4ページ目 『交差する愛』Other side.


『廊下を走ってはいけない』

誰もが耳にした事のある決まり事、それはこの高校で定められたルールの1つでもある

でもおれは今、そのルールを破っている。もちろん理由はある

先程まで、部活の見学をしていた。未だに所属する部活を決め損ねている生徒は多い。おれを含めて。

そんな優柔不断な者達の為、暫くは全ての部活が自由見学を許可している。

今日見に行ったのは、バスケ部。胡桃が所属していて、早速高身長を活かして活躍していた。かっこよくダンクシュートをきめる姿と、彼に浴びせられた歓声を聞いて、ここは違うとすぐにわかった。


そう、そしておれが何故今廊下を走っているのか。

バスケ部を早い段階で諦めた為、まだ沢山の生徒が学校にいる時間に自由になることが出来た。

その結果、おれは図書室に向かう事を選んだ。少しでも多くの時間を、有斗さんと過ごしたいから。

なら部活なんて入らなければ良いのだが、それはまた別の話である。


体育館から出発して、1年校舎を走り抜け。相変わらず人気のない図書室の前まで辿り着くと、激しい動悸を深呼吸で抑える。そうしてやっと、扉を開ける。

しかしおれを出迎えたのは、会いたかった人物ではなかった。


「あ、同じクラスのやつだ」


白い髪に水色の瞳。横髪に入った黒いメッシュが、双子の兄とは違うことを主張している。

最近おれのクラスに転校してきた、レオンの弟のタクマだ。

彼以外に、人はいなかった


「あれ、有斗さんは……」

「ユウトなら、さっき先生に呼ばれて出てったけど」

「そうなの?……うーん、じゃあ帰ろうかなぁ」


特に借りたい本があるわけでもないし、あったとしても図書委員である有斗さんが不在じゃ借りることは不可能だ。

それに、戻ってくるのを待つ……というのも、なんか。すこし恥ずかしい。


「待って。ちょっと話そうよ」


ユウトもその内戻ってくるかもしれないし、と付け加えおれを引きとめる。

タクマは椅子に座ったまま手招きをして、自分が座る椅子の隣を指差した。

ここには俺達以外誰もいないし、多少会話をしていても怒られることはなさそうだ。

……有斗さんが戻ってくるという言葉に胸が躍り、少しの緊張も混じりながら言われるがままに椅子へ腰掛けた。


「うん、ありがと。えーと……名前、なんだっけ」

「自己紹介しただろ?……叶矢。本村叶矢だよ」

「ああ、そうだそうだ。……んで、カナヤはユウトのどこが好きなの?やっぱ顔?」

「なっ……!?」


好き。

うっすら自覚し始めていたその感情を改めて突き付けられ、頬が熱くなるのを感じる。

それ以上に、今日初めて会ったはずのタクマがおれの想いを見抜いたことに驚きを隠せなかった。


「すすす、好きって、そんな」

「顔に書いてあるよ。ユウトが好きですーって」

「えっ!?どこ!?」

「……実際に書いてある訳ないでしょ。まあ、強いて言うなら目と頬と眉と口と鼻、かな」


それって全部じゃん。顔全体が語ってるってことじゃん。

出会ったその日に気付かれる程に感情がダダ漏れとは、これからは表情に気をつけて生きなければ…


「で、でも。おれ、これでも男だし、有斗さんだって」

「別にいいじゃん。俺ゲイだから、恋愛対象がどうとか別に気にしない」

「えっ……そ、そうなの?」

「うん。……なに、カナヤはゲイじゃないの?」

「……わかんない。おれ、女の人苦手だから……誰かの事好きになったことなくて」

「あの眼鏡の事は?今日とかよく話してたし」

「聖夜?うーん、好きだけど友達って感じ。有斗さんとは違う……かな」


へぇ、と興味なさげに相槌を打つ。

そういえば、タクマは教室に来る前から聖夜の事を知っていたみたいだけど……どこで知ったのだろうか。まあ聖夜は外に出る事も多いから、きっと何処かで顔を合わせた事がある程度なのだろうけど。


