第6話 植物パニック

 

「サフィールは今研究員として薬の研究をしているのでしょう? 王立学園を卒業しても尚深く研究を続けるなんて、それこそ素晴らしいことだと思うわ」

 私の言葉に、サフィールの顔が曇った。


「ありがとうございます。ですが、それももう続けていくのは無理かもしれません」

「え?」

 続けていくのが無理?

 王立学園の研究所だ。経費なら王家から出るはずだけど……。


「実は、研究所で働く人間が年々不足していまして……人手が足りないのです。このままでは、人手不足で研究所自体がなくなる可能性も……」

「まぁ……」


 人員不足。

 それは盲点だったわ。

 確かに王立研究所は、学園を出ても尚研究がしたいという奇特な人達が集まってできた場所。

 普通に行けば王立学園を出れば貴族子女は結婚したり家を継いで領地経営をするようになったり働きに出たりで、なかなか研究所に残るなんてことは考えることがない。


 というより、研究所というシステムは知っていても、そこで何が行われているか、どんなことを目的としているかを知らない人は多いと思うのよね。

 実際は国の依頼でサフィールのように薬の開発をしたり、いろんな魔道具を調べたり作ったりしたり、それを研究して論文にして世に出したりしてるから、とても大切な機関ではあるのだけれど、それを知らない人は多い。


 内容を知って興味を持つきっかけがあればいいのだけれど……。


 ……きっかけ?

 そうか……。


「ねぇサフィール、良かったら週に一度、王立学園の特別教師をしてくれないかしら?」

「え?」

「は?」

 おいこらセイシス。

 こいつ何言ってんだみたいな顔で見てんじゃないわよ。


「今の王立学園は、紳士淑女たる貴族教育、一般教育を主に教えているでしょう? それは王立学園には貴族しか入れないという決まりがあるからで、卒業後結婚したり領地経営をしたりというルートを見据えたものなのだけれど、もう一つのルートがあっても良いと思うのよ」


「もう一つのルート、ですか?」

 首をかしげながらも興味深そうに私を見るサフィール。

 よし、掴みはできたわね。


「えぇ。貴族だって、研究の道に進んでも良いと思うの。今の研究所は、特別なルートがあるわけではないでしょう? 自分が研究したいという強い意志を持った人が調べに調べて研究所の門をたたく。でもそれでは、興味を持つというスタートラインに立つ人が少ないと思うの」


 最初の一歩は興味を持たせるということ。

 その機会もなければ人が集まらないのは当たり前のことだわ。


「そこで特別授業よ。週に一度、研究所の研究についての授業を王立学園で行うことで、密閉された研究所を開かせるの。研究所の内容を知れば、自分の進みたい道が見えてくる子もいるかもしれない。特に領地経営を行わない長子以外の立場の子は、その道が限られているでしょう? 研究という道があれば。卒業後の選択肢が広がる。研究所からしたら人員不足を解消できるかもしれない。国としても研究所の研究員が増えることで国の発展につながる。ね? 良いことだらけでしょう?」


 孤児院にしても何にしても、古い概念に囚われすぎなのよね。

 何事も可能性を信じてやってみないと、なにもかわらないもの。


「特別授業で開けた研究所を……」

 サフィール王子がその言葉を確かめるようにつぶやいた、その時だった。


「!! リザ!!」

「!? きゃぁっ!!」 

 突然セイシスが私の名を呼ぶとともに私に覆いかぶさり、私はセイシスともども地面へと倒れ込んだ。


 何!?

 い、今すごい勢いで私とサフィールの間を何かが通ったのだけは見えたんだけど!?


 早鐘となって胸を突き打つ心臓を手で押さえながら、その何かが通った方へと視線を向けると、そこでうごめくものに私は思わず顔をひきつらせた。


「っ……これ……食虫植物!?」


 毒々しい赤紫色の大きな花弁に、中央には鋭く尖った牙。そして茎は5本に別れ、それぞれが医師を持つ職種のようにうねうねと動いている。

 フローリアンに生息する巨大食虫植物だ。

 昨日入ったばかりで、危険だから檻に入れてあるって聞いてたんだけど!?


 植物の研究所でもあるこの植物園で研究するために昨夜フローリアン王国から入荷したばかりの巨大食虫植物は、他の食虫植物とは違って少しばかり特殊だ。


 なんてったって、夜には眠り、活動は午前のみ。

 しかも食べるものは虫類だけでなく、おいしそうだと感じれば人間でも食べてしまうというものなのだ。

 それでもその触手から採れる汁にはたくさんの栄養が詰まっていると近年わかって、今回、その研究を進めるために我が国に送られてきたのだ。


「リザ王女、御前、失礼します」

 そう言ってセイシスが剣を抜くと、食虫植物に向けて構えた。

「!! 待ってセイシス!!」

「!?」


 切ってはいけない。

 たしかこの植物の花弁の方には──。


「花弁には毒があるわ!! 花弁は絶対に切りつけることなく、触手を狙って!!」

 たしか研究員たちと話していた時にそんな話を聞いていた私は、とっさに触手のみを狙うようセイシスに指示を出す。

「おおせのままに──っ!!」

 ニヤリと口元に笑みを携えると、セイシスは地を蹴り一気に食虫植物へと向かっていった。


 そして──。

「はぁぁああああっ!!」

 ザンッ!! 

 ひと振り。

 たったひと振りの刃が、全ての触手を切り落とした。


 カッコいい。

 いや、本当に。

 悔しいけど、やっぱりセイシスは腕は立つし、剣をふるう姿はとてもカッコいいと思わせられる。


「ありがとう、セイシス」

「リザ王女が正しく情報を伝えてくださったおかげです」


 そう言って恭しく頭を下げると、セイシスは騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた植物園の職員たちに事情を説明し、処理を始めた。

 まったく、仕事に関してはできる男なんだから。

 はぁ、でも、見聞を広めるために研究所の視察でいろいろ話を聞いておいてよかったわ。


「ね? 広く学ぶことって、無駄ではないでしょう?」

 ちょっと、いや、かなり特殊状況ではあるけれど。

 呆然とするサフィールにそう言ってほほ笑むと、彼は少しばかりずれかかった眼鏡を右手でかちゃりと直し、「……リザ王女」と翡翠色の瞳が真剣に私を見据える。


 だ、ダメだったかしら?

 そんなに変なことは言ってないはずだけど……。


「──すばらしいです」

「……へ?」


 ぽつりとつぶやかれたのは称賛の言葉。


「あぁ……やはりあなたは素晴らしい女性だ……!! ご自身でも学びを活かせるばかりか、全ての立場にとっての可能性を信じた素晴らしい案をお持ちで……!! リザ王女、先程おっしゃっていた特別授業、是非ともやらせていただきたい!!」

 眼鏡の奥の翡翠色の瞳がキラキラと輝き、サフィールが私の両手を取る。


 な、なんだかものすごくやる気みたい……?

 よし、そうと決まればここからは計画を練ることに時間を使うわよ!!


「ありがとうサフィール!! 私の目指す国のため、国民のため、協力して頂戴!! あぁもう、素晴らしい先生に出会えてなんて幸せなのかしら!! 未来を担う研究員として、そしてそんな研究員を育てる先生として、これからもよろしくね!!」


「え? あ、え、あ、は、はいっ、こちらこそ……?」


 こうして私は、優秀な研究員の先生を手に入れるとともに、サフィールフラグをへし折ったのだった。




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