4ページ目 『交差する愛』

5月。暖かな陽気に包まれて、鮮やかな花は緑へと変わる。風が青葉の香りを運び、爽やかな気分にさせてくれる。

高校に入ってから一ヶ月が経ち、だいぶ新しい生活にも慣れてきた。委員会も始まり僕はもちろん図書委員へ所属。他の皆も委員会や部活に入ったらしい。

聖夜は風紀委員。レオンは、お世話になっているらしい手芸部へ、胡桃は確かバスケ部だったろうか。

叶矢はまだ迷っているらしい。何かスポーツをやりたいと言っていたので恐らくはどこかに入ると思うが……



「れーちゃん、それ本当っすか?」

「はい、どうやら本当の話みたいです。突然のことで私も驚いてるんですが……」


いつもの様に教室へ入ると、レオンと胡桃が深刻そうに話をしていた。

いつも楽しそうに談笑する2人と様子が違っていて、話しかけるのを躊躇してしまう。


「どうしたの?」

「あっ、有ちゃん……実はっすね……」


胡桃は、レオンの方を向く。何かを確認するような目を向けられたレオンは頷き、薄い唇

を開きゆっくりと話し始めた。


「私に双子の弟がいるという話は、したことがあったと思います」

「ああ、うん。聞いた。ノルウェーに住んでるっていう……」

「実は先週から、弟が日本に来ていて……。当初はその、旅行の予定だったみたいなんですけど…………説明すると長くなるので結論から言っていいですか?」

「う、うん」

「……弟が、タクマがこの高校に転入してきます。Aクラスみたいです」


結論、とそう称した部分だけ力強く発音した。

その表情はどこか困ったような顔で、どうしてそんな顔をしているのかは全く読めない。


「Aって……。叶矢と聖夜のクラスメイトってこと?」

「そうなんです……それで私、私…………………………嬉しくて仕方なくて!!」

「……えっ」

「だってタクマが!タクマが日本に住むんですよ!?同じ家に住んで、同じ学校に通えるなんて……!夢にも思いませんでしたこんな展開!幸せ過ぎて今なら空だって飛べちゃう気がします!はっ、もしかして飛べるかも!?」

