放課後のファミレスで幼馴染みから告白されたので付き合うことにした。最高の甘々ライフが始まって、毎日が幸せすぎる。

秋月月日

第1話 放課後のファミレスで。

 森野光莉もりのひかりとの関係を一言で言い表すなら、『幼馴染み』だ。


 小学校に入る前から家族ぐるみで仲良くしていて、小中高と同じ学校に通うほどの長い付き合い。


 家も隣同士で、朝に弱い俺を光莉が迎えに来るというやり取りも、もう十年以上続けられている。


 そんな、どこにでもいる普通の幼馴染み関係。


 それこそが、俺――戸成水樹となりみずきと森野光莉の関係性である。


「あー……彼女ほしい彼女ほしい」

「水樹のその言葉を聞いてると、もう春が来たんだなってなんだかしみじみしちゃうな」

「人を蝶とかセミみたいに扱うのやめてもらえませんかね?」


 日が傾き始めた、放課後のひと時。


 空席の目立つファミレスの最奥の席で、俺はクソ生意気な幼馴染みに力のないツッコミを返していた。


「大して変わらないじゃん。いつもこの時期になると彼女ほしい彼女ほしいーって喚き始めるんだから。その戯言を何年聞かされてると思ってるの?」

「そんなこと言われても、欲しいもんは欲しいんだからしょうがねえだろ。周りの奴らから彼女自慢を聞かされた時の俺の気持ちがお前に分かるか?」

「別に。他人は他人だし」


 そう言って、光莉はオレンジジュースをストロー越しにひと吸いする。


「だいたい、恋人が欲しいならちゃんと行動すればいいのに。宝くじだって買わないと当たらないんだよ?」

「行動ぐらいしてるっての。この前だって三組の佐藤さんに手紙出したしな」

「この令和の時代に手紙って……せめてラインでやればいいのに」

「連絡先知らなかったんだからしょうがねーだろ」

「で、その渾身のラブレターはどうなったの?(ニヤニヤ)」

「お察しの通り玉砕しましたけど何かぁ!? 分かってる答えをわざわざ言わせてんじゃねえよ!」

「それは無理。だって、顔真っ赤な水樹をからかうのが、私の生きがいだから」

「性格歪みすぎだろ!」


 ツッコミを入れると、光莉はケラケラと楽しそうに笑う。


 昔から俺たちはいっつもこんな感じだ。


 光莉が俺をからかって、俺が光莉に文句を言う。


 異性というより同性のような関係性。いつも一緒にいるのが当たり前で、いつもふざけ合っているのが当たり前。


 友達以上恋人未満。平々凡々な幼馴染み関係をかれこれ十年以上続けているが、これが意外と悪くはない。


 きっと、俺たちはこのままずっと一緒にいるんだろう。たまに会ってはお互いの近況を話し、冗談を言い合う。そんな関係を保ったまま――


「あはは。でも、そっか。ちゃんと行動してるんだね」


 ひとしきり笑った後、光莉は涙を拭きながら言った。


「アプローチもしてるなら、水樹にもいつか恋人ができるのかもね」

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってやがる」

「周りからは私と付き合ってると思われてるから、最初は苦労するんじゃない?」

「ぶっちゃけ、俺に彼女ができないのってそれが原因なんじゃねえの? って思ったりもするんじゃが」


 異性の幼馴染みというのは面倒くさいもので、一緒にいるだけで周囲からは奇異の視線で見られてしまう。実は付き合ってるんじゃね? というのがその最たる例と言ってもいい。


「噂されるのが嫌なら否定すればいいのに。水樹、いつもはぐらかしてるじゃん」

「否定するほどのことでもねえしな。お前と一緒にいるの、別に嫌じゃねえし」

「……もしかして、水樹って私のこと好き?」

「嫌いじゃねえよ。だって幼馴染みだしな」

「ふうん……」


 光莉の雰囲気が急に変わった。落ち込んでいるというよりも、なんだかちょっと嬉しそうな顔をしている。俺、光莉を褒めるようなこと、何か口にしただろうか。


 様子のおかしい幼馴染みを静かに眺めていると、光莉は何故か頬を赤く染めながら、俺の方をまっすぐと見つめてきた。


「……じゃあ、さ。私と、付き合ってみる?」

「……………………すまん。今、凄まじい聞き間違いをした気がするから、もう一度言ってくれないか?」

「私と付き合ってみる? って言ったんだけど」


 聞き間違いじゃなかった。


 顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに視線を逸らす光莉の姿が目の前にあるし、夢という話でもない。


 私と付き合ってみる?


 言葉の意味を理解した瞬間、俺は自分の顔が熱を覚えるのを感じた。


「い、いきなり何言ってんだよ。らしくねえぞ、マジで」

「そんなの私が一番分かってるし」


 ふわふわの髪を乱暴に搔き、テーブルに自分の顔を乗せながら、光莉は口を尖らせ、「でも」と付け加える。


「水樹が他の女と付き合うのを想像したら……なんか、嫌だったんだもん」


 胸キュン、という言葉はまさに今の俺を表現するために存在しているのだろう。


 顔が熱くて、胸が苦しくて、視線をいろんなところにさ迷わせてしまう。


 そんなことをしていると、耳の先まで真っ赤になった光莉が、チラチラとこちらの様子をうかがっていることに気づいた。多分だが、俺からの返事を待っているんだろう。


 なに。いつもみたいに冗談交じりに返せばいいんだ。誰がお前なんかと付き合うかよ、って軽く受け流してしまえばいい。


 さあ、さっさと口にして場の空気を戻してしまおう。いつも通りの放課後を、今ここで取り戻すんだ――


「え……っと……じゃ、じゃあ、付き合って、みるか……?」

「……うん」


 いつも通りの放課後、いつも通ってるファミレスで。


 俺は幼馴染みの美少女と恋人関係になってしまった。

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