第7話 彼女なりの不安。
駅から都心部へと向けて電車に揺られ続けること約20分。
俺たちは目的地である新宿へと辿り着いていた。
「うげぇ……やっぱり人多いな……」
見渡す限りの人、人、人。休日ということもあってか、駅周辺は「え、なんかイベントでもあるの?」ってぐらいに人で溢れていた。
人込みはあまり得意ではないので、少し帰りたい気持ちにさせられつつも、隣の光莉に視線をやる。
「ふぅ……」
彼女もまた、俺と同様に青い顔をしていた。まぁ、こんだけの数の人間に囲まれていりゃあ、誰だって人酔いぐらいはするだろう。
俺は彼女の手首を掴み、人込みからの脱出を図る。
「先に喫茶店で一息つこうぜ。買い物はそれからでもいいだろ」
「ごめん。大丈夫かなって思ったんだけど……」
「謝んなくていい。お前が俺よりも人混みが苦手なことぐらい知ってるし」
むしろ、俺がもっと気遣うべきだったんだよな。
光莉の盾になるように突き進み、ようやく駅周辺の渋滞エリアから脱出。目についた喫茶店に逃げるように入店した。
「ふぅ……やっぱり、いつ来ても慣れないね」
「でも、休日に出かけるってなったらこっち側に来るしかないしなぁ。つーか、都心部ならどこでもこんな感じだと思うぞ」
「だよね……」
喫茶店の澄んだ空気のおかげか、光莉の顔に血色が戻っていく。
「ま、無事に脱出できたんだし、ちょっと休んでこうぜ。ほい、メニュー」
「ん、ありがと」
光莉がメニューに目を通している間、手持無沙汰な俺は店内を見渡す。
てきとーに見つけた店だったが、雰囲気はかなり良さげだ。静かで落ち着いていることもあり、仕事をしている人や本を読んでいる人など、静寂を好む人たちを多く見かける。
カップルが入る店ではなかったかな、なんて思っていると、光莉がメニュー表をこちらに見せてきた。
「こっちは決まったよ。はい、次は水樹の番」
「朝食ってきたし、俺はアイスティーとかでいいかな」
「私はケーキ食べるから、ちょっと待たせちゃうかも」
「別にいいよ。甘いもの食ってるお前を見るの、割と好きだし」
「……ちなみに、どういう意味で?」
「プラスの意味で。お前、ケーキとか食ってる時、すげー笑顔になるし。本当に甘いもの好きなんだなーって感じ」
「し、知らなかった……うぅ、なんか恥ずかしい……」
「なんでだよ。変顔してるよりマシだろ」
「食事中の顔を見られるのは恥ずかしいの。分かんないかなぁ」
「そんなもんかね。可愛いんだから別に構わんだろと思わんでもないが」
「……水樹って、たまーにモテそうなムーブするよね」
「たまにってなんだよ」
貶されたのか褒められたのか微妙なラインをつくのはやめてほしい。とても反応に困るから。
店員さんを呼び、注文を伝える。店内がやや混んでいるので時間がかかる旨を伝えられるが、俺と光莉は笑顔で問題ないと返した。
「なんか、ファミレス以外の場所に水樹と来たの、久しぶりかも」
「あー確かに。最近は専らファミレスばっかりだったもんな。土日とかは互いの家でゲームするぐらいだったし」
「家……家ね……」
「なんだよ。忘れ物でもしたのか?」
「そうじゃないけど」
光莉は気まずそうに髪の毛先を指でいじりながら、
「ほら、私達、付き合い始めたじゃん? 一応、彼氏彼女な関係なわけで……」
「そうだな」
「だから、その……家に行くと、意識することも変わっちゃうなー、って思いまして……」
「意識すること? 別に、今まで通りでいいんじゃねーの?」
「いや、ダメでしょ。互いの部屋に行ったら、やっぱり意識しちゃうじゃん」
「何を?」
「……もぉ、なんでそういうところは鈍感なの、水樹は」
なんか知らんが怒られてしまった。
何が何やら全然ピンと来ていない俺に光莉は顔を近づけ、今にも消え入りそうな声で囁いた。
「互いの部屋で二人きりになったら……え、えっちな雰囲気に、なっちゃうかもしれないでしょ……?」
「……………………あー」
言われてみれば、確かに。
恋人同士なんだから、お互いの部屋に遊びに行ったらそういうことになったりするのか。いや、確定じゃあないんだろうけど、世間一般では、彼氏彼女の部屋に遊びに行くということはそういうことを期待しているということになる、みたいな話をなんかの雑誌で読んだことがある。
しかし、光莉とえっちなことか……えっちなこと……うーん……。
「なんか、あんまり想像できんわ」
「一発ぶん殴ったらいい?」
「何でだよ!」
割と本気の目で睨まれた。
「だって、しょうがねえだろ。ずっと親友みたいな関係だったんだから。いきなりお前との……なんだ。そういうやつを思い浮かべろとか言われても、難しいって」
「……私は、別に大丈夫だけど」
「そりゃあお前がムッツリだから――いだぁっ! はい、すいません今のは流石にふざけすぎました! 謝るからつま先を踏むな!」
真剣なお話のご様子でした。大切な時にふざけるのはもう金輪際やめにしよう。
「あのね、彼女としては、彼氏から『えっちな目で見れません』なんて言われたら、自信を無くすわけ。分かる?」
「はぁ」
「水樹は私のことを可愛いって言ってくれるけど、可愛い止まりは嫌なの。私は真剣に、水樹と付き合ってるんだから」
「俺も本気なのは同じだが……」
「別に、焦ってほしいなんて思ってない。水樹が私のことを大切にしてくれてるのは知ってるし」
「でも」と光莉は付け加える。
何かに怯えるような顔とともに。
「大切にされすぎるのは、ちょっと嫌だから……」
複雑な乙女心、というやつだろうか。
きっと、光莉自身もそれがどういう感情なのか分かっていないのだろう。基本的に思ったことをすべて口に出す彼女が、曖昧な言葉に逃げてしまっている。それが何よりもの証拠だ。
だけど、言いたいことは分かった。
彼女として、もっと俺に意識してほしい。つまりはそういうことなのだろう。
確かに、俺の言葉にはデリカシーがなかった。彼女とそういうコトをしている姿を想像できない、なんて……お前には魅力がない、と遠回しに言っているようなものだからだ。
幼馴染みの関係は終わった。
俺たちは、恋人同士なのだ。
今まで目を背けてきたことにだって、ちゃんと正面から向き合わなくてはならない。
「……ごめんな」
俺は光莉の頬に手を添え、彼女の目をまっすぐと見つめる。
「俺、ちゃんと頑張るよ。お前が彼女として幸せになれるように」
「水樹……」
「だから、さ――」
俺は光莉の顎を掴み、視線を横に向けさせる。
俺たちの方をガン見してきている店内の客、および店員の方へと。
「――せめてそういう話は、二人きりの時にしよう……?」
「…………いつから見られてたか分かる?」
「お前がセッ……の話をし始めた時からだな」
「……どうして止めてくれなかったの?」
「真面目な話のときに茶化すなって怒られたからですね」
「……もう、やだぁ……っ!」
顔を紅蓮に染め上げながら、テーブルに勢いよく突っ伏す光莉。
その後、「お姉ちゃん頑張りなよ」とか「アオハルねえ」とか「お客様、こちらは店員一同からのサービスです(ケーキを渡されながら)」とかいろんな気遣いを受けたのだが……店を出るまでの間、光莉の目には大粒の涙が浮かび続けていたのだった。
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