第12話 彼女の親友に恋愛相談。

 光莉との初デートは大金を失ったことにさえ目を瞑れば、とりあえず何の問題もなく終わらせることができた。


 恋人との正しい距離の詰め方なんて分からないから手探りではあるが、割といい感じに恋人の関係を続けられている気がする。


 幼馴染みから恋人へ。


 俺は光莉との繋がりを次の段階へとシフトしていかなければならない。


 そのために、次は何をするべきなのか?


 俺と光莉が恋人として、一つ先の関係にいくためには――


「そりゃもうキスよキス。キス以外にあり得ないわ」

「ごふっ」


 飲んでいた麦茶が口の中で逆流する。慌てて口を押さえるが、そのすべてをせき止めることは叶わなかった。


 ポケットティッシュで机を拭きつつ、俺にとんでもないことを言いやがった女子生徒の方を見る。


 夜空を彷彿とさせる漆黒の髪に、同じく黒い切れ長の瞳。胸はやや控えめだが身長は高く、全体的にスレンダーな女性。机の下では長く美しい脚が芸術品のような均衡で組まれていることだろう。


 彼女の名は森永千里。

 光莉の親友にして、俺のクラスメイトその2である。


「きったないわねぇ。光莉の前で同じことするんじゃないわよ? 下品な男って女から嫌われやすいんだから」

「誰のせいだ誰の!」

「相談に乗ってくれって言うから付き合ってあげてんのになにその態度」

「ぐっ……す、すまん」

「誠意が感じられないわねえ?」

「千里様の助言を求めている立場でありながら生意気な態度をとってしまい誠に申し訳ありませんでした!」

「ん、苦しゅうない」


 深々と下がった俺の頭を、ちょんちょんと指で軽くつつく千里。

 先ほどの言葉通り、俺は千里に恋愛相談をさせていただいている。別に翔琉でもよかったんだが、あいつは昼休みになるなり「大会が近いから自主練をしてくるぞ!」と言って姿を消しやがったので候補として選ぶことすら許されなかった。


 千里も光莉をお昼に誘うつもりだったようだが、彼女が教室を去る前に俺が捕らえたので、今こうして俺の相談相手となっている――というわけだ。我ながらめちゃくちゃ迷惑をかけてると思う。


 千里はパックのジュースをストローでちゅーちゅー吸った後、それはもう面倒くさそうに頬杖をついた。


「てか、キスぐらい初デートの時に済ませときなさいよ。光莉から聞いたわよ? 恋人繋ぎが関の山だったって。あんた、相変わらずヘタレよね。チキンでヘタレ。チキンヘタレだわ」

「チキンタ〇タみたいに言うな」


 自分がヘタレなことぐらい自覚してるし。


「手を繋いだんなら次はキスしかないでしょ。他に何かあると思う?」

「い、いや、流石にそれは飛ばし過ぎじゃないか? ハグとか膝枕とか、もっといろいろあると俺は思うわけでありますけれども……」

「ハッ! 中学生の恋愛ごっこじゃないんだから。成人が眼前に迫ってる高校生ならもっと大人の恋愛を意識しなさいよね」

「そう言われてもだな……そもそも恋人自体初めてなんだ。どういうのが大人の恋愛なのかなんて知らねえよ」


 そこで言葉を一旦止め、俺は千里から視線逸らす。


「……それに、ファーストキスは大事にしたいんだ」

「……………………おええ」

「オイコラなんだそのリアクション!」


 顔面全体で心の底からの嫌悪感を示してきやがった。


「大事にしたいって、そんなこと気にして慎重に振る舞いまくってたら、誰かに光莉を取られちゃうわよ?」

「取られるって……そんな大げさな」

「大げさじゃないわよ。マジ寄りのマジ。あんた、光莉がどんだけモテてるか知らないの?」

「いや、知ってるけど……」


 そう。光莉はモテる。それはもう、引くぐらいに。

 顔は可愛いし誰に対しても明るく振舞うし運動も勉強も得意だし、何より胸がデカい。俺みたいな年頃の男は顔が可愛いってだけでもすぐ惚れちまうのに、そこに胸がデカいってのも合わさったからもう大変。幼馴染みだから一緒にいても後ろ指差されるぐらいで済んでいるが、赤の他人だったら多分校舎裏で光莉に惚れている男たちに袋叩きにされていたに違いない。


 光莉は隠しているが、あいつの下駄箱に毎日のようにラブレターが入っていることも知っているし、サッカー部のキャプテン(井口とか言ったか?)とかからアプローチを受けている、なんて話も人伝に聞いている。


 ……あれ、確かに焦るべき状況じゃね?


「あんたがバキバキ童貞っていうステータスに甘えるのは勝手だけど、恋愛豊富なオオカミたちが本気を出したら、あんたから光莉を奪うなんて朝飯前なんだからね」

「うぐ……」

「キスはまあ言い過ぎたにしても、もっと彼氏らしいところアピールしていかなきゃ」

「彼氏らしさ、ねぇ……」


 どういうものが彼氏らしさなのだろうか。かっこいい外見? 常に愛の言葉を囁く紳士性? ううん、よく分からん。


 そんな疑問が顔に出ていたのか、千里は呆れたように溜息を吐いた。


「分かりもしない問題に悩んでるようだから、あえて助け舟を出してやるけどさ」

「はい」

「光莉みたいなタイプは――独占欲の強い彼氏に弱いわよ」

「……独占欲?」

「こいつは俺だけのものだぜキリッみたいな感じ。ま、これは誇張しまくってるけども」


 彼女なりに独占欲の強い彼氏を演じたのだろう。顔はめちゃくちゃ整ってるから様にはなってるけど、彼氏というよりも宝塚の役者さんって感じだった。


 千里はジュースのパックに息を吹き込み、ベコベコと鳴らすと、


「とにかく、あんたはもう少し彼氏らしさってのを意識しなさい。関係性云々はそれからの話よ。まずは土台を固めろ。危なっかしくて見てられないわ」

「ういっす。いや、マジでありがとう。今度翔琉とカラオケ行くから、お礼としてそこにお前も同行できるように話しとくわ」

「何であんたがいるのよ。二人きりにさせなさいよそこは!」

「それはもうお前が誘えよ……」

「ばっ……私から誘うとか、そんなの恥ずかしいじゃない……」

「お前そんな雑魚っぷり見せておきながらよくもまあ俺に偉そうなご高説垂れられたな!」


 なんで翔琉が絡むといきなりポンコツになるんだ。完璧美少女が聞いて呆れるぞ。


 頬を赤く染めてもじもじする千里にジト目を向けていると、彼女が机に置いていたスマホが小刻みに震え始めた。


「おい、スマホ鳴ってんぞ」

「んー? トモダチからだ。なんだろ?」


 スマホを手に取り、画面をのぞき込む千里。

 直後、彼女の眉間に深い皴が寄った。


「え、こわ。なになにどうしたの」

「……あんたにも関係ある話だから、教えとくわ」


 千里は眉間を手で揉み解しながら、面倒くさそうに言う。


「光莉がサッカー部の井口にナンパされてるって。しかも食堂のど真ん中で」

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