第2話 俺(私)のことどう思ってる?

 放課後にファミレスで暇つぶしをしていたら、幼馴染みと付き合うことになりました。


 どこのライトノベルだよというツッコミを受けてしまいそうな展開が、つい先ほど俺の身に起ころうとは……流石に予想できなかった。


 そんなこんなで幼馴染みの光莉と恋人同士になったわけなのだが――


「で、恋人って何をすればいいんだ?」

「……水樹がモテないの、そういうところだと思うんだよね」


 心の底から本気で、腹の底から渾身の溜息を吐き出された。


「ンなこと言われてもしょうがねえだろ。女性と付き合ったことなんて一度もないんだし」

「経験はなくても知識はあるでしょ。漫画とかラノベとか読んでたよね?」

「現実と創作は違うだろ」

「一言も話したことない女子にラブレターを出す胆力があるくせに、何でそこは全身全霊で慎重なの……?」

「だってお前に嫌われたくないし」

「……不意打ちすんな。ばか」


 長い付き合いだから、という意味だったのだが、どうやら違う意味でとられてしまったようだ。


 そもそもの話、俺は光莉のことをどう思っているんだろう。


 家族ぐるみで付き合いのある幼馴染み。


 小中高といつも一緒の腐れ縁。


 この世で一番ウマの合う大親友。


 大切であることに変わりはないが、どう考えても恋人に対するそれではない。もっとこう、恋愛感情とかそういうものを抱くべきなのではないだろうか。


 自分の中で答えが出ずにうんうん唸っていると、光莉が偉そうな顔で絡んできた。


「なにを悩んでるの? 光莉お姉さんに相談してみなさい」

「何がお姉さんだ。同い年のくせに」

「いいから言ってみなさいって。どうせしょうもないことで悩んでるんでしょ?」


 確かに、光莉の言うことにも一理ある。


 一人で悩んでいても答えが出ない時は誰かに相談するのが一番だとも言うしな。


「光莉ってさ」

「うん」

「俺のこと好きなの?」

「――げほぇ」


 オレンジジュースが気道にでも入ったのか、盛大に咳き込む光莉。


 光莉は涙目のまま、キッ! と俺を睨みつける。


「デリカシー!」

「だって気になったんだもん」

「気になったんだもん、じゃない! かわいい子ぶるな!」


 相当ご立腹だったのか、光莉はテーブルから身を乗り出してきた。


「そもそも何でこのタイミングで気になったの! そういう流れじゃなかったよね!?」

「いや、付き合うことになったはいいけど、そもそも光莉って俺のこと好きなのかなって思ってさ」

「好きじゃなかったらこんな提案しないし! 何でそういうところで鈍感なの水樹は!」

「その好きってどういう意味の好きなんだ?」

「ぐっ……べ、別に、言わなくてもいいじゃん。こういうのは、言葉にしなくても伝わるものでしょ?」

「どうやら俺は鈍感らしいから伝わんねえわ」

「さっきの発言根に持ってる!?」


 最初はマジでただ気になっただけだったんだが、なんだかどんどん楽しくなってきてしまった。


 真っ赤な顔で小刻みに震える光莉を俺は静かに見つめる。おそらく、俺の顔にはそれはもう悪辣なニヤケ笑顔が張り付いていることだろう。


「ほらほらぁ、どういう意味の好きなんだよぉ? 俺が他の女と一緒にいるのが嫌ってぐらいだから、相当なもんなんだろうけどなぁ?」

「ぐっ……うううううううう」


 後でぶん殴られるかもしれんが、今だけはとにかくこの状況を楽しまなくては。


 目尻に涙を浮かべ、唇をわなわなと震わせ――葛藤すること約十秒。


 光莉はか細い声で、こう呟いた。



「……水樹を誰にもとられたくない的な意味で、好きです……」



「…………お、おう」

「無理やり言わせておいてそっちが照れるのはナシじゃない!?」

「いや、その……なんかすまん。ちょっと想定外だったというか、思っていたよりも可愛すぎたというか……あ、ポテトでも食いますか……?」

「気遣い下手か! むしゃむしゃ!」

「いやポテトは食うんかい」


 俺が差し出したポテトを口でかっさらう光莉。今のって「あーん」に入るのではないか、とちょっと思ったが、ここでそれを指摘すると今度こそ本当に殴られそうだったので俺はお口チャックを敢行する。


 しかし、光莉がそんなにも俺のことが好きだったとは。まあ、十年以上一緒にいるし、そういう感情を抱いたりもするよな。


「……水樹は、私のことどう思ってるの?」

「お、なんだやり返しか?」

「当たり前でしょ! やられっぱなしで終われるか!」

「そういう負けず嫌いなところはずっと変わらないよなあ」

「いいから早く!」

「しょうがねえなあ」


 俺は光莉のことをどう思っているのか。


 さっきも頭の中で行った問答だ。


 どうやら俺のことが好きらしい光莉。


 ずっと一緒にいて、誰よりも俺のことを理解してくれている。


 趣味も合うし、話も合う。食の好みだって似通っている。


 なにより笑顔が可愛い。俺が今まで出会ったどの女子よりも、とびっきりに――


(――あれ?)


 ストン、と何かが収まる音がした。


 怒り心頭な光莉を正面から、まじまじと見つめてみる。


「な、なに?」

「…………」

「本当になに!? そんなにじろじろ見られると、流石に気まずいんだけど……」


 すぐに笑って、すぐに慌てて、すぐに怒って。


 いつも俺に楽しい時間を提供してくれる光莉に向かって、俺は自分の正直な想いを口にした。


「俺、思ってたよりもお前のこと好きかもしれん」

「……はえっ!?」


 ぼふんっ、と光莉が爆発した。


「な、ななななんっ……まっ……そんっ……」

「なんでお前が照れるんだよ。羞恥泥棒だぞ、それ」

「だって、そんな本気で返されるとか、思ってなかったから……あーもー、どうしよう。顔が熱い……」


 ぱたぱたと顔を仰ぐ光莉。わざわざ聞かなくても分かるが、相当動揺しているらしかった。


「まあまあ落ち着けよ光莉クン」

「……むしろどうして水樹はそんなに落ち着いてるの」

「慌てる光莉見てたら逆に冷静になった。ほら、ホラー映画とか見てる時に隣にいる奴がめちゃくちゃ怖がってたら逆に怖くなるやつあるだろ? それと同じだよ」

「くそぅ……こんなはずでは……」


そう悪態をつくと、光莉はどこか安心したように、ほうと溜息をこぼした。


「まあ、でも、よかったよ。これで何の気兼ねなく、水樹との恋人関係を始められるし」

「恋人になったからって別になんも変わらんとは思うけどな。もう十年以上も一緒にいるんだしさ」

「そう? 私は、ちょっと楽しみだけどな」

「楽しみとは」

「だって――今まで見たことがない水樹が見られるかもしれないから」


 そう言って微笑む光莉から、俺は目が離せなくなっていた。


「……期待に応えられなくても文句言うなよ」

「すでに期待通りの水樹が見れてるから、余は少々満足じゃよ?」

「うっせえわ」


 自分のことを理解しすぎている奴が恋人になるのも考え物だな、と俺は光莉を罵倒しながら思うのだった。

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