第14話 彼女は彼氏を自慢したい。
俺が食堂で大恥をかいた日の放課後。
「ぶわっはっはっは! 流石は水樹! 面白いことをしでかしてくれる!」
「ぷぷぷっ……あ、あの時の空気を思い出したら、やばっ、笑いが……ひーっ、ひーっ! 笑いすぎてお腹痛い……っ!」
行きつけのファミレスで、俺は親友とクラスメイトから大爆笑を送られていた。
周囲からの目など気にする様子すら見せず、腹を抱えて笑い続けるバカ二人。ちなみに、俺の隣で光莉が震えているが、これは笑いを我慢しようとしているだけにすぎない。
俺はストローの先を乱暴に噛みながら、
「うっせー笑うな! 二人が爆発する前に場を取り成した俺の華麗なる活躍をまず褒めやがれ!」
「オマエの活躍自体は確かに褒められることだぞ、うむ。……しかし、公衆の面前で光莉ちゃんを『俺の女』呼ばわりとは……どうしてそんな面白イベントにオレを呼んでくれなかったんだ?」
「お前は自主練してただろうが!」
「あたしがもっと独占欲出しなさいよってアドバイスした直後に即実行するなんて……いやー、ほんとあんたって面白いわ。いよっ、戸成屋!」
「こ、こいつら……っ!」
おっと、こんなところに握り拳ができてしまってるよ? おかしいなあ。怒りが体に現れてきている証拠かな?
テーブルでもひっくり返してやろうか(地面とくっついてるので無理だが)などと考え始める俺だったが、そんな俺の肩にそっと手を添える者がいた。
幼馴染みにして最愛の恋人、光莉である。
「あの時の水樹、確かに面白かったけど……でも、すごくかっこよかったよ?」
「お、おう……って待てやコラ。面白かったってなんだ」
「……あ、私抹茶ラテでも頼もうかな」
「目を逸らすなオイ」
俺の追及から逃れるように、光莉はメニューで顔を隠してしまう。なんだこの扱い、大いに納得いかない。戸成水樹、誠に遺憾である。
「にしてもさあ、井口パイセン、ちょっとしつこいわよね」
光莉の頬を横から突いていると、千里がそれはもうだるそうな顔で言った。
「毎日のように話しかけてきてさ。毎度拒否られてんのに、流石に諦めが悪すぎない?」
「しかし、今日の騒動のおかげで光莉ちゃんのことは諦めたのではないか?」
「どうかしらね。ああいうのってプライドが最上位に置かれてるから。自分のプライドを傷つけた女を許すとは思えないんだけど」
「むむむ……確かに」
ふむう、と腕組みしながら眉間にしわを寄せる翔流。
千里の言う通り、井口先輩は何故か光莉にめちゃくちゃ執着している。学園随一の美少女という肩書に惹かれているのかは知らないが、はっきり言って迷惑だ。人の恋人に手を出そうとしないでほしい。
だが、下手に手を出すのは愚策中の愚策だ。井口先輩はサッカー部のキャプテンにして学園の女子たちから絶大な信頼を得ているいわばスーパーマン。カーストの頂点に君臨する王様のような人だ。わざわざ敵対して無駄に敵を増やすような真似は可能な限り避けるべきだろう。
俺と翔流、そして千里がうーんと首をかしげていると、光莉が頬を摩りながら会話に入ってきた。
「井口先輩のことなら大丈夫。私の方で何とかできるから」
「できてないじゃない」
「できてないだろう」
「できてねえだろ」
「そんな口を揃えて言わなくても!」
袋叩きにされたことがショックだったのか、その場で項垂れる光莉。
俺は彼女の頭をぽんぽん叩きながら、
「今日みたいなのは何とかしてるとは言わねえんだよ。毎回毎回ああやってトラブるつもりか?」
「きょ、今日のは……水樹を、馬鹿にされたから……」
光莉は口を尖らせ、ブツブツと文句を垂れる。
俺のことを大切に思ってくれているのは嬉しい。きっと今、俺の顔は赤くなってるし口元だって緩んでいることだろう。テーブル向かいのバカ二人が俺を見てニヤニヤしているから、自分の顔を確認せずともそれは分かる。
だが、それ以前の問題として。
「俺を庇ってくれるのはありがたいが、そのせいで光莉が誰かに嫌な思いをさせられるなら、俺のことなんて庇ってくれなくていいよ」
「それは、水樹をどんなに悪く言われても、無視しろってこと?」
「ああ。好きに言わせといてほしい。別に、誰にどう思われようとも俺は構わねえしな」
「……私は、みんなに水樹を誤解されたくない」
光莉は自分の頭の上に置かれている俺の手を掴むと、両手でそれを包み込んだ。
「水樹は確かに目つき悪いし口も悪いしヘタレだし逃げ癖のある問題児だけど」
「オイ」
「でも、誰よりも優しくて、誰よりもかっこいいって……私は、みんなに知ってほしいよ」
「……はぁ、馬鹿だなあ、お前」
「なに。私は真剣に――」
本当に馬鹿だ、こいつは。
どんだけ俺のことが好きなんだ。
俺のことばっかり気にして、それで自分が痛い目を見たら意味ないだろ。
それに――
「――俺はお前にさえ認められてりゃ、それだけで満足なんだよ」
「水樹……」
「お前以外からの評価なんてどうでもいいよ。お前は俺のことが好きで、俺を優しいって思ってて、流石に贔屓目が凄すぎるが、かっこいいとも思ってくれている。これだけで十分幸せだよ」
「私はそれだけじゃ嫌。水樹の凄いところを、もっとみんなに知ってほしいもん」
「それなら、言い争いの形じゃなくて、普段から自慢しといてくれよ。私の彼氏はこんなに凄いんだって。恥ずかしいが、そっちの方が平和だし、何よりみんな幸せに終われるだろ?」
「それは……うん。そうかも」
「だろ?」
光莉が心配しないように、俺は彼女に微笑みを向ける。
「だから、もう今日みたいなことはやめてくれ。何かあったら、俺を呼んでくれれば何とかしてやるから。な?」
「うん……分かった。ごめんね、水樹?」
「いいよいいよ。……それにしても、口の悪さで言うなら、俺よりも光莉の方がよっぽどな気がするよな」
「わ、私は、水樹が馬鹿にされた時しか口は悪くならないし!」
「俺には結構いろいろ言ってる気がするが」
「もー! それは好きだからで……恥ずかしいから、言わせないで……」
「あはは、冗談だよ冗談」
真っ赤な顔を手で覆い隠す光莉の頭を優しく撫でる俺。彼女こんなに愛されてるなんて、俺はなんて幸せ者なのだろうか。
そんでもって、井口先輩の件はこっちでも気を付けなくては。なるべく関わらないように、あとでもう一度光莉に言っておこう。
……それはそれとして。
「(急に目の前でイチャイチャし始めてんじゃないわよ、このバカップルが……こっちは翔流くんが隣にいてずっとドキドキしっぱなしだってのに……)」
「(いいイチャイチャだ……今日この場に呼んでくれたこと、大いに感謝するぞ水樹……!)」
テーブル向かいでこちらを睨んでくる千里と、何故か満足げな笑顔を浮かべている翔流に、あとでいろいろと文句を言われるのではないか――なんて不安が今まさに浮上しようとしている俺なのであった。
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