第37話 伝えることは守る事

 私は父に目配せをすると、父は頷き「王女の体調がすぐれないから少し休憩させるが、パーティはこのまま楽しんでいってくれ」と招待客達に継げた。


 そして私はフロウ王子を連れて応接室へと向かった。

 もちろんカイン王子やサフィール、アルテスたちも一緒に。


「ルビウス・ローゲル。ラブリエラ王国国王殺害を計画した容疑で捕縛する」

「!!」

 部屋に入るなりにルビウスをマークしていたアルテスが彼を拘束した。


 特に暴れる様子もなくルビウスはただ黙って、フロウ王子を見た。

 そしてフロウ王子は自分が捕縛されることを知っていた、そう悟ったようにただ視線を地に逸らし、うなだれた。


「ルビウス・ローゲル。罪に覚えは?」

「……えぇ、私が、一人で行いました」

「ルビウス……」


 意外にもあっさりと罪を認めたルビウスに、尋問を始めたセイシスが眉を顰め、フロウ王子が言葉を詰まらせる。

 そして『一人で』と付けたということは、間違ってもフロウ王子に疑惑が向かないようにという彼の配慮なんだろう。

 やっぱりルビウスは……。


「サフィール殿と私で君の客室を調べさせてもらったところ、何種類もの毒花を見つけた。今回の滞在でも陛下やリザ王女に危害を加えようとしていたんだな?」

 カイン王子が問い詰めると、ルビウスは表情を変えることなくただ淡々と答えた。


「えぇ。ですが、殺すためではありません。リザ王女に、少しの毒で倒れていただきたかったのですが……残念です」


「っ、陛下の庭の毒花だけじゃない。混ざれば媚薬効果の出る毒花をリザの部屋に送ったり、梯子に細工したのもお前だな?」


「はい」


「レイゼルからの報告も上がってきている。ノルンで研究法を熱心に学んで、特に毒に関しての研究を率先して行っていたようだな? そして研究器具の一部をフローリアンに持ち帰って、研究を続けていた。この時のために」


「えぇ、そうですね」


 いつもの無表情のままに淡々と答えるルビウスに、妙な不気味さを感じる。

 暴れるでもない。叫ぶでもない。

 ただただ、無なのだ、今の彼は。


「ルビウス……なぜだ? なぜそんな……」

 フロウ王子の悲痛なつぶやきが耳に届いたのか、ルビウスは一度瞑目してから、また淡々と続けた。


「1度目にこの国に来た日、媚薬効果の出る花を使ってタイミングよくフロウ王子を王女の部屋に向かわせれば既成事実ができると思っていました。そうなればフロウ王子は夫になる可能性が高くなる、と。ですが、アルテス・マクラーゲン公爵令息に邪魔をされてしまった。そして次に図書室の梯子に細工をして、フローリアンについての本をその先に置きなおしました。勤勉なリザ王女が来異国中の王子の国であるフローリアンについて学ぼうとすると踏んで。フロウ王子ならばドレス姿の王女を気遣って自分が梯子をのぼろうとするだろう。そしてフロウ王子が自分の本を取ろうとして怪我でもしたならば、罪悪感で王女はフロウ王子につきっきりになって介抱し、その間に二人の距離が縮められる、そう思いました。まぁ、予想外に勇敢なリザ王女は止めるのも聞かず梯子をのぼり、私の細工により落ちて護衛に助けられてしまい失敗してしまいました。今回は毒に倒れたリザ王女をフロウ王子が花による解毒の知識で助けるというシナリオでしたが……。どうやら私には、シナリオライターの才能はないようです」


 そうため息をついたルビウスに、後悔の色はない。


「ルビウス……何で……どうしてそうまでして……!!」

「あなたを、いずれこのラブリエラ王国の王にしたかったからです」

「!!」


 この国の王に。

 それはつまり、現国王であるお父様を排除し、たった一人の跡継ぎである私の死をも意味するということ。

 この部屋の誰もが瞬時にそれを悟って、表情がこわばった。


 それで私は、一回目、殺されたのね。彼の策略通りに。

 でも──もうそうはさせない。

 私も、セイシスも。

 そしてフロウ王子も、一度目みたいな思いはさせない。

 ルビウスを取り上げて、一人ぼっちなフロウ王子になんてさせたくはない。


「っ……」

 また手足にしびれ?

