスの人たちってやっぱりちょっと変わってるよね……」


 夕日に照らされた通学路にて。

 いつものファミレスが満席だったので仕方なく帰路につきながら、俺と光莉は何気ない雑談を繰り広げていた。


 今回の話題は先ほどうちのクラスで行われた文化祭の出し物決め。何故かすべての票が均等に分かれてしまうという意味不明な事態についてだった。


「どいつもこいつも自分に正直すぎるんだよ」

「特に千里とかね」

「本っっっ当にな! あいつ、執事服着た翔琉が見たいからって帰り際に脅してきたからな! すげー怖かったわ、あの時のあいつの顔!」

「千里は翔琉くんのことになると我を見失うから……」

「野に放っていいやつじゃねえだろ」


 どこかの研究施設とかに幽閉しておくべきなんじゃないか?


 光莉は口に手を当てクスクス笑いつつ、


「それで、どれに投票するの? 確か水樹って、文化祭とか全然興味なかったよね?」

「ああ、微塵も興味はないから何でもいいんだが……今回ばかりはちゃんと選ばないとダメそうだ」


 てきとーに選んだが最後、選ばれなかった派閥の奴らにフルボッコにされかねない。


「あーもー、どうすっかなあ……めんどくせえなあ」

「火織(かおり)ちゃんに相談してみたら?」

「あいつは両親と三人で旅行中」

「え、こんな週のど真ん中にどうして?」

「吉本新喜劇見に行きたいからって学校と仕事サボって行っちまいやがった」


 父と母、そして妹の火織は俺と違ってかなーりフリーダムな連中だ。思いついたら即行動。仕事をすぐに片づけ、有休をとって遠出する。妹はともかく、両親はどちらも忙しい職種のはずなんだが、何故かそんなフリースタイルが当たり前のように実現されている。


「というわけで、俺は明日の夜までぼっちちゃんなわけですよ。食費はちゃんと置いていってくれてるから、別にどうでもいいんだがな」

「……へぇ、一人なんだ」

「おう。だからゲーム三昧な夜にしようと思ってたんだが……まさかこんな悩み事ができちまうとはなー。うーん、最悪すぎる……」


 いっそのことあみだくじで決めてやろうか。選んだ理由とかはそれっぽいのを用意しておけばなんとかなるだろ。……本当に何とかなるかなあ。こういう時のあいつら、何故かすげー結託してくるし死ぬほど本気になるからめちゃくちゃ怖いんだよなあ。


 解決しようがなさそうな悩みに唸る俺。今にも頭が爆発しそうになっていると、光莉がいきなり俺の肩を突いてきた。


「ん? どしたん」

「ひ、一人で悩んでもしょうがないでしょ? だから、私が付き合ってあげてもいいよ」

「付き合うって……じゃあ、どっか座れる店でも探しに行くか? ファミレスは満席だったし」

「そうじゃなくって! もー、分かんないかな……」


 ガシガシと乱暴に髪を掻き、そして仄かに頬を染める光莉。

 状況が全く読めない俺を横目で見ながら、光莉はか細い声で言った。


「泊まり込みで、相談に乗ってあげる……って、言ったんだけど」


 そうは言ってねえだろ、というツッコミを口にする余裕などどこにもなかった。


 泊まり込み。


 つまり、光莉が俺の家に泊まるということ。

 それ自体は初めてのことではない。幼馴染みだから、互いの家に泊まりに行くなんてしょっちゅうだったし。

 だが、今の俺たちは恋人同士。手を繋げば意識するし、見つめ合えば互いに照れてしまう関係性にある。

 そんな特別な関係の俺たちが、一夜を共に過ごす。はっきり言って、動揺するなという方が無理な話だった。


「えっと……両親も妹もいないから、二人きりになっちまうが……」

「……二人きりになれるから、提案したんだけど」

「あ、はい。そうっすよね……家族がいるのにわざわざ泊まるとか言わんよな……」

「もしかして……嫌?」

「そんなことはない! ないが……突然のことだったから、ちょっとびっくりしちまってな……」


 光莉が泊まりに来ること自体は普通に嬉しい。一緒にやりたいゲームもあるし、離したいこともたくさんあるから。


 だが、その、心配なことが一つだけあって……。


「風呂上がりのお前とか、部屋着姿のお前とかを見て、冷静さを失わないかが不安でさ……」

「……水樹のえっち」

「か、彼女から泊まりに来るって言われたら、男なら誰だってこうなるっつの!」


 世の男がどうなのかは知らんが、少なくとも俺は動揺しちまう。


 光莉は俺の頬を人差し指で突きながら、


「そっか、水樹は私を意識しちゃってるんだ。ふうん。ふーん?」

「当たり前だろ……」

「ふふっ。ごめん、反応が面白くて、からかっちゃった。意識してるのは私も同じだから、気にしないで」


 そう言って悪戯っぽく笑った後、光莉は俺の肩を軽く叩いてきた。


「とにかく、今日は泊まりに行くから。部屋とかちゃんと片付けておいてね」

「確定なんスね……まぁ、別にいいが」

「私が押していかないと、いつまでも進展しないもん。水樹は消極的だから」

「返す言葉もありません」


 進展させたい気持ちはあるが、根が臆病なんでどうしてもあと一歩が踏み出せない。その点、光莉はぐいぐい来てくれるからとても助かっている。……男としてどうなんだ俺。もう少し積極的になるべきなんじゃね?


 男らしさの在り方に悩んでいると、光莉が手を繋いできた。どうやら、彼女的にはもう話はまとまってしまった感じらしい。つまり、お泊り決定というわけだ。


 今日の俺は果たして冷静でいられるのか。一線は越えずに済むのか。光莉に迫られたら、正直、断る自信がないんだが。……ゴムとか買いに行った方がいい?


「ほらほら、早く帰らないと明日になっちゃうよ」

「部屋を片付ける時間が欲しいから、すぐに来んなよ?」

「えっちな漫画とか、ちゃんと見えないところに隠しといてね」

「……そんな本持ってねえし」

「そうだよね。水樹は電子書籍派だもんね」

「ゲホゴホゴホゴホ! な、何を言っているのかねお嬢さん。俺みたいな素敵な紳士がエロ本なんて買うわけないじゃないか」

「じゃあ後で水樹のパソコンかタブレットでも調べようかな」

「全力でやめてください」

「私より胸の大きい女の子の本とかあったらタブレット燃やすからね」

「二次元相手にそれは無理な相談だろ!」

「やっぱり持ってるんだ」

「……今のは聞かなかったことにしていただいても?」

「無理です☆」


 最悪だ。退路が完全に断たれてしまった。翔琉の家に郵送すれば燃やされずに済むだろうか?


「そういえばさ、水樹」


 タブレットたちをどうやって避難させるか考えていると、光莉が下から俺の顔を覗き込んできた。


「なんだよ。タブレットは燃やさせないからな」

「それは置いといてさ、ひとつ聞きたいんだけど」


 光莉は照れ臭そうに頬を掻きながら、


「冷静じゃなくなっても……私は、大丈夫だからね?」

「なにも大丈夫じゃねーよ馬鹿!」


 可愛いけれども笑えないことを言ってくる彼女に、本気のツッコミを返してしまう俺。

 果たして、今日の俺は理性を失わずに明日の朝日を拝むことができるのか。

 頬を冷や汗が伝うのを感じながら、俺は強大な不安に押し潰されそうになるのだった。


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