「なるほどね……ユウトと付き合いたいとか、そういうのはないんだ」

「う、うん……」


付き合うなんて、そんな。

自分と有斗さんが恋人関係になるなんて想像もつかない。おれじゃ全然釣り合わないだろうし。

身長も低いしかっこよくもない、目立った特技もないから何か部活でも始めてみようかと思ってもまだいまいち決められずにいる。

そんななのに、その、付き合うだなんて。まずはもっと仲良くなってから、色々段階を踏んで……


「じゃあ、俺がもらってもいい?」


言葉を聞いてから意味を理解するのに、数秒かかった。

驚きのあまり「えっ」と小さな声を漏らすと、タクマは妖しげに口角をあげる。顔とか結構タイプなんだよね、そう付け加えて。

……改めて見ると、レオンと同じでとても整った顔をしている。鼻筋はすーっと通っていて、水色の瞳が瞬きをする度キラリと光る。触り心地の良さそうな肌は、透き通っているかのように真っ白で。

そんなタクマが、有斗さんを。



「カナヤがうるさかったから、もしかしたらもう付き合ってるのかなとか思ったけど……そうでもないみたいだし。最近ずっとフリーだったから、そろそろ恋人欲しいなって……。それでさ、カナヤに一つお願いがあるの」

「な、なに?」

「ユウトが今フリーかどうか、聞いてほしいんだよね。本当はさっき聞こうと思ってたんだけど……俺が聞くよりカナヤが聞く方がユウトも教えてくれると思うんだよね」


おれが、有斗さんに。

確かに有斗さんに恋人がいるかどうかは気になるけど、もし付き合ってる相手がいると知ったらおれはどうするだろうか。タクマはどうするだろうか。

……コイツはなんか、遠慮なく行きそうな気がする。奪ってやる、とか言って。

おれにはそんな度胸はない。恋人いるんだ…そっか…じゃあ遠くから見てるだけにしよ…ってなっちゃうよな。


「……ちょっと、聞いてるの」


その声にハッとすると、いつの間にか目の前に水色の瞳が迫っていた。もう少しで触れ合ってしまいそうな距離に思わず仰け反る。古いパイプ椅子が軋む音がなり、それを合図にタクマも乗り出していた体を元に戻した。


