第9話 見惚れる彼女。
「水樹はカジュアルな服が似合うと思うんだよね」
店内に陳列された衣服を眺めながら、光莉は顎に手を当てそう言った。
「その心は?」
「フォーマルな格好をしてる水樹が想像できない」
「地味に失礼じゃね?」
「スーツとかあんまり似合わなさそう……」
「それは直球で失礼じゃね!?」
本気でツッコむと、光莉は悪戯っぽく舌を出してきた。おそらくからかいたいだけで、本気で言ってるわけじゃなかったんだろう。……本気じゃないよな?
ちょっと不安になる俺を余所に、光莉は衣服をいくつか手に取っていく。
「この黒いパーカーは似たようなのが水樹の部屋にあるから没。こっちの白っぽいのは……ちょっとデザインが奇抜だから、水樹のイメージじゃないかな」
「何で俺のクローゼット事情に精通してるんだよ」
「いつも起こしに行く時に開けてるからだけど」
「まず何で開けてんの?」
「水樹が服をしまわないから、毎朝私が片付けてあげてるんだけど」
今明かされる衝撃の事実だった。
光莉は心の底から呆れた顔で溜息を吐く。
「お義母さんから聞いたよ。畳んでしまっとけって言ってるのにいつも部屋の隅に置きっぱなしにしてるって」
「あ、あとで片付けようと思ってたんだよ」
「はい嘘。どうせ面倒くさかっただけでしょ。他の人ならともかく、私に噓なんて通じないからね?」
「ぐっ……流石は幼馴染み……」
「ふふん。水樹のことは私が一番分かってるんだから」
得意げに胸を張る光莉さん。同棲すらしていないのに彼女に自分のプライベート事情を知られすぎてるのは如何なものかと思わないでもないが、こればっかりはどうしようもないので諦めることにした。かなり前とはいえ、一緒に風呂にも入ったことあるしな。今更クローゼットの中を把握されたぐらいどうということはない。
それから少し物色を続け、ようやく気に入るものが見つかったのか、光莉は俺に体を軽くぶつけてきた。
「試着室行こ、試着室」
「はいはい。満足するまで付き合ってやるよ」
近くの店員さんに声をかけ、試着室まで移動する。
幸いにも、休日のわりに試着室はあまり混んでいなかったので、すぐに入ることができた。
「これとこれと……あとこれね。着替えたら声かけて」
「うっす」
光莉から服を受け取り、試着室のカーテンを閉じる。
選択肢として託された服は全部で三種類。上下セットで渡されたので簡単に言うと、カジュアル、フォーマル、韓流の3セットだ。
「フォーマルなやつ選んでんじゃねえかよ」
白のワイシャツと黒のジャケット、そして細身の黒パンツ。まさにフォーマルといえばこんな感じ、といった服一式。
あんだけ似合わないと言っておきながらわざわざ用意しやがるとは。もしかして、一縷の望みを抱いてくれているんだろうか? 全力で期待してもらえていないところに虚しさがあるが……まあいい。
こうなったら完璧に着こなして、光莉を驚かせてやる他あるまい。
着ていた服を脱ぎ、なるべく皺が出ないように気を付けながら試着を行う。最初に選んだのは、もちろんフォーマルタイプの服だ。一発目から光莉の度肝を抜かしてやらんと気が済まないからな。
「よし、こんなもんかな」
襟元を整え、ジャケットの生地を手でピシッと整える。うん、意外とイケてるのではなかろうか。いつもよりイケメンに見えなくもない。試着室の鏡って、どうしてこんなに自分が格好良く見えるんだろう?
いつもと違う自分に酔いつつ、カーテンの向こうの光莉に声をかける。
「着替えたぞー」
「ふふっ。どんな感じなのか、光莉さんが見てしんぜよう」
「フッ……ならば刮目せよ!」
馬鹿なノリに合わせつつ、勢いよくカーテンを開け放つ。
「どうだ? 俺ってば、意外と何でも着こなせる男なんだよな」
「…………」
「? おーい、光莉ー?」
「……いい」
「は?」
なんか呆然としたままボソボソ呟いていたので、彼女の口元に耳を近づけてみる。
「……かっこいい」
「…………光莉?」
「――ハッ! いや、あの、ちがっ……い、今のは、その……」
「今かっこいいって言った?」
「あの、すいません、あんまりこっち見ないで……ドキドキしちゃうから……」
真っ赤に染まった顔を手で隠しながら、俺から視線を外す光莉。しかし見たい気持ちがあるのか、指の隙間からこちらをチラチラ見てきていた。
ふむふむ、なるほど。
「もっとこっち寄れよニヤニヤ。お前の愛しの彼氏がせっかくおしゃれしてんだからさニマニマ」
「わざとらしい口調! いやっ、無理……こんなの聞いてない……」
「フォーマルは絶対に似合いそうにない、だっけ? おいおい、俺を見て同じことをもう一度言ってみてくれよ。なあ?」
「調子に乗って……ふぅ、落ち着け、落ち着くのよ光莉。いくら彼氏とはいっても、所詮は水樹。ずぼらで生意気でデリカシーのない水樹なんだから……」
「俺じゃなかったら泣いてるぞオイ」
自覚はあるから何も反論はしねえけども。
「しっかし、そこまで照れるかね。見られてるのは俺なのに。羞恥泥棒じゃん羞恥泥棒」
「だ、だって、しょうがないじゃん。思っていたより、その……ずっと格好良かったんだもん……」
「……お、おう」
光莉がこんなに真っすぐ俺を褒めてくれるなんて中々に珍しい事態である。なんだかこっちまで照れ臭くなってきてしまった。この浮ついた空間にこれ以上身を委ねていたら、いろんな意味で自分がダメになってしまうかもしれない。
俺はカーテンに手をかけながら、
「と、とりあえず、この服はここまでな。次のやつ着るから、ちょっと待ってろ」
「う、うん。楽しみにしとく……ます……」
どういう感情なのかもう読み取ることすらできないほどに顔を紅蓮に染めた光莉から逃げるように、俺はカーテンを勢いよく閉める。どうしよう、俺の彼女が可愛すぎる。
「……待てよ? いろんな服を着た光莉は、もっと可愛いのでは……?」
清楚な服を着た光莉、ボーイッシュな格好をした光莉、地雷系ファッションに身を包んだ光莉。想像するだけでもう可愛い。俺の乏しい想像力でも可愛いと分かるんだ。実際に見たらどれだけ可愛くなるのだろうか。
俺は閉じたカーテンをもう一度開き、光莉の肩を素早くつかむ。
「な、なに? どうしたの?」
「光莉。俺、可愛いお前が見たい」
「いきなり何を言ってるの!?」
「頼む! 今すぐにでもいろんな服を着たお前を見たいんだ! だから、着せ替えのターンを早めて、お前を俺の着せ替え人形にさせてくれ……っ!」
めちゃくちゃな要求だとはわかっている。一発ぶん殴られるぐらいなら許容しよう。可愛い光莉が見られるなら、それは名誉の負傷だ。
通るか、通らないか。
要求を提示した上で、光莉の顔を恐る恐る覗き込んでみる。
「……うん」
どうやら俺のフォーマル姿が相当ツボに入っていたらしく、光莉は乙女の顔で迷うことなく頷きを返してきた。
光莉の了承を得た俺は商品から私服へと着替えなおし、店内へと駆け足で戻る。
最高に可愛い光莉を見るための戦いの火ぶたが、今まさに切って落とされたのだ――。
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