1話 蓮華寺その10
「侘しく寂しく美しい」
三宅人道橋まで出ると、急に視界に色合いの綺麗な山が映る。
先程までは、鮮明に見えていても青々しい色をしていた山々が、この辺りは何となく黄色いくて明るげな色をしている。
西の空で夕日が雲間に消えて行き、薄い霧のような雲が残りの夕陽の光を讃え、藍色のガラス細工みたいな色合いになって、西側の山々に覆いかぶさっている。
もうすぐに暗くなるだろう。
高野川に沿って歩く。
ちらりちらりと真っ赤な紅葉を庭先に植えている家の横を通り、その先の立て看板に出会った。
左手、思ったよりも地味な道の先に数段の階段と門が見える。
時刻は16時45分。
時間はギリギリだが、入れるらしい。
門をくぐると頭の上に色とりどりなら紅葉が広がっていた。
入場料の500円を払い、黄と赤の紅葉が屋根のようになった石段を抜けて建屋に入る。
門をくぐった先から感じていた線香の匂いが強くなり、靴を脱いで敷居を跨ぐと、その先には庭を眺めるための縁側があった。
蓮華寺を調べた時に1番多く見た写真。
庭先の、葉を真っ赤に染め上げた紅葉を眺められる所なのだろう。
部屋には明かりなどなく、襖も雨戸もない。ただ作り上げられた庭を観るためだけの畳張りの部屋に濡れ縁が、寒々しい。
寒々しいはずなのに、どうしてか目を奪われてしまう。
空気が張りつめ、その場所だけが日常とは違った時間軸で動いているようであった。
写真で見た程の色合いではなかった。
その為華美でない。
感嘆の声をあげるような雄大なものでも、きらびやかなものでも無い。
寧ろ、何処か寂しげな庭が広がっているだけなのに。
私の心は満たされていた。
庭先の池と、まだ緑も混じる淡い赤。奥に見える苔むした石灯籠。
それら全てが作り出す景色と、守られてきた空気感に心が震えていた。
思っていた程暗くない。中途半端な空の色。
それでも充分に感じられる風情であった。
蓮華寺を出た時、書ききれないほどの感情があったはずなのに、ちっとも甦ってこない。
撮った写真を振り返ってみても、感動は無い。
世の中で話題になるものは煌びやかで、目を引くものばかりだ。その中でも色や形は分かりやすく重要で、そればかりに目が行きがちであることも多い。
けれど、本当はその空間に流れる空気こそ風景を、日本の景観を作り上げているのかもしれないと思わずにはいられない。
今日に限っては、わびさびという言葉に含まれる得体の知れなかったものを1つ手に取って眺められたように感じた。
分かりやすく映える景色だけでなく、このような風情を楽しむのも良いと思えた。
次はどこへ行こうかと考えながら、すっかり暗くなった糺の森と鴨川デルタの間の橋を歩いて家路に着く。
夜になった京都の街は意外なほど賑やかで、人々が笑顔を浮かべてグラスを傾ける店を横目にしつつ、冷たくなった手足を擦り合わせる。
京都の冬は寒そうだなと白い息を吐きながらそう思った。
独身爛漫放浪記 あんちゅー @hisack
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