第4話  彼は何処にもいない

私の知っていた幼馴染はこの世界には存在していなかった。


再び彼を失ってしまった。

もう永遠に会えない 


涙すら出なかった。


どうして私はここに来てしまったんだろう。


生きる目標も進むべき道も失くなった。

もうどうすることも出来ないんだ。


目の前の人は別人

彼と同じ名前というだけの他人。私の幼馴染は女性ではなかった。



「それじゃあ行こうか」

そんな事を考えている私には気づく筈もなく、彼女は私の手を取ると教室から連れ出した。


「ちょっと」

あまりの強引さに、途中何度も転びそうになった。


「まってお願いよ・・」なんとか声を出せたけど、彼女には届かなかった。


「なあに、よく聞こえない」私は無言で首を振った。もう諦めてただついて行くことにした。


「そう?なら急ぎましょう」

そんな私とは対象的に、彼女は終始笑顔を見せとても楽しそうだった。



1階に着いた頃にはほとんど彼女の腕にしがみつくような形になってた。


「ほら着いたよ」

笑いながら軽くぽんぽんと背中を叩かれ、ようやく私は手を離すことが出来た。


私は目の前にあったベンチに腰を下ろした。

彼女の目的の自販機は1階の売店側にあった。


「はいどうぞ」

「・・・ありがとう」


そう言って彼女から手渡される。

私が昔から好きな物 ミルクティー


彼女は優雅な仕草でベンチに座る。私のすぐ隣だ。


「それじゃあ、幼馴染の陽菜ちゃんとの再開を祝して」


私の幼馴染はあなたじゃないよ


心の中でそう呟いて一口飲んだ それはとても甘かった



案外喉が渇いていたのか、一気に半分近く飲んでしまう。


そんな様子を隣からじっと見つめる視線。

まるでなにかを観察するものの目だ。


「・・・なに?」

思ったよりも低い声が出てしまった。

そんな私の様子に彼女は少しだけ驚いて


「うん、さっきも言ったけど陽菜って小さい頃から可愛かったじゃん。それこそ小学校高学年になる頃にはテレビで見るアイドルよりも可愛かったんだ」


小さい頃はよく覚えていない 

でもいつだって彼と一緒だった 

何をしても楽しかった


「いまじゃ何というのか大人の色気っていうのかな、美少女オーラが半端なくってさ、側に立つのが苦しいくらい」


彼女は胸を押さえる仕草をしながら、眩しそうに私の事を見ていた。


「止めてよ、私はぜんぜんそんなんじゃない。みんなが勝手にそう思っているのよ。


「へぇー」

彼女のわたしを見る目が鋭くなる


「偉いんだね」

どこか、人をからかう様な皮肉を含んだ声で


「そうじゃない」


私はイライラして声を荒らげた。

なんでこの人にそんなこと言われなきゃならないの。


ふっ、

彼女は口元を緩め

「ごめんねー最近振られたばっかだから。可愛い子見ると意地悪したくなるんだよ」


振られたって、それこそ誰が見てもスレンダーな長身美人が何を


「ほんと、夜の男どもは見る目ないよね。こーんな可愛い子ほっとくなんて。ね」

そう言いながら彼女はぎゅっと私を抱き寄せた。 その瞬間鳥肌が立った


やめて!