「ご、ごめん……」

「しっかりしてよ。んで、聞いてくれる?私の高校生活かかってるからよろしくね」

「そんな、おれには無理だよ」


そりゃおれだって知りたいけど、もし恋人がいたら……

そう続けようとしたその時、おれ達の話し声以外物音のしなかった部屋にドアのスライド音が響く。


「……あれ、叶矢」

「ゆうと、さ」

「おかえりユウト。用事終わったの?」

「え?あ、うん。大した用事じゃなかったよ。待たせてごめんね」

「いいよ。退屈はしてなかったから」


放心状態のおれを他所に淡々と会話を交わす有斗さんとタクマ。いつの間にか仲良くなっている。この図書室で一体何があったのだろうか……。


「……さて、ユウトも戻ってきたし俺は帰るかな。…………よろしくね、カナヤ」

「な、ちょ、ま」

「あれ、帰るの?それなら一緒に」

「そうしたいのは気持ちはあるんだけど、行くとこあるんだ。だからまた今度、ね」


さっきまでとは全く雰囲気の違う、甘えた猫の様な声を出すタクマ。

有斗さんに近づき、また腕を引き寄せて頬と頬を重ねた。

こちらも振り返らずに颯爽と去っていく後ろ姿を見つめながら、おれはタクマの言葉をひたすら脳内で反芻していた。


「あの挨拶、なかなか慣れないなぁ……それで、叶矢はどうしたの?何か借りたい本でもあった?」

「あ、い、いえ……その、部活の見学終わって……それで、図書室行ったら有斗さん、いるかなって……だから、その……」


心臓の音が邪魔して、自分が何を話しているかわからなくなる。

好きとか、恋人とか。そんな単語を先程の会話で発していたせいか、余計に意識してしまうのだ。今のおれも、顔に出ているのだろうか


「そっか。じゃあ、一緒に帰ろっか」

「えっ、あ、いや、その」


とても嬉しい誘いだった。しかし今のおれにそれは出来ない。

近くに、同じ空間にいるだけで、このドキドキを知られてしまいそうだったから。


「ご、ごめんなさい!おれ、寄る所あったの思い出したので先帰ります!」

「えっ?そ、そう。じゃあ……また明日ね」


有斗さんの顔も見ずに、図書室を飛び出す。

ああ、おれまた廊下走ってる。今先生に出くわしたら怒られるだろうなあ。

でも立ち止まることは出来ない。発火しそうな程熱を持った顔を、誰かに見られるのは嫌だ。



「……悪い事でもしちゃったのかな」


図書室に1人残された有斗さんが、困った顔でそう呟いた事なんて、勿論この先も知ることはない。



***



……あれから1週間たった。調査結果としては、まだ聞けていない。2人で話すチャンスは何度かあったのだが、聖夜や胡桃に邪魔をされたり緊張して言い出せなかったり、そんな感じで未だ聞けずじまいだった。

そして今日もまた駄目だった。放課後になってすぐ有斗さんのいる教室へ走ったが、Bクラスはもう数分早くHRが終わっていたらしく、彼の姿は既になかった。

それじゃあ図書室にいるのか、そう思って教室を後にしようとすると、胡桃とレオンに呼び止められた。彼らから今日は図書室が休みという事と、有斗さんは用事があると言って先に帰った事を教えられた。


仕方なく、今日は大人しく帰路につくことにする。

聖夜は委員会、胡桃とレオンは部活、そしてタクマはそそくさと先に帰ってしまったので珍しく一人だ。

太陽が昇っている時間は大分増えていて、まだ五月だというのにぽかぽかして良い陽気。こんなにも天気がいいのに、誰もいない家に帰るのは少し寂しくて、おれは少し寄り道をすることにした。


とはいっても、何処に行こうか。

……暗くなるまではまだまだ時間がある。どこか時間のつぶせるところはないかと街をブラブラしていると、ある看板が目に入った。


(あれ、こんな所に本屋なんてあったっけ)


黒い下地に白い文字で店名が書かれた看板に、全面ガラス張りの壁。先月まで何かの会社だったはずが、いつの間にか本屋さんになっているなんて……全く気が付かなかった。


なんとなく気になって、自動ドアの前に立つ。

扉が開いた先でおれを待っていたのは、新しい本の匂い。

手前側の目立つ棚は格子状の組木細工になっていて、枠の中に2,3冊ずつ書店のオススメとして本が展示されている。

その奥は従来の書店と同じディスプレイだが、ポップや展示方法がどこも工夫されている。


……折角だし、何か買おうかな。

おれが購入するのは大体レシピ本ばかりだが、今日は趣向を変えて小説とかも良いかも知れない。


普段は立ち入らないコーナーでなんとなく居づらかったが、意外と聞いた事のあるタイトルも並んでいて安心した。

その中でも特に聞いた事のある本を手に取る。去年胡桃と見に行った実写映画の原作本だった。

作者の新作が出てて過去作がピックアップされているらしい。

あの映画はとても面白かったから印象に残っている。病気で余命宣告された少年が、好きな子に告白するまでを描いた恋愛映画だった。胡桃が隣でずっと大号泣していたし、ラストはおれも少し泣いてしまった。


しかし、いざ買おうとすると迷ってしまう。タイトルと背表紙のあらすじだけでは、内容があまり分からない。

映画化やドラマ化がされているものもあるが、文字だけどなるとどうも難しそうだ……。

イラストの付いていない物語なんて、国語の授業でしか読んだことがないのだ。折角買ったとしても、読み切れるだろうか…………



「…………あれ、叶矢だ」


聞き覚えのある声が聞こえた。

振り向くと、綺麗な青色の瞳と目が合う。

有斗さんだ。

思わず声をあげそうになったが、ここが書店だという事をすぐに思い出し抑える。

跳ね上がった心臓は、その後もバクバクと激しく鳴っている。

軽いパニックを起こしているおれをよそに、有斗さんはおれが手に取っている小説に気付いた。


「それ、買うの?」

「え?あ、いや……これの実写版を去年見に行ったんです。それでちょっと気になって……」

「ああ……映画版は、原作と違う終わり方をしたみたいだね。ボクは見ていなかったけど、噂で聞いたよ」

「え、そうなんですか!?」


たしか映画のラストは……主人公が想いを伝えた後、ヒロインが病気で死んでしまう……と見せかけて、主人公と病気が完治した主人公が結婚式をあげるシーンで終わっていたはず。予告でさんざん「衝撃のラスト!」と語られていたのが納得できる、まさしくハッピーエンドだった。

