第11話 光莉ちゃんの反省会。
水樹との初デートが行われた日の夜。
私はベッドの上でクマのぬいぐるみを抱きながら、ライン通話で親友に今日のことについて報告していた。
「でね? 水樹ったら私にずっと可愛い可愛いって言ってくれたの。付き合う前はそんなこと一度も言ってくれなかったのに……もしかして、ずっと可愛いって思ってくれてたのかなあ。ねえ、どう思う?」
『心の底からどうでもいいと思っているわ』
「もー! そんな酷いこと言わないでよ、千里!」
あまりにも辛辣な返事に思わず抗議の声を上げてしまう私。
電話の向こうで溜息を吐きつつ、我が親友・森永千里は心の底からどうでもよさそうな声で続けた。
『いきなり電話したいっていうから何事かと心配したのに……まさか彼氏とのノロケを聞かされるだなんて思いもしなかったわよ』
「だ、だって、誰かに話したかったんだもん」
『はいはい可愛い可愛い。あ、あたしが言っても響かないんだっけ? 戸成を入れて三人でグループ通話でもしましょうか? あ、そうなるとあたしがお邪魔よね。おやすみなさい』
「もー、待ってよ千里! 心配させたのは謝るから、もう少し付き合って!」
『ったく、しょうがないわね……今度、ケーキとか奢らせるからね?』
「うん。駅前に新しくケーキ屋さんできたみたいだから、そこでもいい?」
『ケーキというだけで美味しいからどこでもいいわよ』
思想の強いことを言ってくる親友に、私は思わず苦笑してしまう。
千里とは、高校に入学した頃からの付き合いだ。
高校に入って初めての体育の授業でペアを組んで以来、なにか気が合い、ずっと親友として仲良くしている。
本音をすぐに口にしてしまう彼女に最初は驚いたけど、慣れてしまえば特に気にならなくなった。私も似たようなところがあるしね。
仰向けに寝転んだ状態で、私は足をパタパタさせる。
「それで、デートの話に戻るけどさ。今日、やっと水樹の方から手を繋いでくれたんだよ。あんなに恥ずかしがってたのに」
『へぇ、あの戸成が。意外と男らしいところあるのね』
「水樹はずっと男らしいけど?」
『幼馴染みの情報量を他人に当てはめようとするんじゃない。私にとっての戸成はヘタレで口の悪い同級生でしかないんだから』
とんでもない評価だけど、否定はできなかった。まぁ、水樹って昔からそんな感じだしね。あえて例を出すなら、女子相手でも態度を変えずにズバズバ言いたいことを言うタイプって感じ。
「初デートってこともあって、いろいろと頑張ってくれてたみたい。珍しく早起きもしてたしね」
『愛されてるようでよかったじゃない』
「えへ、やっぱりそう思う? 私、愛されてる? えへえへ」
『ムカついたから電話切っていい?』
「ごめんなさい調子乗りました」
スマホを枕の上に置き、即座に土下座をする私。
『はぁ……ま、十年以上片想いしてたんだから、嬉しくなるのは当然でしょうね』
「本当に、ほんっっっっとうに長かったもん、私の片想い……十年以上も一緒にいたのに、一度も付き合おうって言われなかったんだよ? 普通、有り得なくない?」
『距離が近すぎて妹のように思われていたんでしょうね。それか、あっちも好きだったけど、嫌われたくなくてずっと言わずじまいだったか』
「片想いを拗らせすぎて、有名な占い師さんに毎日のように電話で相談してたもん。100回を超えたあたりで『いいから告白しろ』って怒られたけどね」
『よく100回も耐えたわねその占い師』
千里は苦笑というよりもドン引きしているようだった。自分のことながら、あの時の私はかなり頭がおかしかったと思う。恥ずかしいから千里には言わないけど、水樹の部屋に遊びに行く時に必ずえっちな下着をつけて行ったりもしていたっけ。
何度目かも分からない溜息を零しながら、千里はどこか嬉しそうな声で言う。
『ま、初デートが成功したみたいでよかったわ。他人の失敗談ほど聞いててむなしいものはないしね』
「……失敗がないわけじゃ、ないんだよねー」
『なにやらかしたのよあんた』
「水樹に二万円も使わせました」
『はい?』
服屋で水樹と服の選び合いっこをしたこと、水樹が可愛いって言ってくれたから調子に乗ってしまったこと、そして最終的に二万円以上する服を買ってもらってしまったことを、私は千里に余すことなく報告した。
私の話を静かに聞いていた千里は、本日最大の溜息を吐き出すと、
『彼氏に貢がせる女とか、ないわー』
「しょ、しょうがないでしょ!? 初デートでテンション上がっちゃってたんだもん! 水樹をからかってる時、もう自分でもよく分からない感じになっちゃってたんだもん!」
『初デートごときで自分を見失うほどぶっ壊れる女子高生なんて、あんたぐらいのものじゃないの』
「十年以上片想いを拗らせてたら、誰だってこうなるよぅ……」
『普通はそんなに拗らせないのよこのおバカ』
親友からおバカをいただいてしまいました。死にたい。
「ねぇ、私嫌われてないかな? がめつい女だって思われてないかな?」
『あたしが戸成の立場だったら二度と一緒にデート行かないわね』
「うぐぅ」
『光莉って、予想外の事態に本当に弱いわよね。アドリブが利かないというかなんというか……』
「自覚は、あります……はい……」
『反省は?』
「もちろんしてます……」
うぅ、親友に詰められて改めて分かってしまう。振り切ったテンションに押し流されてしまった自分の愚かさが。
好きな人と楽しく過ごしたいと思うあまりに、逆に嫌われかねない行動をとってしまうだなんて……本当に馬鹿だ、私。
『じゃあ、別にいいんじゃない? 反省できてるなら、次に挽回すればいいのよ』
「千里……」
『というか、それぐらいのことで戸成が光莉を嫌うわけないでしょ。なんだかんだあいつもあんたのこと好きなのよ。もっと自信持ちなさいな』
「……うん、そうだね。ありがとう、千里」
『本当よ。ちゃんと感謝しなさいよね』
千里のおかげで元気が出た。
やっぱり持つべきものは親友だ。ちゃんと叱ってくれる親友がいてくれて、私は本当に幸せ者でございます。
悩みが解決したことでちょっぴり元気が出た私。そろそろ遅いし、通話の締めにでもかかろうかなと思っていたら、千里が言葉を挟んできた。
『それで、いつキスするの?』
「ぶほぉぁ」
完全に油断していたところに、千里がとんでもない話をぶっこんできた。
「い、いいいいいきなり何言ってるの!?」
『手を繋いだんでしょ? じゃあ次はキスでしょ? はい、キスするまでのご予定は?』
「そ、そんなのまだ考えてないし! まだ、付き合ったばっかりだし、手だって今日ようやくまともに繋げるようになったばっかりだし……」
『うだうだうっさいわね。そんなことだから十何年も片想い続けることになんのよ。このヘタレ』
ぷっちーん、と私の頭の中で何かが切れる音がした。
それは、試合開始の合図でもあった。
「お、おうおう言わせておけば! 千里だって翔琉くんに絶賛片想い中のくせに!」
『あ、それに触れちゃうんだ? ふーん? ふーん? いいわ、そういうことならとことんやってやろうじゃない! 今日は寝られると思うなよ!』
「望むところじゃー!」
私はスマホを両手で握りしめながら、わーわーぎゃーぎゃーと子供のように喚き散らす。電話の向こうからも、似たような声が響いてきていた。
結局その後、私と千里は互いが寝落ちするまでの間、子どもみたいな言い争いを続けるのだった。
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