第119話 御前試合(肆)
しかし予想外に、一之助の一撃は見えない壁に弾かれてしまった。
「チッ、結界か」
結界に攻撃を阻まれたこと自体よりも、ヒサメの術の展開の速さに一之助は驚く。おそらく、次郎坊よりも速い。この時点で、ヒサメが只者ではないことを彼は察した。
一之助は結界を打破しようと、更なる攻撃に転じようとした。しかし、その寸前で異変に気付く。
慌てて、ヒサメから距離を取ると、先ほどまで一之助がいた場所に、幾つもの氷の
もう、次の術を展開したのか。それとも、結界と同時並行で、氷の術を構築していたのか。いずれにしても、コイツの腕は本物だ――一之助は目を見張る。そして、己の認識を改めた。
自然と、一之助の顔から笑顔がこぼれる。楽しい、と彼は思った。実際、こんなにゾクゾクした戦闘は久しぶりである。
一之助は錫杖で鋭い突きを繰り出した。今度は、ヒサメはそれを結界で受けることはせず、身を捻って
しばらく、一進一退の攻防が続いた後、あることを思い付いて一之助は上空へ飛んだ。
人間相手に翼を使うのは卑怯かと遠慮していたが、ヒサメ相手ならそんな気遣いも無用だろう。そう考えて、一之助は大きく錫杖を振る。
すると、錫杖の先でつむじ風がいくつも起こり、それが地上にいるヒサメに襲い掛かった。鋭い刃物のような風は、人の皮膚など簡単に切り裂くだろう。
「さて、どうする?」
ヒサメがどう対処するのか、一之助はにやりと笑って見守った。
――と、ヒサメの前にもつむじ風が起こった。ヒサメはそれらを上空へと放つ。一之助の旋風とヒサメの旋風がぶつかり合い、それらはそのまま相殺した。
なるほど、これはすごい。御前試合に、次郎坊がヒサメを飛び入り参加させた理由がよく分かった。
そう思って、ひゅうっ、と一之助は口笛を吹く。
さて、どんな一之助の攻め手にも上手く対応していたヒサメだが、ここで彼の方から動いた。ヒサメは飛行術を使い、空の上に居る一之助にゆっくり向かってきたのだ。
「おいおい!天狗に空中戦を挑む気かよ?」
言いながら、一之助は錫杖を振り上げ、新たなつむじ風を生む。それらをヒサメ目掛けて発射した。
空を飛べると言っても、人間は人間だ。天狗のように空中を俊敏に移動することはさすがに不可能なはず……。ヒサメの力を認めている一之助でも、そういう
「とろとろ飛んでいると、狙い撃ちにされるぜっ!」
一之助がそう言うや否や、グンッとヒサメの飛行速度が上がった。先ほどまでの緩慢な動きが嘘のように、彼は空を駆け上がる。
一之助の放ったつむじ風をいとも簡単に避け、あっという間にヒサメは一之助の間近に迫った。そこから、幾つもの氷の礫が発射される。
「うわっ!?」
間一髪、身体を捻って氷塊を回避する一之助。空の上で、天狗と遜色ない機動力をみせるヒサメに、彼は目を見張った。
「嘘だろう?アンタ、本当に人間かよ」
思わず、一之助は叫ぶ。それにヒサメは、にやりと口角を上げて応えた。
*
戦いの場所を地上から上空へ、上空からまた地上へと、目まぐるしく移しながら、ヒサメと一之助さんの攻防が続いていた。
戦いの素人である私でも、目の前のソレが今までの試合と次元が違うくらい高レベルなものだと分かる。私は二人の戦いの行方に目が離せなかった。
それは周りの観客たちも同じようで、皆が夢中になっている。会場のあちこちから声援の言葉が飛んだ。
ここは
そんな中、ヒサメを応援するのは――
「ご主人さま、がんばってー!」
「坊ちゃん!負けないでっ!」
「いけっー!主!」
コンとおコマさんはもちろん、普段口数の少ないロウさんまで、大きな声でヒサメのことを応援していた。それに感化されてしまったのだろうか。気付けば私も……
「ヒサメ様!頑張ってください!」
そんな言葉を口に出していた。
そして、終わりは唐突にやってきた。
二人は試合場に降り立ち、一之助さんが錫杖の鋭い突きでヒサメを攻め立てる。ヒサメはそれを結界で防ぎつつ、氷の呪符で応戦していた。
迫り来る幾つもの氷の礫を巧みに
一之助さんは大きく跳躍し、そのまま地面に降り立つ。
彼の顔に困惑が浮かび、すぐにそれは驚愕の表情に変わった。
どうして、一之助さんが飛翔に失敗したのか。それは彼の背中の翼を見れば、明らかだった。
一之助さんの黒い翼は凍っていた。おそらく、ヒサメの放った氷塊を避けきれず、一部が
飛翔に失敗したことで、一之助さんは隙を作ってしまう。それでも、彼はすぐに方向修正を試みた。上空ではなく、後ろに飛び退いてヒサメから距離を取ろうとする。
しかし、強者同士の争いで、その隙は致命的だった。
ヒサメが絶好のチャンスを逃すわけがなく、一之助さんが行動を起こす前に、巨大な氷の塊が猛スピードで彼目掛けて飛んでくる。完全に隙を突かれた一之助さんに、ソレから逃れる術はなかった。
まともな防御をとる間もなく、一之助さんの
この御前試合のルールでは、上空に制限はないが、地上は試合場から出てはならない。そこから出てしまえば失格し、敗北となる。
試合会場がシンと静まり返る中、ゆっくりと一之助さんは起き上がった。それから、やれやれというように肩をすくめてみせる。
「試合終了!四条殿の勝ちっ!」
やがて、朗々とした次郎坊さんの声が辺りに響き渡り、会場全体から大きな歓声が巻き起こった。
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