第6話 初デートのお誘い。
「そういえば、明日って空いてる?」
いつもの放課後、いつも通りに立ち寄ったファミレスにて。
今日も授業だるかったな的な話がひと段落したところで、光莉が突然そんなことを聞いてきた。
「明日って土曜日だよな? 家でずっとゲームするつもりだが……」
「つまり暇ってことね」
「ゲームは予定の内に入らないんですかね?」
「少なくとも、彼女の誘いより優先されることはないかな」
『彼女』という響きに少しだけドキッとしてしまう。
光莉はあっさり口にするけれど、まだまだ慣れない言葉だ。俺と光莉の関係は幼馴染みから恋人へと変化した。それは受け入れているけれど、すぐに慣れられるかどうかはまた別の話である。
光莉はテーブルの上で頬杖を突きながら、
「私、買いたい服があるんだよね」
「なるほど。つまりは荷物持ちが欲しいんだな?」
「まだ服を買いたいって言っただけなんだけど」
「お前が俺を買い物に誘う時は決まって荷物持ちが欲しい時だからな。わざわざ詳しく言わなくても分かるっつの」
「……はぁ」
「え、なにその溜息」
何かダメなことでも言ってしまっただろうか。自分の言葉を思い返してみるが、どうしよう、どこがまずかったのかが一ミリも分からない。
首を捻る俺に、光莉は頬を膨らませながら、
「……今、私、デートに誘ってるんですけど」
自分がやっちまったんだな、ということに気付くのに一秒もいらなかった。
「あ……」
「はぁ。水樹って本当に鈍感だよね。普通、彼女が買い物に行こうって言い出したらデートのお誘いでしょ。何で分かんないかな」
「誠に申し訳ありませんでした」
「ま、水樹がそういう人だってことは分かってるし。あえて遠回しな誘い方をした私にも否はあるけど……気づいてほしかったな」
「うぐっ。……いや、はい。すいません」
「……ふふっ。ここを奢ってくれたら許してしんぜよう」
そう言って、いたずらっぽく笑う光莉。
無駄な鈍感さを発揮してしまった以上、この要求を断るわけにはいかないな。
「全力で奢らせていただきます」
「やったっ。じゃ、パフェ追加しちゃおうかな」
「オイ待て追加注文は聞いてねえぞ」
「追加しないとは言ってないもん」
「こ、この野郎……!」
もしかしなくてもそんなに怒ってなかったな?
昔からそうだ。俺はいつも光莉に口喧嘩では勝てない。それっぽい言葉を並べられて結局は丸め込まれてしまう。
店員さんにパフェを注文した後、光莉は満面の笑みをこちらに向けてくる。
「というわけで、明日、ショッピングデートね」
「はいはい。可能な限りエスコートさせていただきますよお姫様」
「ん、くるしゅうない」
デート、デートかぁ……そういえば、恋人になってから、デートなんて一度もしたことがなかった気がする。いつもファミレスには二人で来ているが、これをデートと呼ぶのはなんか違うし。
つまり、初デート。
幼馴染みの光莉とではなく、恋人の光莉との、初めてのお出かけ。
これは、流石に本気で臨まなくてはなるまい。
「ねぇ、水樹」
明日のコーデを頭の中で考え始めようとしたところで、光莉が声をかけてきた。
「明日、楽しみだね」
「……ああ、そうだな」
難しいことは考えず、こいつがずっと笑顔でいられるようなデートにしよう。
運ばれてきたパフェに目を輝かせる恋人を眺めながら、俺は密かに決意するのだった。
★★★
そんなこんなで土曜日である。
せっかくのデートなんだから待ち合わせをしよう、ということで駅前の広場で十時に待ち合わせすることになったわけなのだが――
「——まさか集合の一時間前に到着しちまうとは」
スマホに表示された時刻は午前九時。
何でこんなに早く来てしまったのかというと、理由はただ一つ。絶対に遅刻をしたくなかったからである。
自分で言うのもなんだが、俺は朝に弱い。光莉が毎日のように起こしに来てくれるから学校にも遅刻せずに済んでいるが、一人だとマジで昼まで寝てしまう。
だから、今回は絶対に起きられるように徹底した。アラームは起床予定時刻の一時間前から五分おきにスヌーズ機能が利くようにしたし、なんならスマホ以外に置時計や腕時計のアラーム機能までもをセットした。
その結果、俺はちゃんと起きることができたのだ。
――起床予定の一時間前に。
「まさかすべてが一時間早まっちまうとはなあ」
何で今日に限ってすぐに起きられてしまうのか。いや、別にいいことなんだが、これができるなら平日も普通に自分一人で起きればいいじゃないか、俺。大事なところでだけ本気を出す系主人公か? 今どき流行らんぞ、そんな奴。
「ふわぁぁ……ま、遅刻するよりは百倍マシか」
ソシャゲでもして時間潰すか、とか考えながら近くのベンチに腰を下ろす。
と。
「え、水樹?」
とてつもなく聴いたことのある可愛い声。
声のした方を見ると、そこにはいつもとは違う服装の光莉が立っていた。
白のランタンスリーブセーターに、チェック柄のハイウエストスカート。長時間歩くことを考慮したのか、厚底のスニーカーを履いている。スマホや化粧品を入れているのか、手にはベージュのハンドバッグを持っていた。
「水樹がこんなに早く来るなんて……えっ、本当に水樹?」
なんだか失礼なことを言っているような気がするが、今の俺はその言葉を正確には理解できていなかった。
それは何故か。
春服スタイルの光莉に全力で見惚れてしまっているからである。
「あの、おーい。水樹? 聞こえてる?」
「——ハッ! あ、い、いや、大丈夫。大丈夫だ」
危ない危ない。今まで一度も見たことがないスタイルだったから脳が受け入れるのに時間がかかってしまった。つーか、付き合う前はそんな服全然着なかったじゃねぇかよ。気合入りすぎだろ。
誤魔化すように手を世話しなく動かしていると、光莉は何故かニヤニヤと笑い始める。
「もしかして、私に見惚れてた?」
「そ、それは……」
こういう時、否定した方がいいのか、それとも肯定した方がいいのか、どっちだろうか。
漫画やアニメとかでは、彼女の服を褒めるのが鉄板だと言われているが、それは現実にも当てはまるのか? ……ええい、考えたって仕方がない。褒めないよりは褒める方がいいに決まっているだろ。
「……はい、見惚れてました。今日のお前、可愛すぎ、る……ます……」
「……そ、そう。そっか。可愛い、か……あ、ありがとうございます……?」
なんだこれ、なんだこれ! 恥ずかしすぎて死にそうだ! でも照れる光莉が可愛い! じゃあオーケーなのか!? もうなにも分かんねえ!
これ以上、この空間にいたら心臓がいろんな感情に押し潰されてしまう。
なので、俺はベンチから立ち上がり、光莉の手首を掴んだ。
「と、とりあえず、デート行こうぜ!?」
「う、うん! デート、楽しみ!」
こうして、俺と光莉の初デートが始まった。
空前絶後のぐだぐだぶりを披露しながら――。
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