第5話 俺の告白、君の返事。

 そして放課後。

 俺は理科準備室で光莉が来るのを待っていた。


「……やべぇ。なんか死ぬほど緊張してきた」


 別に片想いを伝えるわけじゃない。恋人になった光莉にちゃんと今の気持ちを伝えるだけ。言うなれば、好きの再伝達だ。フラれる恐怖を抱える必要なんてないのに……何故だろう。今すぐここから逃げ出したい。


「うおおおお……」


 破裂しそうな心臓を抑えながら、壁に顔を押し付ける。

 あの時、ファミレスで俺に付き合わないかと提案してきた時の光莉はこんな気分だったんだろうか。いいや、きっともっと不安だったに違いない。だって、俺があいつの提案を断る可能性もあったんだから。


「クソ……あいつヤバすぎだろ……メンタルの強さどうなってんだよ……」


 多分オリハルコンか何かでできているに違いない。そういえば、昔から度胸はすごかったよなアイツ。お化け屋敷も怖がらないし、ホラーゲームとか真顔でサクサク進めるし。


「っていうか、あいつ遅くね。いつ来るんだよ……早く来てくれよ、頼むよ~……」


 スマホで時間を確認。もうこの部屋に来てから十分以上が経過している。もしかしてライン見てないのか? いや、既読はついてたし、なんなら『分かった』って返信もしてくれてたから、見てないなんてことはあり得ないんだが……。


「……よし、帰るか」

「呼び出したくせに帰らないでよ」

「きゃあああああっ!?」


 背後からのいきなりの声に、俺は渾身の悲鳴を上げる。


 振り返ると、そこには幼馴染みにして恋人の光莉が立っていた。


「驚きすぎでしょ……」

「いつの間に入ってきたんだよ! 全然気づかなかったんだが!」

「普通に入り口からだけど……水樹、壁の方見てたから見えてなかったんじゃない?」

「だとしても、入ってきた段階で声かけてくれよ!」

「なんか変なことしてたから、声かけづらくて……」

「それは普通にすまん」


 つまり、あの奇行を見られていたということか。なんだよそれ、俺は死ねばいいのか?


 ま、まあ、いい。約束通りちゃんと来てはくれたんだ。不安が一つ解消された。これで少しは落ち着ける。


「で、大事な話って何?」


 鞄を床に置き、傍にあった机に体重を預ける光莉。心なしか、その顔色は優れない。


「先に言っとくけど、別れ話なら聞かないから。つーかまだ付き合って一日経ってないし」

「え、何で別れ話なんてしないといけないんだよ」

「大事な話があるって前置きされてたから不安になってるのよ察しなさいよ水樹のせいなんだからさあ……!」


 訂正。

 顔色が優れないのではなく、ブチギレなさってるだけでした。


 背後に薄っすらと般若を従えている光莉を落ち着かせるように、俺は両手を宙で漂わせる。


「お、落ち着け。そんなマイナスな話をしたいんじゃないんだ」

「じゃあ何の用なの」

「えっと……それは、だな……」


 さあ、言え。今日の授業全て使って考えた渾身の愛の言葉を!


「えと、あの……ほ、本日もお日柄もよく……?」

「帰る」

「ああああ待ってえええええええ!!!」


 鞄を拾って出ていこうとする光莉の肩を慌てて掴む。


「今のはナシ! ノーカンノーカン!」

「水樹の悪い癖だよ、都合の悪い時に誤魔化そうとするの」

「ねえそれ共通認識なの? 翔琉からも同じこと言われたんだけど」

「いいから、用事があるなら早く済ませて。せっかく水樹と一緒にファミレス行こうと思ってたのに……」


 なんだよこいつ可愛いな。こんな状況でも俺との時間のことを考えてくれてるのかよ。


「……よし、心の準備できた。次は大丈夫だ」

「はいはい。ちゃんと聞いてあげるから、さっさと言って」

「お、おう」


 吸って、吐いて、吸って、吐いて。

 深呼吸を何回か繰り返し、光莉の顔をまっすぐ見つめる。


「光莉」

「なに」

「俺、お前のことが好きだ」

「うん。知ってるけど」

「…………ちょっとタイム貰ってもいい?」

「許可します」


 光莉に許可をもらったので、その場に座り込む。

 そして頭を抱え――勢いよく天を仰ぐ。



「この展開は流石に予想していなかった!」



「ねえ、本当に何なの? 何で私、恋人から改めて告白されてるの?」

「い、いや、そういえば俺からちゃんと告白してなかったなって、思いまして……その……気持ちはすれ違いやすいと聞いたので、一度しっかりと告白しておくべきだなと……」

「へー。私が他人の気持ちも察せられない女だって思ってたんだ、水樹は」

「そうは言ってませんですわよね!?」

「嘘。冗談。ちょっとからかっただけ」

「こ、こいつ……!」


 ぺろ、と可愛らしく舌を出す光莉。可愛いが、からかってきたことだけは許せない。いや、やっぱり許す。だって可愛いから。


 光莉はその場でしゃがみ、俺と視線を合わせてくる。


「もしかして、そんなことのためだけに、わざわざ呼び出したの?」

「そ、そうだよ。なんか悪いかよ」

「……ぷっ、あはは! なにそれ、意味わかんない」


 今まで何度も見てきた光莉の笑顔。

 でも、何故だろう。

 今まで見てきたどの笑顔よりも、可愛く思えた。


「水樹が私のことを好きだってことぐらい、もう知ってるし」

「うっせーな。あーくそ、クソ恥ずかしかったんだぞマジで……」

「だろうね」


 これも全部、翔琉のせいだ。あいつが余計なことを言わなかったら、こんなにも恥ずかしい思いをせずに済んだって言うのに……。


 光莉は俺の頭に手を置き、優しく撫で始める。


「よしよし、頑張ったね」

「子供扱いすんな」

「あはは、ごめん。でも……うん。すっごく嬉しかった」

「そうかよ」

「毎日言ってくれてもいいんだよ?」

「ふざけんな。絶対イヤだわ」

「えー? 愛しの彼女が好きを要求してきてるのに、応えてくれないの?」

「絶対にイヤだ! っつーかお前、面白がってんだろ!」

「当たり前じゃん。水樹をからかうのは、私の生き甲斐なんだから」

「クソがよ……」


 光莉の手を頭からどかし、ゆっくりと立ち上がる。


「はぁ……やることやったし、もう帰ろうぜ」

「えー。帰る前にファミレス寄って行こうよ」

「はいはい。いつも通りポテト食っていつも通り駄弁って時間潰しますか」

「今日はちゃんとトークテーマあるしね」

「いやな予感しかしねぇが聞いてやろう」

「ずばり――告白するまでの水樹の挙動不審について」

「ねえ俺帰っていい?」

「だーめ。彼女が一緒にいたいって言ってるんだから、黙って一緒にいればいーの」

「はいはい……」


 くだらない話を続けながら、俺たちは理科準備室を後にする。

 光莉が俺に付き合おうと提案し、俺は好きの想いを光莉に伝えた。

 高校二年生の春から、俺たちの新しい関係性が始まったわけだ。


 ああ、それと、言い忘れていたんだが。


 これは、俺と光莉が幸せになるまでの青春物語。


 いわば――幼馴染みと絶対に幸せになるラブコメだ。

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