第13話 堪忍袋の緒は意外と脆い。
光莉がナンパされている。
そんな情報を伝えられた俺は、情報の提供者である千里と二人でナンパの現場である食堂へとやってきていた。
「さて、愛しのお姫様はどこにいるのかしらねー」
半ふざけの千里を叱ってやりたい気持ちをぐっと抑えつつ、入口の方から食堂全体を見渡してみる。
『だーから、一緒に映画館に行くだけでいいんだって。あ、もしかしてお金がないとか? 大丈夫大丈夫。俺が奢ってやっからよ』
『結構です。今日は予定があるので……』
……見つけた。
食堂の奥の奥。外へと繋がる窓と隣接したテーブルの近くに、光莉はいた。
彼女にしつこく迫っているのは高身長の茶髪イケメン。さっき千里と話している時にも名前が出た、サッカー部のキャプテン・三年の井口先輩だ。
光莉たちの周りにはサッカー部と思われる男子生徒が五人ほど、そして光莉と一緒に食事をしていたであろう女子生徒が三人ほど確認できる。サッカー部の連中は全員がニヤニヤしながら事の成り行きを見守っており、逆に女子生徒たちは心配そうに光莉の方を見つめていた。
『予定って何があんのよ。もしかして、幼馴染みクンとどっか行くとか?』
『何でそれをあなたに教えなければならないんですか?』
『冷たいなー光莉ちゃん。俺、君に何かしたかな?』
『相手の都合も考えずに全部自分の想い通りにしようとする人が嫌いなだけです』
流石は光莉。相手が学園カースト上位の存在であろうと一切動じていない。まあ、カーストの話で言うなら、モテモテの美少女である光莉もかなり上位なのだが。
光莉はわざとらしく溜息を吐きながら、
『あの、もういいですか? 私まだご飯食べ終わってな――』
『あんな奴のどこがいいのかね』
『……は?』
会話の流れなど関係ない。ただ不快だったから差し込んだ。そんな井口先輩の何気ない言葉に、光莉の動きが停止した。
『戸成クン、だっけ? 運動神経はいいらしいけど、別にイケメンってわけじゃないじゃん? 平々凡々、ただのモブAでしょ。そんな奴と光莉ちゃんが釣り合うだなんて、俺は思わないんだけどな』
随分と好き勝手言ってくれているようだが、概ねその通りなので大声で反論する気すら出なかった。まあ、うん、俺がモブAであることは自他ともに認める事実でしかないしな。光莉と釣り合うかどうかって話も、あながち間違いじゃない。同じことを思ってる奴なんて何人もいるだろうし。
って、何を傍観者気取ってんだ俺は。さっさと助けに行けよ。光莉が困ってるだろうが。
「すまん。ちょっと行ってくる」
「はいはいー。がんばれ王子様ー」
千里に見送られながら、いざ突撃。人込みをかき分け、騒動の中心へと自ら近づいていく。
――と。
『……少なくとも、あなたよりはかっこいいですよ』
『は?』
長い前髪で隠れた目元、そしてわなわなと震える肩。
幼馴染みの俺にはわかる。
光莉は今、完全にブチギレている。
『外面ばかり気にして内面を疎かにしてるハリボテ男なんかよりも、水樹の方がずっとずっとかっこいいって言ったんですよ』
『……あ、あーはいはい、そういう冗談ね。光莉ちゃん、意外と面白いこと言えるんじゃん』
『私が冗談を言っているように見えるなら、眼科に行くのをオススメします』
『……あぁ?』
まずい。井口先輩の顔がマジになってる。光莉の奴、俺なんて庇わずにてきとーに場を乗り切ればいいのに……何でわざわざ怒らせるようなことを言うんだ。
『お、おいおい。おいおいおいおい。なにキレちゃってんの? 俺はただお前を遊びに誘っただけじゃん。それなのにマジになっちゃって……ガキかよ』
『遊びの誘いを断られてもしつこく迫ってくる方が子供だと思いますけど。相手のことも考えましょうね、って小学校の先生に教わらなかったんですか?』
あまりにも鋭い返しが井口先輩に突き刺さった。えげつなさすぎてこっちまで泣きそうになってくる。相変わらず興味のない男に対しては絶対零度だな、光莉のやつ。
光莉に言葉でフルボッコにされた井口先輩は下を向き、肩を大きく振るわせ始める。ああ、これはまずい。プライドを傷つけられて完全に参ってしまっている。
流石にこれ以上は見過ごせない。
俺は肩がぶつかることもいとわずに人込みをかき分け、光莉と井口先輩の間に体を滑り込ませた。
「は、はいはいそこまで! いやー、すいません。なんか俺のことで言い争いさせちゃって。でも、はい、これ以上はほら、まずいんで。ここは俺の顔に免じて二人とも刀を下ろしちゃくれませんかね?」
演じるは道化。なるべく情けない男の姿を見せつけることで、二人の殺意を抑えにかかる。
しかし、公衆の面前でプライドを傷つけられた井口先輩には効果はなかったようで、
「何で、何で俺がテメェなんかと比べられなきゃいけねえんだ? ああ……?」
いやマジで仰る通りだと思います。でも、先に失言しなけりゃこんなことにはならなかったと思うんですよね。人を貶す時は選ぼう、TPO。
「比べるまでもないですから」
そして光莉。俺のために怒ってくれてるのは嬉しいけど、今は空気を読んでくれ。俺が何とかして場を取り繕おうとしてることに気付いてくれ。
「いや、あの、マジですいません。光莉には後で言っとくんで。だから今回はここらで解散しときましょうよ。ほら、先生とか来たら面倒でしょう? 確かサッカー部って来週に試合でしたよね? トラブルはなるべく避けた方がいいと思うんだけどなあ」
「こんな言い争いぐらいで部停になるわけねーだろ」
「あ、そうなんですね。いやー、知ったかぶっちゃって申し訳ない!」
「チッ。なんだよこいつ」
俺もそう思うけど、面と向かって言うなよ。泣いちゃうだろ。
いろいろと面倒くさくなったのか、井口先輩は乱暴に後頭部を掻くと、
「あーもーいいわ。せっかく俺の彼女にしてやろうと思ってたのに。そんな生意気な女ならこっちの方から願い下げだわ」
「…………そっすか。ま、先輩はそこ気にしないでいいと思いますけど」
「あ?」
落ち着け。いくら光莉を馬鹿にされたからってキレるのはよくない。なるべく冷静に対応しろ。光莉の評判を下げずに、この場を完璧に納められる言葉を絞り出せ。
今にも爆発してしまいそうな先輩の前で、きっと青筋を100本ぐらい浮かび上がらせているであろう俺はなるべく笑顔を保ちながら、それはもう大きな声で言い放った。
「だってこいつ、俺の女なんで!」
「「「「「「………………」」」」」」
食堂が静寂に包まれる。100人以上の学生がいるにもかかわらず、物音ひとつ聞こえない。さっきまでブチギレまくっていた井口先輩ですら、口を間抜けにぽかーんと開けてしまっていた。
……これは、アレだ。
俺、盛大にスベったな。
TPOを弁えられていなかったのは、俺の方でしたか……はは……。
「あ、あは、あはははは……」
風邪でも引いたんじゃないかってぐらい顔が熱いのを自覚しつつ、俺は光莉の手首を掴むと――
「あっれえ!? もしかしてもう昼休み終わっちゃう!? いっけね、教室に戻らなくっちゃ! それじゃあ皆さん、さようなら~~~~~~~!!!!!!」
——その場から脱兎の如く逃げ出すのだった。
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