第13話 四人目の婚約者候補フロウ
「初めましてフロウ王子。リザ・テレシア・ラブリエラと申します」
「初めまして、リザ王女。フローリアン王国第二王子フロウ・ブレイン・フローリアンです。お噂通り、とても美しいお方ですね」
その噂は娼館でのものと同じじゃないわよね!?
遠くフローリアン王国にまでビッチ王女説が流れるなんてたまったもんじゃないわ。
今日はついに最後の婚約者候補、フローリアン王国第二王子、フロウ王子との面談日だ。
今朝ラブリエラ王国に入国したフロウ王子一行は、今日から一週間この城に滞在する。
フロウ王子は一回目の人生で結婚した時と変わりないわね。
麗しくキラキラと輝く長い金髪に夕焼け色の瞳。
滑らかな褐色の肌。
一つ一つのしぐさが優雅で、どこか浮世離れした雰囲気。
花の国の王子様にぴったりよね。
「父がフロウ王子にお会いしたいと言っていたのですが、あいにく今日は体調が優れず……申し訳ありません」
「いえ、大切な陛下の御身。お身体、大事になさってください」
花が好きな父の個人庭園は、フロウ王子が自らデザインし、送ってくださった花で作り上げた庭園だ。
フロウ王子の庭園デザインのセンスは抜群で、世界中にファンがいるらしい。
もちろん父もその一人で、王子から定期的に送られてくる花を植え替えるのもメイドに任せることなく父自らの手で行っている。
「フロウ王子の庭園の手入れは父が誰の手も借りることなく一人で行っているのですよ。そしてそんなお気に入りの庭園で、母と共にお茶をするのが父の一日の楽しみですの」
一回目の人生では見ることのできなかった光景。
花に囲まれて幸せそうに母と語り合う姿は、二回目があってよかったと思わせてくれる。
一回目では私が2歳の頃に馬車の事故で亡くなったお母様。
二回目では馬車の事故になんて遭うことなく元気に生き残っているけれど、私を産んだ時の後遺症でもう二度と子をなすことができなくなって、そのことについていろいろネチネチと言ってくる輩も多い。
そのせいか、お母様が表公務に出ることはあまりない。
基本城に籠って、書類のお仕事をされている。
とはいえ、お父様のお仕事もお母様のお仕事も、今やほとんどを私が受け持っているのだけれど。
「こちらの庭もとてもお綺麗ですね。あぁ、この花はラブリエラ王国にのみ生息するものですね。実物は初めて見ましたが、素晴らしい……!!」
興奮したように目の前で咲き乱れるピンク色の木花を見上げるフロウ王子。
さすが花の国の王子様。本当に花がお好きなのね。
「ふふっ。ありがとうございます。この木はリザリスという木で、今ぐらいの暖かい気候になるとこのようにピンク色の花を咲かせるのです。ほら、花びら一枚一枚がハートになっていて可愛らしいでしょう? ですがとても繊細で、空気がきれいな場所でしか育たない神聖な木なのです。この国の国花とされ、大切に保護されているのですよ」
ちなみに私のリザという名は、このリザリスから取ってつけられたらしい。
こんな神聖な木の名前をつけてもらっといてビッチ悪役王女になるとか、あらためて考えると残念過ぎる。
「神聖な木……。あなたにぴったりですね」
「え?」
「リザという名前は、この木からつけられたのでしょう? 陛下からの書状に書いてありましたから。うちの娘は神聖で美しいこの木から名前を取ったおかげか、とても美しく優しい子に育っている、とね」
親ばかぁぁぁあああ!?
「ぶふぅっ!! ごほんっ、ごほんっ、失礼」
フロウ王子の言葉に、私の背後で控えていたセイシスが噴き出す。
くっ、後で覚えてなさいよセイシス……!!
名前負けしてるのは私が一番よくわかってるわよ!!
「お、お恥ずかしい限りですわ。ほ、ほほほ……」
精いっぱいの笑顔を張り付けてから特大の猫をかぶる。
「フロウ王子は、本当にお花が好きなのですわね。お花を見る目が活き活きしていますもの」
「ふふ。これはお恥ずかしい。国で見ない花につい興奮してしまいました。花は大変奥深い。美しいだけでなく、扱いによって薬になるものもあれば毒になるものもある。一年を通して姿かたちを変えながら、我々に季節を告げてくれる。私はそんな花にあふれた美しいフローリアンに生まれたことを、誇りに思っています」
あぁそうだ。
一回目の人生もそうだった。
フロウ王子はフローリアンをとても愛していた。
だからフローリアンの大不作で飢きんに陥った際はものすごく落ち込んでいたし悔しがっていたのよね。
『私が国王になっていたならば、もっと違っていたのに』って。
「フロウ王子、フローリアンはやはり、開けた貿易はなさらないのですかしら?」
少し探ってみよう。
もしかしたら将来訪れるはずの飢きんを防げるかもしれないし。
私の問いかけに、フロウ王子は少しだけ視線を伏せ、口を開く。
「そうですね……。現時点では、父の意向はそのようですね。兄であるルクスはどちらかというと父寄りの考えで、フローリアンはフローリアンの純粋な文化を守るため、極力他国との交流は避けると……」
「あなたは?」
兄や父の意向はそうだとしても、フロウ王子はきっと違う。
一度目の彼を見てきたからこそわかる。
「私は……そうですね。開けた貿易はある程度必要だと考えています。国にもしものことがあった時、頼ることのできる信頼のおける国があることはとても大きな分岐になると思うからです。何かあった際、物資の行き来がある国があれば、少なくとも国民が生き延びるだけの最低限の物資には困らないでしょうからね」
やっぱり。
この人は本当に国を愛しているだけではない。
国の行く末を憂いてもいる。
何とかしたいと、心から思っている。
「あなたとのこの縁談も、他国との縁をつなぐという意味では有益なものです」
「!!」
そうだ。
他国との婚姻は国と国の関係を強くする。
まさかそれをその相手に大っぴらに言ってくるとは思わなかったけれど。
「ですが……私は、美しく聡明なあなたとなら、国のことがなくともうまくやっていけると思っていますよ」
「っ……ありがとう、ございます」
一回目の時もそうだった。
フロウ王子は私にとても優しかった。
それはどの夫もそうだったけれど、彼だけは他の夫のような私を崇拝するかのような盲目的なものは感じられなかった。
そんな彼も、私を刺した一人、なのよね──。
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