第10話 からかわれ上手の水樹くん。
店内には数え切れないほどの商品が並んでいたが、服を選び終わるのにそう時間はかからなかった。
「さあ、これを着てもらおうか!」
「……やっぱりやめるって言ったら怒る?」
「激怒した上に店内でガキみたいに泣き叫ぶ」
「彼氏としてのプライドとかないわけ……?」
「ハッ! 可愛い彼女を見るためならプライドなんて必要ないね」
「テンションおかしくない?」
「お前にだけは言われたくないですね」
「ぐう……」
さっきまでの自分を思い出したのか、悔しそうな顔でぐうの音を出す光莉。こういう時はぐうの音は出さないのがお約束だろうに。定番を外すほどに数分前の自分が許せなかったのかもしれない。
きっと満面の笑みを浮かべているであろう俺は選んだ服の入った籠を光莉に手渡す。
「じゃ、俺はここで待ってるから。気になったやつから着ていってくれ!」
「水樹は一着しか着なかったんだし、私も一着でよくない?」
「泣き喚く準備はいつでもできてるが?」
「なにその脅し! あ~……もー、分かった。分かりました。全部着てあげる。まったく、もう……」
ブツクサ文句を言いながら、試着室の奥へと戻っていく光莉。なんだかんだ言って頼みは聞いてくれるんだよな。
さてさて、どの服から着てくれるのか。カジュアル、地雷系、セクシーといろんな種類を用意したが、やっぱり安牌のカジュアルからだろうか。
スマホを見たり店内の方へ視線をやったり。そわそわしながら時間が経つのを待っていると、カーテンがゆっくりと開いた。
「き、着てみたけど……どう、かな?」
――そこには、天使がいた。
ラージサイズのパーカーにすっぽりと身を収め、裾からは生足をぴょこりと出すことで小柄さをアピール。カジュアルさの象徴ともいえるキャップをアクセントとして盛り込みつつ、スニーカーでアクティブさを演出。
ファッションモデル顔負けの可愛さを誇る美少女が、俺の目の前に立っていた。
「……ありがとう」
「感想を聞いたんだけど……何でお礼を言われてるの……?」
しまった。つい推しカプを目の当たりにした時の翔流みたいな反応を見せてしまった。もっと落ち着かなくては。ビークールだぞ、俺。
「すまん。感想だったな。かわ――似合ってるんじゃないか? かわ――悪くないとは思う。かわ――いつもとは違う光莉って感じだな」
「ふうん。……可愛いって、言ってくれないんだ?」
「可愛いです……ッ!」
拗ね顔+上目遣いの反則技に耐える術など俺には存在しなかった。
可愛いの暴力に押し潰された俺は、その場でゆっくりと膝をつく。そんな俺の反応が面白かったのか、光莉は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、俺の目の前にしゃがみこんだ。
「へぇ、私、そんなに可愛い?」
「認めたくないけど可愛いです」
「ふうん……この服を着た私を、これからも見たい?」
「悔しいけど見たいです」
「ふふっ。奢ってくれたら、考えなくもないけど?」
そう言って、光莉はパーカーの首元から値札を取り出し、俺に見せつけてきた。
『25000円』
「ピギィッ……」
「水樹が選んでくれたこの服欲しいんだけど、ちょっと高くてさ。だから、買うのはやめておこうかなって思ってるんだよね」
「ぐっ……」
「でも、水樹が褒めてくれるなら、これからも着てあげたいなーって。ふふっ、どうする?」
「う、ううううう……」
なんだこいつ、急に調子に乗りやがって。俺をからかう時だけ本気モードになるのは卑怯だろうよ、ちくしょう。
数秒……いや、数分の葛藤の後、幼馴染みから邪気しかないニヤケ顔で見下ろされながら、俺は言葉を絞り出した。
「……他のも見てから決めさせていただいてもよいでしょうか……っ!」
「……ぶふっ。あはははははははは!」
本気で悩む俺に耐え切れなかったのか、光莉は腹を抱えて爆笑した。
★★★
その後、いろんな服を光莉に着てもらったのだが、結局、最初のカジュアル一式を購入する次第となった。
