第36話 すれ違ってしまったもの
盛大な拍手の中、私たちはそろって招待客たちに頭を下げると、ダンスホールから外に逸れた。
「お見事でした、リザ王女、セイシス殿」
にっこりとほほ笑んでフロウ王子が近づいてくる。
胸には小さな赤い生花。
フローリアンの王子らしく花を飾っての登場ということか。
「お褒めいただき光栄ですわ」
「今度はぜひ、私とも踊っていただけますか?」
早速来た……!!
私は心の内を笑顔で隠す。
失敗は許されない。
「えぇ、もちろん」
そして私は一度セイシスと視線を交わしてから彼の手を離れると、その手の止まり木をフロウ王子に変えた。
一般的なワルツよりも少しばかりテンポの速いこのワルツは私の得意曲。
せっかちな自分の性格にぴったりで、私にとっては呼吸をするくらい自然なテンポ感だ。
だけどそれが必ずしも他人にとってそうであるとは限らない。
共に歩むテンポと言うのは、難しいものだ。
「お上手ですのね、フロウ王子」
「昔、兄に厳しく指導されましたからね」
「まぁ、お兄様に?」
意外だわ。
兄弟仲がそんなによろしくないのだと思っていたから。
「えぇ、兄にはとても厳しく躾られました。元々とても厳しい方ですから。愛国の心を強く持ち、国のことを一番に考え、恥になるものは切り捨てる。ダンスが下手だった私は、兄に特別厳しく指導されて育ちました」
愛国の心、か。
そうよね、フローリアンの国王も兄王子である王太子殿下も、フローリアンを愛しているという気持ちが根底にあるからこそ、国を開いて国が脅かされることを恐れている。
国を愛しているがゆえに、国を守ろうと鎖国を進める陛下たちと、国の危機を回避するため開国したいフロウ王子。
根底はどちらも同じなのに……。
「ダンスや教養は兄が、草花に関する知識やその美しさはルビウスが、私に教えてくれました」
「ルビウスが……」
まさか彼の口からその名が出るとは思っていなかった私は、思わずごくりと息を呑んだ。
落ち着け私。
どんな時も冷静に。
私と、大切な人の未来のためにも、ここで冷静さを欠いてはいけないわ。
「えぇ。彼は植物学者なんです。元々ノルン出身で、幼い頃フローリアンに移住し、フローリアンの花に魅せられたようです。騎士団に所属しながら学園に通い、二年間ノルンに里帰りと言う名の留学をして、植物学者という肩書を得てフローリアンに帰ってきてくれた。幼馴染である兄の護衛ではなく、私の護衛として」
ノルン出身で二年間ノルンへ……。
ということは──そこで研究法を学んで毒についても……。
流行る気持ちに押されて鼓動が胸を強く打つ。
まだだ。
まだ駄目。
カイン王子たちの調べが終われば合図が来る。
白ならばセイシスが私に向けて、自分の胸に右手を添える。
黒ならば──セイシスは私に、右手を上げる。
どちらになるか……。
とにかく今は、私はただフロウ王子とルビウスの目をこちらに向けさせておくことだけを考えないと──!!
「ルビウスが植物学者ならば安心ですわね。何かがあっても、そこら辺の植物で薬になるものを探して応急処置とかしてくれそうですもの」
「ふふ、そうですね。ルビウスは何が毒になるか、薬になるか、そして毒になる可能性があるかもよくわかっていますし。陛下や兄上からの信頼も厚い。唯一許されている国の花の輸出も、元々は彼が陛下に取り合ってくれたんですよ」
今この国でフローリアンの花の研究ができるのも、ルビウスのおかげ──ってことか……。何とも言えないわね。
父の庭の花は毒のあるものを贈りながら、いずれ来るフローリアンの危機のためだとしてもこの国の研究の力になってくれている、だなんて。
「私も、花についてはまだまだ分からないことが多い。ルビウスには学ぶことだらけです」
「……そう、ですか……」
あれ、気のせいかしら。
なんだか今、一瞬……手足がしびれたような……。
「私にとっても国にとっても、ルビウスは大切な、大切な存在なんです。あなたにとってのセイシス殿のように」
「私にとってのセイシスのように……」
「先ほどのダンス、本当に素晴らしかった。あなたもセイシス殿も、とても楽しそうで、自然体で踊っているのがよくわかりました。お互いを信頼し合っている、というのでしょうか」
「多分幼い頃からのダンスの練習で踏まれすぎて、セイシスも色々と分かっているからじゃないでしょうか。ダンス中もその時のことを出して馬鹿にされましたし」
まぁ、踏みすぎた私に非はあるのだけれど。
「ふふ、遠慮のない間柄だからこそ、ですよ。羨ましいです。お二人の関係が。私も、ルビウスとそんな関係であればよかった。彼は私に自分の心を見せてはくれませんからね。それが少し、寂しく思います」
「フロウ王子……」
憂いを帯びた夕焼け色の瞳が一瞬だけ陰りを見せる。
そうか……。この人は、いろんなものとすれ違ってきたんだ。
お兄様、陛下。
ルビウス……。
きっとたくさん腹を割って話せていれば変えられたのに。
「フロウ王子。人の心を見せてもらいたくば自分の心をも見せなければ、心の距離は縮まらないこともありますのよ」
「え?」
その時、視界の端で動きがあった。
私を見守るセイシスのもとに、カイン王子、それにサフィールが集まり、彼に耳打ちした。
そして顔をゆがめたセイシスが──右手を、私に向けてあげた。
「!!」
黒──……。
私は震えそうになる手にしっかりと力を入れなおすと、再びフロウ王子を見上げた。
「フロウ王子、ルビウスは、あなたのことを本当に思っています」
「リザ王女?」
「あなたのために──罪を犯す程に」
「!? 罪……?」
「表情を隠して。何事もないように振舞って」
今異変に気づかれてしまっては元も子もない。
王族である彼なら、自分の感情と反対の表情でいることなんて容易いはずだ。
王族たるもの、簡単に心を乱してはいけない。
そう私たちは、幼い頃から厳しく教育されてきたのだから。
「父の庭、掘り起こしてありましたよね?」
「え、はい。枯れてしまった、のですよね?」
「ごめんなさい。あれは枯れたからではありません。疑惑があったからです。毒であるという」
「毒……!? で、でもあれは──」
「えぇ。フロウ王子が選んでくださったフローリアンの花。陛下の手がしびれ始めたのは、庭を作り始めてから。そして結果、花の根に毒があると分かりました。庭師があなたのデザインで作るのならば父が狙いだとは思わなかった。でも、フローリアンへの書状へは書いてあったはずです。【デザインを見ながら自分で植えたい。妻のための庭だから、と】。あなたは候補の花をルビウスに尋ねた時、それも彼に伝えていたのではないですか?」
「っ、それは……でも、そんな……」
あぁ、もう曲が終わる。
だけどそれだけ伝えればどういうことなのかわかるだろう。
「フロウ王子。あなたは見届けねばなりません。主として。友として」
「っ……」
「別室へ、彼とご同行を」
「……わかりました」
永遠とも思えるほどに緊張張りつめたダンスが終わり、私たちはそろって頭を下げる。
そしてフロウ王子のエスコートのままに、私はセイシスの元へ戻っていった。
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