 心なしか心臓の鼓動が早い気がする。

 動悸、息切れ、手のしびれ……まさか……っ、ううん、今ここで話を止めるわけにはいかない。


 きちんと決着をつけないと。

 私の。

 そしてフロウ王子の。


「っ、それは、何のため?」

「全ては、フローリアンのため」

 用意されたかのような上辺の答えに、私は大きくため息をついた。


「……はぁー……。それだけじゃダメでしょうに」

「?」


 思わず口を挟んでしまった。

 だってルビウスもフロウ王子も、自分の中の本当の気持ちを、一つの目的で覆い隠してしまっているんだもの。

 それじゃフロウ王子は、一人ぼっちのままじゃないか。


「国のことを思って計画しただけじゃない。フロウ王子のことを思って、こんなことをしたんでしょう?」

「私の……?」


 言葉で伝えないと伝わらないこともある。

 伝えなくてもいいなんてエゴだ。

 伝えなかったことで相手も自分も苦しんで、後悔して、戻らないときに囚われたままなのに。


「フロウ王子にちゃんと伝えてあげて。これからの、彼のためにも」

「……っ……」


 私の言葉に、ここに来て初めてルビウスの顔に表情が戻った。

 目元をゆがませ、何かを我慢しようとするかのように唇をかんだルビウスは、一度瞑目すると、また表情をいつもの無に塗り替えた。


「……あなたを、認めさせたかった」

「……」

「お兄様の影で、認められずともひたすら努力を重ねるあなたを。国の危機に一番に気づき、解決策を何度はねつけられても提案し続け前を向くあなたを。一番近くで貴方を見てきた私が、王座に引き上げようと思いました」


 ちらり、と横目でセイシスの横顔を盗み見る。

 私にとってのセイシス、か。

 たしかにそうだ。

 どんな時も、一番近くでずっと私の傍にいてくれた。

 でも……。


「フロウ王子。ルビウスは本当にあなたを思っています。でも……やり方が間違ってる」

「っ……」


「一番近くで思っているのならば、きちんと言葉にして一緒に考え、道を探してあげるべきなのよ。そしてもし主が間違っていたら、ひっぱたいてでも教えてあげなきゃいけない。それは主も同じ。自分の側近が間違えていたなら、ひっぱたいてでも足を踏んづけてでも止めて、話をちゃんとするの。私は、セイシスとずっとそうしてきたわ」


「リザ……」


 ぶつかりあって、喧嘩することもあった。

 でも最後には一緒に道を考えてくれた。

 私がまだ伝えられていないのは、私の思いだけ。


「それと──フロウ王子。あなたはお兄様に邪険に扱われているわけではありません」

「え?」

 フロウ王子が声を上げて、ルビウスが私を見る。


「フローリアンの王太子殿下はとても厳しいお方。フローリアンに恥だと判断すればすぐに切り捨てる」


「!!」


「あなたに王太子殿下がダンスや教養を厳しく教えたのは、あなたが大切だから。意見を聞かないから嫌い、じゃない。私と結婚させて体よく厄介者を押し付けるとかでもない。王位を継ぐ者は、自分の思いだけでは判断できないこともたくさんあります。あなたも、王太子殿下も、そしてルビウスも。もっと、自分の周りの人と腹を割って話をすべきですわ」


「兄上が……」


 あぁ、そうだ。思い出した。

 一回目、フローリアンが大飢饉に陥り国民の反乱が起こった時──王太子はフロウ王子に「こちらは大丈夫だから、他国民となったお前に関係はない。帰ってくるな」と突き放すような手紙をよこしたんだ。


 そしてフローリアン城が陥落してすぐ私のもとに届いた1通の手紙には短い一文が書かれていた。


『弟と、フローリアンを頼みます』


 それを最後に、国王と王太子は責任追及の末、処された。


「伝えることは、守る事。相手を思いやる事。ルビウス・ローゲル。もう一度問います。あなたは──なんのためにこんな計画を?」

「っ……」


 私の言葉に、一筋の涙がルビウスの頬を伝った。


「我が主が、大切だから──」











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