店の出入り口を通り、大通りへと出る俺と光莉。急な涼しさを体感するよりも先に、光莉は俺の肩を軽くたたいてきた。
「いやー、ごちそうさまです」
「俺の今月のガチャ貯金が……」
「可愛いキャラを引くよりも、彼女を可愛くコーデする方が大切だとは思いませんかね?」
「そんなこと言ってももう乗せられないからな」
今回は光莉の可愛さに屈してしまったが、流石に二度はない。俺は学習できる男なのだ。
「はいはい。ふふっ。水樹に服、買ってもらっちゃったな」
新品の衣服が入った紙袋を覗き込み、嬉しそうに頬を緩ませる光莉。こういう時の些細な可愛い言動は本当にずるいと思う。
なんか負けっぱなしは悔しかったので光莉の頭に軽く手刀を落としつつ、空いた方の手でスマホをいじる。画面に映るのは、ここら一帯を縮小化した地図アプリだ。
「で、服を買うっていう目的は達したわけだが、次はどうする?」
「うーん……はっきり言ってノープラン。水樹はどこか行きたいとことかある?」
「今日は完全に付き添いの気分だったからなあ。しいて言うなら、本屋とか?」
「……彼女がいるのに?」
「行きたいとこって言ったじゃねぇか」
彼女と行くような場所ではないことは重々承知しているが、今一番行きたいところといえばそれぐらいしか思いつかなかった。
「漫画とかラノベの新刊チェックがしたいんだよ。まあ、今日じゃないといけないわけでもないし、別の場所でもいいけどな」
「なるほどね。んじゃ、近くに本屋がないかちょっと探してみよっか?」
「いいのか? せっかくの初デートなのに」
疑問をぶつける俺に、光莉は微笑みを返してくる。
「せっかくの初デートだからこそ、だよ。双方の行きたいところに行った方が、お互いに楽しい気持ちで過ごせるでしょ?」
「本探しに集中しちまって、相手できなくなっちまうかもしれねえぞ?」
「私と過ごした十数年間で、一度でも私の相手ができなかったことがありましたか?」
「……ねぇな」
「水樹は私を放っておくような人じゃないよ。何年幼馴染みやってると思ってるの?」
やっぱり、光莉にはかなわないな。
俺のことをこんなに理解してくれてる奴なんて、こいつぐらいのものだろう。過ごした時間の長さが違う。おそらく、親よりも俺のことを分かっている。
俺は光莉と指を絡め、恋人繋ぎをする。
油断していたのか、光莉は少しだけ身体を跳ねさせた。
「じゃ、お言葉に甘えて、本屋を目指させてもらうとしますかね」
「むー。平気そうな顔して。なんだかこっちだけ照れてるみたいじゃん」
「俺は慣れる男だからな」
「ふうーん……じゃ、こういうのはどう?」
何をされようとも、今の俺が動じることはない。
——なんて、余裕ぶっていたのが仇となった。
光莉は俺から手を離すと、考える暇を与えることなく、ぎゅーっと俺の腕を両手でホールドしてきた。かなり密着しているので、彼女の豊満な胸が二の腕のあたりに思い切り押し付けられている。
動揺なんてものじゃない。口から心臓が飛び出るかと思った。
「バッ……な、何してんだ!」
「恋人っぽいでしょ?」
「恋人っぽいけれども! い、いきなり飛ばしすぎだろ!」
「ふふん。この程度で照れるなんて、水樹もまだまだね」
「仕方ねえだろ! 胸当たってんだからよぉ! 意識するなって方が無理だろうがよ!」
「胸が当たってるだけで顔真っ赤にするなんて。相変わらず初心だね、水樹って」
「顔真っ赤だぞブーメラン女」
休日の真昼間から、本当に何をやっているんだろうか、俺たちは。
でも、きっとこういうのが俺たちらしさというものなのだろう。
幼馴染みであり、恋人でもある唯一無二の関係性。
どっちつかずと言われてしまうかもしれないが……どうしたものか、これが意外と悪くない。
「さあ、早く行くよ水樹。私が羞恥心に負ける前に!」
「無理するぐらいならさっさと手ぇ離せよな!」
光莉が俺の腕を引っ張り、俺がその後をついていく。
子供のころから続く当たり前は、どうやらこと初デートにおいても変わることはないらしかった――。
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