第35話 罪悪感も忘れて
「皆、今日は我が娘リザのために集まってくれてありがとう。存分に楽しんでいってくれ」
父の短い挨拶に、出席者たちから拍手が起こる。
私はそんな父の傍らで、侍女たちが着飾ってくれた完璧王女姿で段下の人々に微笑む。
さぁ、これからダンスだ。
まず初めに私が踊ることになる。
それから他の貴族たちが踊り始めるのだけれど……まずいわ。
パートナーについて何も考えてなかったぁぁあああ!!
さすがに婚約者候補の中から一番目の相手を選ぶわけにはいかない。
それが私の結婚への意思だと思われてしまうから。
まぁそもそも、カイン王子はサフィールと今作戦実行に行ってくれているし、レイゼルも聞き込み中。
アルテスは騎士のお仕事をしながらルビウス警戒中で、フロウ王子しか空いていないんだけど。
こうなったらお父様に……。
いやいや、いい年した王女が一番手のダンスを父親と踊るなんて……。
いやでも……もう仕方がないか。
まずはとりあえず踊らなきゃ、この後フロウ王子と踊ることもできないもの。
「あ、あの、お父──」
「リザ王女殿下」
「!?」
父に掛ける声の上から、私の名を呼ぶ声が被さった。
「!! セイシス──!!」
目の前に立っているのは、後ろの方で私の周りを警戒していてくれているとばかり思っていた私の騎士。
何!? 正装姿でどうしたの!?
騎士というよりこれじゃまるで普通の公爵令息みたいじゃない!?
言葉が出ずに口をパクパクとさせる私の前で、セイシスはふっと笑って跪いた。
「俺と、踊っていただけますか?」
そんな言葉と共に差し出された手に、思わず思考が停止する。
え、踊る?
セイシスが──私と?
そうか、今はまだ身分は公爵令息。
なんらおかしくはないんだわ。
なら──。
「えぇ、もちろん」
セイシスの彼女に申し訳がない、という罪悪感がなかったわけではない。
それでも私は、思った以上に喜んでいる自分に従って、その差し出された大きな手に自分のそれを重ねた。
──優雅な音楽の調べに合わせて、流れるように踊る。
目の前にはいつも一緒にいるのにいつもとは違う雰囲気の私の護衛。
髪なんかしっかりセットしちゃって、なんだかとっても──悔しいけど、カッコいい。
「お前と踊るのも久しぶりだな」
「そうね。小さい頃はよく一緒にダンスの練習をしたものね」
「お前に踏まれ続けた記憶は今も鮮明に痛みまで思い出せるわ」
「うっ……わ、忘れて!!」
子どもの頃、一回目の記憶があるから余裕だと高をくくっていた私は、大人として踊るのと子どもとして踊るのとでは感覚が全く違うのだということをわかっていなかった。
自分が子ども、ということは、相手も子どもで、私はそれを理解してはいなかったのだ。
子どもの短い手足で、子ども相手に踊る。
それは大人として大人相手に踊るのとは力の入れ方も立ち方も違って、グダグダになってしまった私は、それはもう見事にセイシスの足を踏みまくったのだった。
うん、忘れたい。
とんでもなく恥ずかしい。
だけど──。
「……私、やっぱりセイシスが良いわ」
「ん?」
つい口から洩れた素直な気持ちは、ごまかすことのできないくらいはっきりとしたもので、至近距離で踊るセイシスにしっかりと伝わってしまった。
「……私の傍にいて、私を起こしてくれて、私のダメなところを指摘してくれて、疲れた時にはそっと甘いものを差し入れてくれる、あなたが良い」
一回目の私はきっと、セイシスに何も言わなかった。
いや、言えなかったんだ。
そして思いに気づくのが遅すぎた。
たくさんの夫と結婚してしまった責任もあったし、何よりこの関係が崩れるのが怖かったんだと思う。
だからただ傍に置き続けるだけで変わらない関係を続けた。
私の思いなんて、夫達には筒抜けだったのに。
結果私は、彼らのことを傷つけた。
今の私には夫はいない。
候補者達にも思いに応えられないと告げた。
何のしがらみもない。
あとは……。
後は私の、覚悟だけ。
「セイシス、私──」
「今日」
「へ?」
「……今日、パーティ終わったら時間もらえる?」
いつになく真剣な様子のセイシスに、思わず言葉に詰まってしまう。
「じ、時間? えぇ……まぁ……何事もなければ」
我ながら愛想のない返事だ。
思い人からの誘い。もう少しうきうきしてもいいものを。
「なら、その時に。……その時にちゃんと言わせてくれ。俺のこれまでの──本当の気持ちを」
これまでの、本当の気持ち?
それは一体何に対しての?
まさか私がずっとそばにいたいとか言い出すのを見越して、「実は好きな人がいるから結婚してのんびり田舎で暮らしたいんだ」とか言い出すんじゃ──!?
「なに青くなってんだよ」
「だ、だって……」
「大丈夫。困らせるかもしれないが、別に変なことじゃないから」
困らせる?
何それ余計気になるんだけど!?
「おっと、そろそろ曲も終わりだな。フロウ王子が待ってるぞ」
そう言ったセイシスの視線の先には、私を見つめるフロウ王子と、背後には鋭い視線で私を見ているルビウス。
いけないいけない。
こんなところで別のことに気を取られてる場合じゃないのよね。
「安心しろ。何があっても、俺が守るから」
「セイシス……。うん、信じてる」
そして曲の最後の音がトーンと響いて、ホールに溶けた。
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