第118話 御前試合(参)

 御前試合の優勝者には、天狗の里の長の次郎坊さんから、お祝いの言葉と金一封がいただけるらしい。

 表彰式の頃合いになって、試合会場にあったやぐらから次郎坊さんが下りてきた。どうやら彼は、このやぐらから試合を観戦したようだ。


 そして、今大会の優勝者――一之助かずのすけさんが次郎坊さんの前にやって来た。観客ギャラリーたちの視線が自然と二人に集まる。

 そんな中でも、一之助さんは全く緊張した様子がなかった。次郎坊さんと間近に接しても、平然としている。もしかしたら、なかなか肝の太い男なのかもしれない。


 朗々とした声で、次郎坊さんは一之助さんの優勝を褒め称える言葉を述べた。


「――一之助には、これから里の皆を率いる男になってもらいたい」


 そう締めくくると思いきや……?


「と、ありきたりな話はここまでじゃ。このままでは、盛り上がりに欠けるじゃろう?」


 ニヤリ――次郎坊さんは不敵に笑うと、とんでもないことを口にした。


「今日は大和宮からの御客人が来ておる!どうだろう?その方に、今大会に参戦してもらうというのは?」


 突然、そんなことを言い出した次郎坊さんに、私は「えっ」と言葉を詰まらせる。

 次郎坊さんが明らかにこちらを見ているものだから、観客たちの視線も一斉に私たちの方に集中して、私は身じろぎをする。


 の御客人――と次郎坊さんは口にした。

 コンやおコマさん、ロウさんはアヤカシ。この中で、人間は私とヒサメしかいない。


もちろん、私が部芸達者な天狗と戦えるはずもなく、必然的に次郎坊さんは、一之助さんの対戦相手にヒサメを指名していることが知れた。

 そして、それは周囲の観客たちにも分かるようで、好奇の視線はヒサメにのみ注がれる。


「あのヒトの男が対戦相手か?ずいぶんと細いが、一之助相手に太刀打ちできるのか?」

「あら、イイ男じゃない」

「次郎坊様がご指名するくらいだ。きっと、手練れに違いない」

「天狗と人間の試合なんて前代未聞だ」


 会場がざわめき始め、やがて――


「面白そうだ」

「見たい、見たい!」

「良い余興じゃないか!」


 そんな風に、ヒサメが一之助さんと戦う流れができてしまう。皆、次郎坊さんの提案に興味津々のようだ。


 でも、当のヒサメはどうだろう?

 ヒサメは基本的に、己の利になること以外の労力は渋るタイプの人間だ。一之助さんと戦っても、ヒサメにメリットはなさそうである。


 戦うなんて面倒くさい――ヒサメはそう考えるだろう。いつもの人受けが良い笑みを顔に貼り付け、適当な言葉で断りをいれるはずだ。

 と、私は予想していたのだが……


「やれやれ」


 そう言いつつ、ヒサメは試合場へ向かって行ったので、私はとても驚いた。

 思わず、ヒサメの腕を掴んで止めそうになるけれども、彼はそれをスルリと避ける。どういう理由か分からないが、ヒサメはやる気のようだった。


「大丈夫なんでしょうか?」

「問題ないわよ。ヒサメ坊ちゃんはお強いもの」


 おコマさんに伺うと、彼女は余裕の表情で微笑んでいる。ヒサメのことを全く心配していないようだった。それはロウさんもコンも同様だ。

 そりゃあ、ヒサメが強いのは知っているけれど、相手の一之助さんも強いだろうに……私は内心不安に思いながら、試合場の方に視線を移した。



 一之助は当初、うんざりしていた。


 予想通り、御前試合の対戦相手は誰もかれも歯ごたえがなく、つまらない試合ばかりが続いた。そうして、易々と己が優勝してしまったところに、次郎坊が妙なことを言い出したからだ。

 

 人間との対戦だって?悪い冗談だ、と一之助は思う。

 そんなの弱すぎて、天狗以上に一之助の相手にならないに決まっている。次郎坊にはそれが分からないのだろうか。


 まさか、爺さん。耄碌もうろくしたんじゃないだろうなぁ――なんて、失礼極まりないことを考えていた一之助だったが、こちらに向かってくる対戦相手の男を見て、ふと気が変わった。


「へぇ、そうか。アイツか」


 狩衣を身に纏った、端正な顔の男。一之助はその顔に見覚えがあった。

 少し前、一之助がハルという人間の可愛らしい子を誘ったときに、しゃしゃり出てきた青年だ。

 確か、ハルはあの男のことを「氷雨ヒサメ」と呼んでいたな。そう、一之助は思い出す。


 あの男、言葉じりは丁寧だったが、どうにもいけ好かないヤツだった。ちょうど、面白くない試合ばかりさせられて、鬱憤うっぷんがたまっていたところ。ちょっと、気晴らしをさせてもらおうか。

 一之助は不敵に笑う。

 これは御前試合だ。だから、試合相手ヒサメの綺麗な顔が、多少腫れたり歪んだりしても仕方ないよなぁ――なんて彼は胸中で呟いていた。

 



 興奮した観客たちからの視線を一心に受けて、一之助は試合場に立った。彼はいつも通り、錫杖しゃくじょうを手にしている。

 対するヒサメは、武器らしい武器を持っておらず丸腰のようで、一之助は眉間に皺を寄せた。


「おい、アンタ。武器は?」

「俺はこれだ」


 そう言って、ヒサメは着物の袖から呪符をちらつかせる。ということはこの男、術師かと一之助は判断した。

 天狗は錫杖で戦うことが基本だが、呪術や妖術の類も扱う。もちろん、この御前試合でもそれらの使用は許可されていた。


 相手が術師なら、なおさら近接技で攻めるべきだな。そのご自慢の顔面に錫杖を叩きつけてやろう。

 そんなことを考えて、一之助はペロリと己の口を舐めた。



 ほどなくして、次郎坊の声が会場に響き渡る。


「よしっ、双方準備は良いな?では……始めっ!!」


 開始の合図と共に、一之助ははしった。あっという間に、ヒサメとの距離を詰める。

 そして、先手必勝とばかりに、錫杖をヒサメに叩きつけた。



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