第5話 二人目の婚約者候補サフィール
「良い天気ね」
「そうですね、あなたの美しさがよりまぶしく見えます」
「……」
今日はサフィール・ディアス公爵令息との面会で、植物園に来ている。
植物園デート、というやつだ。
長い深緑の髪を一つにまとめて、理知的でどこか冷たさを感じるタイプの男性、というイメージのサフィールは、さっきからそのイメージとは裏腹に、ことあるごとに私を褒めてくる。
それはもう、甘ったるく。
でも嫌味もなく下品でもないうえに表情が無表情に近いから窘めるわけにもいかず、私はずっと、この羞恥プレイに耐えている。
普段セイシスからの雑な扱いに慣れているからこそ、こういうの免疫がなくてどう反応したらいいのかわからない。
だいたい、なんで私の夫って皆私を口説きまわすのかしら。
無理、ほんと、無理。
前世は慣れてビッチ悪役王女と化していても、今は純潔純粋な乙女なんだから。
さて、どうやってサフィールフラグをぼっきりと折るか……。
「サフィールには、私みたいな小娘よりも、もっと大人な女性が似合うのではなくて?」
私は18歳。
サフィールは22歳。
落ち着いた雰囲気でクール系知的男子な彼には、もっと落ち着いた大人な女性が好みなのではないだろうか。
そんな疑問が、つい、口からついて漏れた。
「いいえ。リザ王女は十分大人っぽいですし、他の女性など、考えたことがありませんでした」
大人っぽい……!!
聞いたかセイシス!!!!
普段私を子供っぽいだとか言ってくるけど、わかる人にはわかるのよ!!
私は背後をついてくるセイシスを振り返るとにんまりと笑みを送る。
するとセイシスはあろうことかそれを見て鼻で笑いおった!!
くっ……なんなのよあの男!!
「リザ王女?」
「はっ!! お、おほほ、ごめんなさい、虫(の視線)がうるさくて」
後で覚えてなさいセイシス。
「それに、容姿も美しく惹かれた要因ではありますが、私がリザ王女、あなたに惹かれたのは、あなたの書かれた論文を拝読したのがきっかけです」
「論文を?」
「えぇ。孤児院と事業の結びつきに関する論文を、二年前拝読しました」
二年前……孤児院と事業の……。
そういえばそんな論文書いたわね。
これまで孤児院は、ある一つの問題を抱えていた。
我が国の孤児院はきちんと運営が保証されていて、そこで働くシスターにしても仕事の保証や給与の保証もしっかりとされている、世界有数の優良孤児院国家だ。
だけどたった一つ、問題があった。
それは就労問題だ。
きちんと孤児院で勉強の保証があるとはいえ、外の世界とは隔絶された世界。
当然就労先のあてもないのだ。
いくらそれまで孤児院で勉強を学んでいたとしても、就労受け入れ先が見つからなければ意味がない。
それでも孤児院は18歳になれば独り立ちして出ていかねばならないという規約がある。
孤児院を出てからの生活の保障が、長年問題となっていたのだ。
二年前、私がそれについて提言した論文は、企業と孤児院がパートナーシップを結ぶというもの。
ある程度のテストを受け、合格することで働き口を手に入れることのできるこの政策は大成功。
もともと孤児院でしっかりと勉強していた子供たちは、しっかりと働き、自分の力で生活を始めることができるようになった。
まさかあの論文がきっかけだなんて……。
「あの論文は素晴らしかった。今まで誰もが、そういうものだと、しかたがないのだと何もすることなくそのままにし続けた問題が、あなたの論文で一瞬にして解決した。あなたの発想力に、私はその一瞬で心奪われたのです」
恥ずかしい!!
なにこの羞恥プレイ!!
「せ、せせ、セイシス」
「何でしょう? リザ王女殿下」
あまりの恥ずかしさに思わずセイシスを呼んでしまう私に、いつもの雑な態度ではなく余所行きモードでセイシスがすかさず傍に寄る。
「ど、どど、どうしたらいい!? こんな純粋に論文褒められるなんて予想外でどうしたらいいのかわからないんだけど!?」
「は? 知らんわ。自分で考えろ。嬉しかったならキープしとけ」
「絶対嫌!! サフィールと結婚したら私は血祭コースまっしぐらよ!!」
「だからそんな命懸けの結婚無いからな!?」
「あの、どうかしましたか?」
こそこそとサフィールに背を向け小声で討論する私達に、サフィールが首をかしげ尋ねる。
「あ、いえ!! ちょっと仕事の確認を……」
「そうですか?」
て、デートの途中で仕事の確認をする女ってどうなんだ……。
いや、カイン王子の前で書類確認し始めた時点でもうどうなんだを通り越してるんだけども……。
「そんな仕事に対してまじめなところも、また素晴らしいところだと思います」
そういえばサフィールはものすごく頭が良くて、研究熱心な方だったわね。
今は王立学園卒業後の研究室で研究員をされているとか……。
んー、どう考えても王配になるよりも研究員として研究してくれている方が国としても利になるというか、そっちのほうが好きそうなんだけどなぁ……。
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