「それは駄目っす!……というわけで、昨日かられーちゃんメッチャハイテンションなんすよ……」


窓に駆け寄ろうとするレオンとそれを静止する胡桃。

てっきり悩んでるのだと思ったのだがなんだか拍子抜けてしまった。

と、その瞬間予鈴が鳴り響く。教室の後ろで話していた僕達は各自席に戻る。一番後ろの列に机があるレオンが、着席する前に振り向き言った。


「ホームルームが終わったら、タクマのところに行きましょう!胡桃さんと有斗さんにもあって欲しいんです!私の大切な弟に!」


彼の嬉々とした表情に、本当に大切な弟なんだなと心から思う。

そして僕も、会ってみたい。そう強く思った。


***


妙に気持ちが弾んでしまい、教師の話は耳に届かなかった。

似ているのだろうか、仲良くなれるだろうか。そんなことばかりが頭の中を占拠している。

らしくない考えをしてしまうのは、この時の僕が少し浮かれていたからだろう。


「有ちゃん?有ちゃんってば!」


結局、ホームルールの終わりに気付けず、胡桃に肩を叩かれて我に帰った。


「あ、れ?もう終わったの?」

「何言ってんすかもー!今さっき先生出て行ったっすよ?ほらほら、早く行くっす!休憩時間5分しかないんすから~」

「本来は一限目の準備をする為の時間ですからね?だから急ぎましょう!」


二人に急かされた後、右腕を胡桃に、左腕をレオンに思い切り引っ張られる。

なんだか既視感のある構図だな。勢いよく引かれた為によろけながら、呑気に考えていた。


朝のホームルームが終わったあとは、レオンの言う通り授業の準備をする人ばかりで、廊下に出る人は僕達以外ほとんどいなかった。

レオンの弟がいるAクラスはすぐ隣だ。叶矢と聖夜も、そこにいる。

そういえば今日はまだ叶矢の顔を見ていないな、そんなこともふと考えて。


教室の扉は空いていて、僕達は後ろの方から教室に入ることにした。

赤いリボンを揺らしながらレオンが入っていき、その後を胡桃が追う。


「タクマーっ!!」

「っわ!?」


僕が教室に入ろうとした時には、既にそんな声が聞こえていた。

窓際の一番奥に座っている白髪の少年。それに駆け寄る、白髪の少女。


……彼は、本当にレオンそっくりだった

身長、髪の色、瞳の色、声、全てが同じだ。

唯一違うのが、タクマ君は両側の横髪に黒いメッシュを入れているという点。


この時僕は思った。

きっと彼もレオンによく似た心優しい少年なのだろう。

お淑やかで大和撫子と呼ぶに相応しい兄と同じ遺伝子が通っているのならきっと丁寧で柔らかい口調で話すのだろう……。



「っうるせーな近づくんじゃねえクソ野郎!!」


そんな想像は、すぐに打ち砕かれた。



「あら、口が悪いですよ!きちんとした日本語を使いなさい!」

「うるせえ!お前には関係ねーだろ!つうか何しに来たんだよ」

「もう、折角貴方に私の大切な人を紹介しようと思ったのに……まだ会ったことないでしょう」

「しらねぇ、興味ねぇ、さっさと失せろ」

「こーらー!!これから一緒に過ごす方ですよ?ゆくゆくは貴方の家族にもなる方ですよ!?」


騒がしかった教室が静まり返る程の口論を繰り広げ、生徒の視線は双子に集まっている。

そんなことも気にせずに、2人は言い合いを続ける。

見ていられなくなったのか、胡桃がやっと2人を止めに入った。レオンの「家族になる」という言葉に少し頬を染めながら。


「ストップストップっす!ほら、みんな見てるっすから~!……タクマ君っすね?はじめまして、俺は胡桃って言うっす!よろしくーっす!……そしてこっちが有ちゃんっす」

「えっ?……あ、はじめまして……小野有斗です」


突然話を振られたものだから、少し挙動不審になりながらの自己紹介となってしまった。

タクマ君は胡桃を見て、直ぐに僕へと視線を移した。レオンと同じ色の瞳が、2つとも僕を捉る。心を測るかのようにじっと見つめてくるのに耐えられず、僕は目を逸らしてしまった。


「ふうん。ユウト、ね」


先程教えたばかりの名前を不器用に発音し、彼は笑みを浮かべる。

口角を少しあげるだけのそれは、レオンがよく見せる天真爛漫なものとは全く違っていた。

その表情のまま、皆と少し離れた所に立っていた僕に近づく。


「私はタクマ。呼び捨てでいいよ。……よろしくね、ユウト」


そういってタクマは手を伸ばす。握手をしろ、という意だろう。困惑しながらも僕が手を差し出すと、それが焦れったいのか強引に手を握った。すぐに伝わってきた冷たさに驚きつつも、そっと握り返す。


と、その時。

突然体が前方に倒れ込み、タクマの綺麗な肌や真っ白な睫毛が目の前に迫る。一瞬遅れて、タクマが握手をした手を引っ張ったのだと理解出来た。

しかしそのまま何も出来ず、タクマに体重を預ける形で倒れ込む。体は密着し、僕よりも低い位置にあった肩に顔が乗っかる。傍から見れば、これはハグに見えるだろう。……いや、これはハグだ。タクマが僕の背中に腕を回しているのが証拠だ。

あまりに突然の出来事に動けずにいると、僕の頬にタクマの冷たい頬が触れた。……聞いたことがある、これはチークキスというやつだ。

……耳元で、小さくリップ音が鳴る



「ななななな、何してんの!?」


静まり返った教室の中で一番最初に声を上げたのは、僕でもタクマでもなく……今まで大人しくしていた叶矢だった。


「何って、挨拶だけど?」

「あ、あ、あいさつって、だとしてもそんなにくっつかなくていいじゃん!」

「だって、私が居たとこじゃこれが普通だったし。何か問題でも?」

「ぐ、で、でもそんな、初対面で、しかも、ゆ、有斗さんに…………」

「あー、子供には刺激強かったね?ごめんごめん」

「子供じゃねーし!」


放心状態の僕を他所に、次はタクマと叶矢が口論を始めた。

それをレオンと胡桃が止めようとしたところで、1限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。


「と、とにかく!また後で来ますからね!詳しいお話はその後に!」

「うっせー二度と来んな!ばーか!」

「バカとは何ですか!後でお説教ですわ!」


僕と胡桃は先に、レオンはそんな捨て台詞を吐きながらA組の教室を後にした。

僕にとっては、人生で1番長い5分間に感じられた。やっと機能し始めた心臓が、まだドクドクと鳴っている。


……だがしかし、この時の僕は知らなかった。これはまだ、ほんの序章に過ぎなかったことを

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