それが原作だと違うというなら……一体どうなるのだろう。胡桃以外の評価を聞いたことがなかったから、うん、そう聞くと結構気になってきた…………


「……気になるなら、貸す?」

「えっ」

「叶矢さえ良ければ、今から僕の家においで」


あまりにも突然の誘いすぎて、それが意中の人の家に行くことだという事実に気付くまで時間がかかった。


「……えっ、えええええっ!?」

「どうしたの?もしかして、この後何か用事でもあった?」

「い、いえ!無い!無いです!で、でも、いいんですか、そんな、いきなりお家にお邪魔してしまって……」

「うん。この時間、みんな出かけてるはずだから。気にしないで大丈夫だよ」

「え、あ、そ、それはそれで…………というか、確か有斗さんっておじいちゃんの家に……」

「そうそう。じ……祖父は古本屋を営んでいるんだけど、実家よりも学校に近いから一部屋貸してもらってるんだ」


今の時間はきっと夕飯の買い出しに行っているかな、と呑気な有斗さんに反しておれの心境は全く持って穏やかではなかった。

有斗さんの家。いや、正しくは有斗さんのおじいちゃんの家。いやでもそこに有斗さんが住んでいるという事実には変わりないし、その、部屋とか見れたりするのだろうか。もしおじいちゃんに会ったら挨拶した方がいいのだろうか。おじいちゃんも有斗さんみたいに綺麗な顔なんだろうか。


「叶矢?」

「はっ、すみません……あの、迷惑でなければ……」

「うん、それじゃあ行こうか」


出口へと向かう有斗さんを追って、本屋を後にする。

外はまだ明るくて、暖かな午後の陽気がおれの背中を押した気がした。





****






駅のすぐ近くにある停留所からバスに乗り込み、3つ目の車内放送で有斗さんは降車ボタンを押した。そこから3分ほど歩いた所に有斗さんのおじいちゃん家は建っていた。

『小野書店』と書かれた看板は、文字が所々掠れていて年季を感じる。店前には大量の本が入っているワゴンが二つ、『一冊一〇〇円』と達者な毛筆で書かれたポップと共に置いてあった。

有斗さんの言う通りおじいちゃんは外出中だった。開錠して中に入る有斗さんに続くと、先程の本屋や学校の図書館とはまた違う香りがおれを迎え入れた。

店内は天井まである本棚で埋め尽くされていて、通路はすれ違うのがやっとな程狭い。至る所に大量の本が積んであり、気を付けないと崩してしまいそうだ。


レジの裏にある扉を開けると、そこに玄関があった。どうやらここから先が自宅らしい。そのまま真っすぐ階段を登って、一つ目の扉の前に立つ。どうやらここが、有斗さんの部屋らしい。


「い、いいんですか、お部屋……」

「うん、散らかっててごめんね。今お茶持ってくるからゆっくりしてて」

「あ、そんな、お構いなく……」


そういうと有斗さんは部屋を後にし、六畳間の空間におれ一人になってしまった。

空いているスペースに腰を落とすが、全く落ち着くことは出来ず部屋の中をきょろきょろと見渡す。

散らかっていると有斗さんは言っているが、部屋の中はとても綺麗だ。ベッドやカーテンはすべて落ち着いたモノトーンカラーでまとめられている。隅に設置されている勉強机には、教科書以外にたくさんの小説が積まれていた。そしてひと際目立つのが大きな本棚。その中には小説が隙間なく収納されている。背表紙の色がそろっているから、ある程度出版社毎に整頓されているようだ。

それと、いつも有斗さんからするいい匂いと全く同じ匂いがする。清潔感のある柔軟剤の香りの中に、懐かしい古紙のような香りが混じってとても落ち着く香り。意中の人の部屋にいるという状況下でなければ、最高のヒーリング効果があるだろう。


