第9話 艶やかな男娼レイゼルとの取引
「──えっ……と……。見られながらしたい派?」
「違うわ!!」
セイシスと話をしている間に部屋を訪ねてきたレイゼル・グリンフィードは、私たちを見るなりにとんでもない発言をして私の血圧を上げた。
初心者になんてこと言うのよこの人!!
「あぁ、よかった。さすがの僕も第三者に見られながらは未経験でしたから……。まぁ、それでも精いっぱい務めさせていただくつもりでしたけど」
勤めんでいいわ!!!!
綺麗な銀色の髪がさらりと揺れて、空色の瞳が私を見て細められる。
線の細い美しい男娼。
これがこの王都で一番人気の男娼、レイゼル・グリンフィード。
元々子爵家の5男である彼は、17歳という若さで自ら娼館の門をたたいた。
そしてあっという間にこの王都で一番の男娼に成り上がり、20歳である今も人気は衰えることなく、むしろ上がり続ける一方だ。
「では、俺は外で待機を──」
「待ってセイシス。あなたもいてくれていいわ」
外に出ようと私に背を向けるセイシスを呼び止めると、ぎょっとした顔でセイシスが私を振り返った。
「いや……お前……。俺にお前のあれそれを見てろって?」
「な、違うわよ!! そうじゃなくて!! ……レイゼル。せっかく来ていただいたのだけれど、私、将来夫になる人にしか触られたくないの。だから、閨授業はしたことにして、帰ってもらえないかしら?」
誰が私を殺す計画を立てたのかはわからないけれど、あの場にいたのは5人の夫だ。
彼にも容疑がある以上、彼に係ることはしたくない。
「へぇ……意外と少女なんですね。その美貌で夜ごとたくさんの男と寝ているとかいう噂もあるから、僕の授業なんていらないんじゃないかと半信半疑で来ましたけど……」
なっ!?
何その噂!!
いろんな男性に告白されて5人も夫をもった一回目の人生ならともかく、二回目ではまだ誰とも付き合ってもいないし、断り続けているし、男っ気のかけらもないのに何でそんな噂が流れるのよ!?
「私はまだ処女よ!!」
「ぶふっ!!」
私が叫ぶとセイシスがなぜか顔を真っ赤にして噴き出した。
「何よ?」
「い、いや、何でも……」
変なセイシス。
「いいわ、腹を割って話しましょう。私は自分の夫になる人にしか肌に触れられたくはないし、今回の婚約者候補から夫を選ぶつもりもない」
「おいリザ!!」
「黙ってセイシス。この人、あなたが思ってるよりもずっと頭の切れる人よ。嘘やごまかしは通じないわ」
一回目の人生でもそうだった。
レイゼルは頭の回転が速い。
夫になったすぐ後に、レイゼルは言った。
『実はあなたのことはずっと前から知っていたんだ。まだ子爵家にいた頃にあなたを一目見て、虜になってしまったんだよ。あなたの初めてになりたくて男娼になったし、お客さんと最後まですることなくこの地位につけるように、技術向上を精いっぱいしていった。あぁ、ようやく手に入った。僕の可愛いリザ』
男娼になったのも、最後まで行うことなくお客さんを満足させる技を磨いたのも、全て私に近づくためだった。
目的のための努力は惜しまないし、そのために頭をフル回転させて、どうするのが得策かを考えぬいた末に、彼は私の夫という地位を、そして私を手に入れたのだ。
彼とは腹を割って話すべきだ。そしてできることなら、味方につけたい。
「とはいえ、私に恋人はいないし、いずれは誰かと結婚しなければならないのはわかっているわ。でも、私は私が決めた人と結婚する。だから閨授業もするわけにはいかない。あなたには報酬とは別に何か望むものを贈りましょう。ただし、人道的な報酬でね?」
報酬で私が欲しいだなんていわれたら困るものね。
そこはきちんと線引きしておかなくちゃ。
「奴隷が欲しいだとか、人の人生がかかわるものはだめ。何かしてほしいことや、金銭、宝石、それらであれば可能な限り叶えるわ。その代わり、閨授業を受けないということを、他の人達には黙っておいてほしいの」
レイゼルは子爵家の五男。
五男に継ぐ爵位はなく、どこかに婿入りするか仕事を探すしかない。
もし私が手に入らなくとも、爵位でも何でも渡せば今後の人生で困ることはないだろう。
まっすぐにその美しい空色の瞳を見つめて取引を申し出る私を、レイゼルがきょとんとした顔で見て、そして──。
「ふふ、はははっ!!」
なんかすごい勢いで笑い始めた!?
何!?
私そんなに変なこと言った!?
「ははっ、あー……、なんとも面白いお姫様だ。僕の性格をよくわかっているようで、危機感が薄いし、ご自分の価値に鈍感だ。だけど、それもまた魅力的です。──わかりました。では授業はしたことにする、ということで」
「!!」
やった!!
なんかよくわからない発言があったけど、交渉成立だわ!!
「ですが残り9日間の授業、僕が王女の寝所への通いが無いと知られれば、閨授業を受けていないことが容易にバレてしまいます。なので残りの9回も、予定通りに王女の寝所へは通わせていただきますね」
「えぇ。それは構わないわ」
偽装工作は必要だものね。
万が一にも宰相に知られないようにしなければ。
「あぁでも、途中でその気になっちゃったら言ってくださいね? 僕が手取り足取り腰取り、イロイロ教えて差し上げますから」
「その気になることがあるわけないだろう。俺も同席するんだからな」
もう猫をかぶるのはやめたらしいセイシスが牽制すると、レイゼルは更に楽しそうに笑った。
「ふふっ、そこは僕の手腕の見せ所ですね。リザ王女、護衛君がいてもあなたが僕を欲しくなるくらい、素敵な時間を過ごしていただけるように、僕、頑張りますね」
艶やかな微笑が一度目の人生の彼と重なる。
「が……頑張らなくて良いからぁぁああああああ!!」
何はともあれ、レイゼルフラグ、とりあえずは折れた……と、思いたい……。
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