第10話 三人目の婚約者候補アルテス


「セイシスー……」

「あ?」

「レイゼル何とかして……」

「お前が取引したんだろうが」


 うっ……。

 それはそうだけど……そうはいっても、毎晩寝所に来ては世間話やボードゲームをして、その間もいちいち甘い言葉で口説いてくるんだから、残り7日が終わるまで私の心臓がもつかどうか……。


 さすが男娼。

 女心の的確な掴み方がよくわかっているし、思わずどきっとさせられるし、正直ときめきもする。

 だけどレイゼルの顔をしっかりと見るとちゃんと現実に引き戻されるから、前世のトラウマ体験ってすごいと思う。


「閨教育するよりはマシだろう? 毎回ちゃんと我に返ってるんだから、大丈夫だよ。それに、もしお前がレイゼルを欲しても、俺がさせないから、安心しろ」

「セイシス……」

 今のちょっとときめいたじゃない。

 普段そう言うこと言わないのに時々ぶっこんでくるんだから、たちが悪いわ。

 セイシスのくせに。


「羽交い絞めにしてでもお前を止めてやるよ」

「王女への扱い!!」


 これよこれ。

 こういう一言ですべてが台無しになるのよね。

 うん、やっぱりセイシスだわ。


 ぐったりと机に突っ伏すのと同時に、執務室の扉が叩かれた。

「お、来たかな?」

「!! どうぞ」

 私はぐったりと溶けていた身体を固めなおし背筋を正すと、扉を叩いた主に入室の許可を出した。


「失礼します」

 丁寧に頭を下げて入ってきたのは、騎士服を身にまとった一人の青年。


「いらっしゃい、アルテス」

「ご無沙汰しております、リザ王女」


 黒髪にアメジスト色の瞳

 可愛らしい笑顔と似つかわしくないその長身に、私は首を大きく上にあげて彼を見上げる。


「お前また背伸びたな」

「久しぶりだね、兄さん。まだ伸び続けてるよ」


 アルテスに会うのは一年前彼が騎士団に入団するよりも前以来だから、約一年半ぶりか。

 前に会った時はまだセイシスよりも小さくて、私と同じくらいか少し小さいくらいだったのに、こんな短期間でセイシスまで抜かしてしまうだなんて。

 成長期、恐るべし……。


「騎士団に入団してからずっと隊舎暮らしで……なかなか社交の場にも顔をお出しできず、申し訳ありません」

「気にしなくていいのよ。元気そうでよかったわ。さ、座って」


 私が執務机前のソファを進めると、アルテスは「はい!! ありがとうございます!!」と子犬のような笑みを浮かべて、そこに座った。

 いや、もう子犬なんてもんじゃないわね。

 大型犬だわ、これは。


 だけど一回目の人生のアルテスと今のアルテスは、あまりにも違っている。

 一回目の彼は、私の夫になった時も身長は私と同じくらいで、まだまだ可愛い子犬ちゃんだった。

 それに、騎士団にも入ってはいなくて、公爵令息として領地を助けながら過ごしていたはず。


 他の夫たちはわずかな違いはあれどそこまで大きな変化はないというのに、彼だけが、なぜか一度目と全く違う。


「──で……何でセイシスまで座ってんの?」

 私は自分の隣で腕と足を組んでどっしりと座り込んでいる男をじっとりとにらみつける。


「ん? いや、弟との久しぶりの再会だからな。俺も一緒しようと思って。それに、お前もこの方が何かと都合がいい、だろう?」

 ニヤリと笑ってしれっと言いやがったこの護衛騎士は、それでも私のことをよくわかっているといえるだろう。


 私がこの候補者の誰とも結婚したくないということを知って、話がまとまらないようにと気を配っていてくれるんだと思う。

 まったく……こういうのずるいわよね。

 結局いつも私の良いように進めてくれようとするんだから。


「はぁ……そうね。アルテス、良いかしら?」

「えぇ、僕は構いませんよ。僕、リザ王女のことはもちろん、兄さんのことも大好きですから」


 うぁっ!!

 笑顔が……笑顔がまぶしいわ!!

 身長は大きくなったとしても、やっぱりこの国宝級の笑顔は変わらない!!

 あぁ……ここのところの精神的な疲れが洗い流されていく……。


「可愛い!! 可愛いわアルテス!! やっぱりあなたは私の癒しよ!!」

 思わず声を上げて立ち上がると、私は向かいに座るアルテスの顔を引き寄せをぎゅっと抱きかかえた。


「んな!? おいリザ!!」

「ははははは。僕、リザ王女のハグ、昔から好きなんです。あったかくてふわふわで、とっても気持ちいいんですよねー」


 昔からアルテスと話していると、思わず頭を抱き込んでわしゃわしゃと頭を撫でてしまうのよね。

 さらっさらの髪がまた気持ちよくて、いつまででも撫でていられるわ。


「あったかくてふわふわって……当たり前だろ!? 胸だけはしっかり成長してんだから!!」

 とんでもないことを言いながらセイシスは私の首根っこを引っ掴んでアルテスから引きはがす。


「なっセイシス!? あんたと違って穢れ無きアルテスに何てこと言ってんのよ!?」

「俺のがよっぽど穢れてねぇよ」

「どこが!?」


 煩悩の塊にしか見えないんだけど!?

 いろんなところで女の子とっかえひっかえしてそうだもの。

 いや、勝手なイメージだけど。


「穢れる暇があるほどお前の傍から離れてないっての」

「え?」

「何でもねぇよ馬鹿」


 んな!?

 やっぱりこっちの大型犬は可愛くない!!


「ははは!! やっぱりリザ王女も兄さんも、二人とも可愛くて大好きだよ」


 それから私はしばらくの間、昔とは違う身長差にはなってしまった幼馴染たちと、昔と同じように、三人で会話を楽しんだのだった。





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