「お待たせ。麦茶でいい?」

「あっはい!ありがとうございます……」

「それでこれ、さっき言ってた本。僕はもう読んでるから、返すのはいつでも大丈夫だよ」


大きな本棚から一つ本を抜き取り、おれに手渡す。先ほど見た本とタイトルは一緒だが、表紙が違う。さっき見た方は映画で主演を飾った俳優さんの顔が表紙になっていたが、有斗さんが持っていたのは何もない病室の画像にタイトルが書かれたシンプルなものだった。おそらく、初版というやつだろう。


「……ね、もし面白かったら、他にも色々貸してあげる。同じ作者の過去作も何個か持っているし、似たジャンルの作品も紹介できるよ」

「え、いいんですか?」

「勿論、何か気になるタイトルとかあれば……」


少しはしゃいだ口調で話す有斗さん。初めて見るその嬉々とした表情から、本当に本が好きなのだなと十分伝わってくる。


「あっ……ごめん、僕一人で盛り上がっちゃって。部屋に人を招くなんて久しぶりだったから、つい……」


そんな有斗さんをじっと見ていたおれに気付いて、照れくさそうに笑う。いつも冷静でクールな表情しか見たことがなかったから、その笑顔はとても愛らしく思えた。心臓がキュッと締め付けられ、感じたことの無い痛みに戸惑う。


ああ。おれは本当に、この人に恋をしてしまったんだ。


心臓の早鐘を抑えるのに必死なおれを不思議に思ったのか、有斗さんはおれの傍に座って「どうしたの?」と様子を伺ってきた。その後しばらくの沈黙が流れる。


ふと、タクマに言われた言葉を思い出す。

ずっと機会を伺ってきたが、もしかして今がチャンスなのではないか。いや、今しかない。

おれは意を決して、ずっと聞きたかったあの質問を口にした。


「……あの、聞きたいことがあるんですけど」

「ん?何?」

「有斗さんって……その、恋人とかいるんです、か」


予想をしていなかったであろう問いかけに、有斗さんはキョトンとした顔を見せる。

そしてすぐに帰ってきた言葉は、おれを安堵させるのに十分だった。


「いない、けど……どうして?」


訳を聞かれて、思わず言葉に詰まる。

まさか、「タクマに聞いてと頼まれたから」なんて答えることは出来ないし。慌てて言い訳を探そうと手元を見ると、先程有斗さんに貸してもらった本が目に入った。


「え、っと……その、この本」

「僕が今日貸した本?」

「はい、この本はその……恋愛小説じゃないですか。おれは小説は読んだことないけど、映画とかではそういう青春みたいな話にドキドキしたりいいなって思ったりするから……有斗さんもそうなのかなって、ちょっと思っちゃって」

「なるほど、そうか……僕はあまり、そういうのがわからないかも。よく読むのは推理小説とSF小説で、勿論それらにも恋愛の描写は出てくるけど……そういった感情は抱いたことが無くて、あまり感情移入をしたことはないかな」


話を聞いて、少しほっとしてしまった。その感情が正しいのかはわからないけれども。

ふと窓から外を眺めると、空は茜色に染まっていた。もうそんなに時間が経っていたのか。

最初に有斗さんと話をした時もそうだった。彼と過ごす時間はいつもあっという間過ぎる。


「おれ、そろそろ帰ります。あの……本、ありがとうございます」

「帰り道、送らなくて大丈夫?」

「はい、大丈夫です!また明日」

「うん、また明日ね」


もし全部読めたら、感想聞かせてね。そういいながら有斗さんは手を振ってくれた。

貸してもらった本は鞄の中にしまった。今日帰ったら早速読もうと意気込む。

本の話をしている有斗さんは本当に楽しそうだった。現実味のない容姿の彼があんな無邪気な表情を見せるなんて。これが所謂ギャップ萌えというやつなのであろう。

また新たな彼の表情を知ることが出来て、またおれは浮かれている。いけない。もうじき暗くなるから、気を付けて帰らなくては。


でも、今日くらいは浮かれてもいいのかな。

人を愛しく思う事くらいなら、姉ちゃんも許してくれるかな。


帰り道を照らす夕焼けは、とても鮮やかな赤色だった。


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【BL】その頁に綴った想い 蒼色みくる @mikurukun

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