第8話 恋人繋ぎ。

 喫茶店で時間を潰していたらいい感じに外の人も減ってきたので、俺たちはようやく当初の予定通りショッピングデートを開始した。


「駅チカのモールとか以外にも結構たくさん服屋とかあるんだな」

「新宿駅の周りはそういう店が多いよ。あんまり来ないの?」

「俺は基本的に通販で生きてる男なんでね。服もそんなに頻繁には買い替えねえし」


 一年の大半を学校の制服で過ごしているし、土日はほとんど外に出ない。だから服はそんなに数が必要ないのだ。

 光莉は俺を上から下までまじまじと見つめると、


「ふうん。じゃ、今日は水樹の服も探そっか」

「なんでそうなんだよ」

「だって、たまにはお洒落な水樹も見たいし」

「オイ。普段の俺はお洒落じゃないってか」

「……普通?」

「それ一番傷つく評価ですからね光莉さん?」


 彼氏に向かって普通てお前。そこは嘘でもお洒落だよとお世辞を飛ばすところだろうに。……もしかして、気を遣われないほどに普通なのか、俺は?


「思ってみれば、水樹の服を私が選んだことってなかったよね」

「そりゃそうだろ。いくら幼馴染みとはいえそこまでプライベートにゃ介入せんって」


 俺だって光莉の服を選んだことなんて一度もないしな。


「じゃあ、今日が初めての着せ替え日ってことで。初デートには打ってつけでしょ?」

「じゃあ俺もお前の服を選ばせてもらおうかな」

「えっ」

「オイ、なんだその反応は」

「だって、水樹の女性の趣味って……裸の方が恥ずかしくないような大胆な衣装を着た巨乳美女でしょ……?」

「バッ……ちっげえよ! それは、あれだ。ゲームとか漫画とかの話だから! つーか、何で俺の二次元の好み知ってんだよ! 翔流にすら言ってねえのに!」

「あはは。幼馴染みなめんな~」


 クソ。まさかそんなことまで知られているとは。いつだ? いつ知られたんだ? 俺がソシャゲしてるのを横で見られたりはしていたが……その時に「あ、こいつこういうキャラ好きなんだな」って気づかれたのか?


「……俺、お前の前ではもうソシャゲしねえわ」

「え、別にいいのに。私、水樹がゲームやってるのを横で見るの、割と好きだし」

「それとこれとは……って、もういいや。とにかく、リアルでそんな趣味を出したりしないから安心しろ。ちゃんとした服を選ぶよ、流石に」

「ふうん……ま、楽しみにしとく」


 俺の反応を楽しんで満足したのか、光莉は無邪気な笑顔を浮かべつつ、俺の手を掴んだ。彼女の手の柔らかな感触がいきなり伝わり、思わずドキッとしてしまう。


「じゃあ、たくさん着せ替えするためにもいろんな店に行かないとね」

「お、おう。そうだな」

「ほら、手を繋いだだけで照れないで。私だって恥ずかしいんだから」

「じゃあやめろよ……心の準備とかまだできてねえんだよ……」

「いーや。だって、水樹と手を繋ぎたいんだもん」


 そう言う光莉の頬には僅かな朱色が浮かんでいた。どうやら彼女は彼女なりに一歩前へと進もうとしているらしい。


 流石に、これは負けてられないな。


 俺は光莉の手を一旦離し、指を絡める形で握りなおす。

 俗にいう、恋人繋ぎというやつだ。


「ちょっ……」

「こっちの方が恋人っぽいだろ」

「顔真っ赤だよ」

「うっせ。心臓だってバクバク鳴っとるわ」

「なにそれ。全然自慢にならないんだけど」

「お前だって顔赤いからな。人のこと言えんのかよ」

「あはは。確かに、何も言えないかも」


 緊張で喉は乾くし、周囲からの視線も気になってしょうがない。

 だけど、光莉と同じ恥ずかしさを共有していると考えたら、そこまで悪い気持ちはしなかった。



   ★★★



 恋人繋ぎをしたまま街を歩くこと五分ほど。

 俺たちは気になったファッションチェーン店へと足を踏み入れたのだが――


「……どうしてここにお前がいるんだよ、翔流」

「それはもちろん、オレがここでバイトをしているからだな」


 ――カプ厨の親友がマジで唐突に俺たちを出迎えやがった。


 だぼっとしたパーカーを身に着け、名札を首から下げるその姿はまさにファッションショップの店員さん。柔道部で男泣きばかりしている翔流がこんな店で働いているなんて解釈違いもいいところだ。何なんだこいつの多彩なギャップの数々は。ラノベのヒロインでもここまでの属性は持ってねぇぞ。


 翔流は俺――ではなく、隣の光莉の方を見ると、


「よぉ、光莉ちゃん。久しぶりだな」

「久しぶり。翔流くんはバイト? 大変だね」

「店を訪れるカップルのおかげで大変さなど露ほども感じんさ」

「……? よく分かんないけど、そうなんだ」

「それで、光莉ちゃんたちはどうしてここに?

「デートしてるの。実は、初デートだったり。えへへ」

「初デート……だと……っ!?」


 次の瞬間。

 翔流は俺の肩を掴み、それはもう気持ち悪い笑顔を浮かべた。


「初デートの場所にこの店を選んでくれて、本当にありがとう……ッッ!」

「ただの偶然だっつの」


 祝福されて嫌な気はしないが、あまりにもタイミングが悪すぎる。

 初デートを邪魔されてはかなわんので、俺は翔流を追っ払うことにした。


「聞いての通り、今日はお前の相手をしてる暇はねえ。向こうで他の客を接客しててくれ。頼むから」

「当然だ。推しカプの初めてを邪魔するほど、オレは無粋ではないぞ」


 そう言って、翔流は発光しているのではないかと錯覚するほどの発光スマイルを見せつけながら、


「ただ、遠くで見守らせてもらうだけだ!」

「すいません、こいつ邪魔なんで連れてってもらえますか?」


 他の店員に連れていかれる親友を舌打ちで見送る。今後この店に来る時は事前に翔流のシフトを把握しておかなくてはな。


 邪魔者が消えたのことで、ようやく二人の時間が戻ってきた。


 事の成り行きを実は笑いながら見守っていた光莉の方を向き、俺は軽く溜息を吐く。


「出鼻を挫かれたが、早速着せ替えタイムを始めようぜ」

「じゃ、最初は私からね。着せたい服がたくさんあるから、覚悟しろ~?」


 がおー、と両手を構えて威嚇してくる光莉さん。

 こいつのこの可愛さを独り占めできるなんて、俺は世界で一番幸せなのかもしれない。


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