私は思いっきり彼女を突き飛ばし、ベンチから逃げた。


「いったー。もう乱暴だなー」

そう言いながらも少しも悪びれた様子もなく私に笑いかける。


そんな彼女を見る余裕すら無く、体が震えるのを抑えきれなかった。


地面の上に両膝を着くように崩れ落ち、そのまま嘔吐した。


気持ち悪い


この女の事がとてつもなく

この距離感も全部が


大丈夫と思って安心ていた。

しかし、この世界でも私の症状は現れた。

体を掴まれると否応なく思い出してしまう記憶が


吐き出すものがなくなり、胃液しか出なくなった頃にようやく吐き気はおさまった。

そんな私の様子に彼女は呆然としていた。


「どうしたのそれ」


それって なんのことを言っているの。

多少なりとも吐いたことで私はスッキリしたが、対象的に彼女の表情が真っ青だった。


「心配しないで。これは単なる発作。 もう収まったから大丈夫」


ゆっくり立ち上がりハンカチで口の周りを拭う。

制服の方は洗わないと駄目みたいだ。


彼女に向かってゆっくりと腰を折って謝罪する


「ごめんなさい。変なものを見せてしまって。私はここを掃除するから、教室に帰って下さい。ミルクティーありがとうございました」


「いやそんな事よりも何でよ、こんなことって」


彼女のほうが泣いているようだった。


「あなたがそんなんじゃなんのためにあたしは・・・」


それっきり彼女は何も話さ無くなった。


私は彼女を置いてその場を離れた

近くにある体育館に掃除用具を借りよう


吐いてしまったことにより蘇る記憶。

あれは過去なんかじゃない そんな現実を私に突きつけた。


今は考えてはダメだ

怖くて先へ進めなくなる



「いかなくちゃ」


すれ違う生徒がチラチラこちらの方を見ていた気がする


まあ気持ち悪いよね

さわっと風が吹き私の髪をなびかせる。髪にも着いたのかな 妙に重い箇所があった。





「すみません」

体育館にいた上級生に掃除用具の場所を尋ねた。赤色のスカーフ 3年生だ


「新入生ね、ってどうしたのその格好」彼女は私の汚れた服を見て眉をひそめる。

「なになに、大丈夫なの?」


この女の声に他の人も寄ってくる。私は少し緊張した。


「すみません、気分が悪くなってもどしました。 それでそこの渡り廊下の隅を炊事したいのですが、掃除用具をお借りしても良いでしょうか」


私はその場所を指差す


「そうなんだね。よしわかった。ちょっと1年!何人か集まってくれる?」

彼女は体育館の中に向かって大声を上げる。その声に体育館で練習していたジャージをつけた子が走ってきた。


彼女たちは先輩の声に耳を傾けながらちらっと私の方を見ていた。

うっわすごい美人だとか小声で話してるのが聞こえた


「みんなちょっと練習中悪いんだけど、掃除をお願いしたいの」

そう言ってさっき私が吐いてしまった場所を伝える。


彼女たちは一瞬顔をこわばらせたけど、不満も言わず「はいっ」と返事をする。

あっという間に道具を揃えると、そのまま自販機前まで走っていった。


「すみません、ありがとうございます」

戻ったら彼女たちにもお礼を言わなくては


「あなた新入生よね。みんなが噂していた子ってあなたのことでしょ」

うぬぼれかもしれないがそうだと思い、私は小さくうなずいた。


「うちの学年でも噂されてるよ、今度の新入生にすっごい美少女がいるって。でも今はその魅力も半減ね。顔が真っ青よ」

私はなんて答えるのが良いか迷ったが結局何も言わなかった。


「試験明けでストレスではいたんでしょう。」試験が原因ではないけどストレスというのは当たっていた。


「今保健室まで送らせるから、ちょっと待ててね」

はい、ありがとうございます。そう言おうと頭を下げた途端私はそのまま倒れそうになる。


「ちょとあぶない!」

地面にぶつかる前になんとか先輩に受け止められた。今度は気持ち悪くなかった。


今日で何度目だろう

まわりで慌ててる声を聞きながら また意識をなくしてしまった、




保健室に着く頃には意識もしっかりしてきた。

にも関わらず、念のためとベットに寝かされた。

送ってくれた3年生にお礼を言うと、お大事に言って手を振ってくれた。


「おかえりなさいかな」

その声に流石に恥ずかしくなり、毛布を頭からかぶって先生から隠れた。


毛布をかぶっているとあったかい

なんだか落ち着く


「しっかし、同じ日に2度も倒れるだなんて、なにか持病でもあったの」


その言葉が遠くから聞こえた。


私は首を振って

「多分ストレスが原因だと」

そう答えるしかなかった。


「ストレス・・ね。恋の悩みでもあるのかな」


眠くなってきた私は、気も緩んで来たこともありうっかり口を滑らせた。



「好きな人になかなか会えないんです・・何ヶ月も・・ずっと」



「ずいぶん長いな。遠距離恋愛でもしているのか」




もはや半分以上眠っていた私は

最後なんて答えたのか覚えていなかった


ただ一言


「・・もう・・・二度と逢えない・・から」


田辺先生には聞こえていたらしく「そうか」とだけ呟いた。





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