第15話 文化祭の出し物どうする?
桜が散り、木々が緑に包まれた頃、我が校の生徒たちは浮足立ち始める。
その理由はいたって簡単。
文化祭が近づいてきたからである。
「さあ、文化祭の出し物を決めようではないか!」
「あんまり面倒くさくないものにしようねー」
黒板の前で大声を張り上げる翔流。実はクラス委員である翔琉はこういう行事ごとの時にクラスのまとめ役を任せられている。一応、すぐ隣で髪をいじっている千里も同じくクラス委員なのだが、そのやる気の差は一目瞭然。もはややる気のなさが態度に出てしまっている。
クラス担任の田井中は「生徒の自主性に任せる」とか言い残し、数分前に教室から出ていった。鞄からタバコとライターを取り出していたので、多分どこかでタバコを吸っているに違いない。あの不真面目教師……学年主任に今度チクってやろうか。
そんなこんなで学生の学生による学生のためのミーティングが始まったわけなのだが……。
「やっぱり定番のメイド喫茶じゃね?」
「今は男女平等だからメイド&執事喫茶でしょ」
「喫茶店なんて面倒くさいだけよ。普通に劇とかでいいんじゃない?」
「あたし教室でジェットコースターやりたいなあ」
「電車の写真を飾ろう、写真!」
「書道教室とかどう?」
「バカラやろうぜ!」
「お化け屋敷がベストっしょ」
「でもセットの準備だるくね?」
「心霊写真を飾るぐらいならワンチャン?」
死ぬほどまとまりがなかった。
やる気がないよりは百倍マシだが、あまりにも意見が多種多様。飲食系からアミューズメント系まで、思いつく限りのアイディアが続々と挙げられていく。
書記を任せられた千里が凄まじい速度でアイディアすべてを黒板に書き記していく。まだ一分も経ってないのに30個ものアイディアが並べられていた。
このままじゃ埒が明かんな。
そんなことを考えていたら、翔琉が突然、両手を打ち鳴らした。
「みんな、アイディア出しありがとう! これ以上はまとめきれなくなるので、一旦ここで打ち止めにしようと思う!」
デカい図体とデカい声はこういう時めちゃくちゃ役に立つ。それに加えて翔琉は相手に物怖じしない性格でもあるので、まとめ役としては適任だったりする。
「論外なやつは切り捨てて、似ているものはこちらで勝手に合体させるとして……残ったのはこんなもんかな」
黒板消しとチョークを駆使してアイディアの取捨選択をしていた千里が、注目を集めるために拳で黒板を軽く叩く。
・メイド&執事喫茶(コスプレしたいだけじゃね?)
・お化け屋敷(やるなら本気でやりたい)
・ジェットコースター(ぶっちゃけ無理じゃね?)
・写真館(好きなの飾れ)
・書道教室(教えられるやついんの?)
千里なりの本音が一緒に記載されていることには誰もツッコまなかった。彼女がこういう女だということを、クラス全員が理解しているからだ。
黒板を眺めながら、翔琉は腕組みをする。
「ふむぅ……全部で5案か。どれも面白そうだが、はてさて何にするか……」
「どうやって選ぶの? あたし的には多数決が面倒くさくないと思うのだけれど」
「オレも多数決がいいと思うぞ」
「えへへ。気が合うね、翔琉……」
なんか強引に恋愛方面へと空気を持っていこうとしている片想いバカのことは一旦置いておくとして、だ。
やる気に満ち溢れているクラスの連中には悪いが、はっきり言って、俺は文化祭へのやる気がない。
だって、とにかく面倒くさい。作業のために夜遅くまで残らないといけないし、トラブルが発生したら誰かと喧嘩することだってあるかもしれない。
こういうみんなで一つの目標に向かってがんばろー的イベントは、生粋の面倒くさがり屋である俺とはかなーり相性が悪いのだ。
(でも、わざわざ空気を悪くしたくはないので、大人しくしておく俺なのであった)
多数決なら多数決で、一番票が多そうなところに投票すればいい。このクラスは全員で31人。俺一人の投票で何かが揺らぐような人数じゃあない。
「よし、では多数決を取ろう。廊下側の席から順番に、自分のやりたいものに名前を書いていってくれ」
翔琉の指示を受け、クラスメイトたちが一人ずつ黒板の前へと移動し、チョークで自分の名前を書いていく。俺の座席は窓側の一番後ろなので、順番としては一番最後だ。
まあ、どうせメイド喫茶かお化け屋敷の頂上決戦になることだろう。漫画とかアニメのお約束は、時に現実にもあてはまるもの。やっぱりみんな憧れるんだよな、ああいう派手な出し物に。
「おい、戸成。次はお前の番だぞ」
「あ、すまん」
前の席のクラスメイトに肩を叩かれ、慌てて椅子から立ち上がる。考え事をしている間にもう俺の番が回ってきてしまったようだ。
30人から注目されながら、黒板へと向かう。
さてさて、結果はどんな感じになってるのやら――
・メイド&執事喫茶…6票
・お化け屋敷…6票
・ジェットコースター…6票
・写真館…6票
・書道教室…6票
「……………………はい?」
え、なにこれ。意味わからん。何で全部票が散ってんの? しかも綺麗に6票ずつとか、どういうこと?
い、いや、きっと見間違いだ。こんな奇跡がそうそう起きるはずがない。
目を手でこすり、深呼吸をし、改めて黒板を確認する。
・メイド&執事喫茶…6票
・お化け屋敷…6票
・ジェットコースター…6票
・写真館…6票
・書道教室…6票
マジでふざけないでほしいと心の底から思った。
身体を震わせながら、黒板からクラスメイト達の方へと振り返る。
「頼むぞ戸成。俺たちのメイド喫茶はお前にかかってる!」
「お化け屋敷以外ありえないっしょ。ねえ、戸成?」
「ジェットコースターしか勝たん! 勝たんのよ、戸成くん!」
「写真の素晴らしさを教えてあげるから、投票する前にちょっとオレたちとトイレに行こう!」
「書道を通じて男の子と触れ合える貴重な機会よ。どんな手を使ってでも、戸成君をこちらの陣営に引きずり込まなくっちゃ……!」
「執事姿の翔琉を見たいの。あたしを裏切らないわよね、水樹……?
ぞわっ、と全身の毛穴が開くのが分かった。下着がびちょびちょになるレベルで多量の冷や汗が噴き出ている気がする。
なんだこれ。何で俺はこんな岐路に立たされているんだ。何で文化祭の出し物を選ぶってだけなのに、こんなに期待に満ちた目で見られないといけないんだ。あとどうでもいいけど完全に私欲で俺に圧をかけてくるんじゃねえよ千里コラ。
頼む、助けてくれ翔琉。こんなのおかしい、絶対に間違ってる。そうだ、再投票しようぜ? うん、みんなきっと納得してくれるはずだ!
一縷の望みを胸に、親友の方へと視線を向ける。
頼りになる親友は太陽のような明るい笑顔を浮かべ――そして親指を立てながら言った。
「このクラスの未来は――オマエに懸かっている!」
明日まで待ってほしい、と全力で土下座するのに一秒とかからなかった。
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