第117話 御前試合(弐)

 山毛欅ヶ岳ブナガタケの天狗の里の屋台は、大和宮では見かけないような物も色々と売られていた。

 山女魚ヤマメの塩焼きやオイカワの天麩羅てんぷら、鹿や猪肉の串焼きなど。肉の方はさっそく、ロウさんが美味しそうに買って食べていた。

 その他にも、私がイメージする天狗そのもの(赤ら顔に高い鼻)のお面や、バランスをとるのが難しそうな一本歯の高下駄、美しい羽根うちわなど、天狗にまつわるものを売っている店もあった。

 

 物珍しいものがたくさんあって、見ているだけでも楽しい。私は天狗の里の屋台を楽しんでいた。

 そのとき、進行方向の先で、ワッと大勢が沸く声がした。あちらで何か催し物でもやっているのか。気になった私は、ロウさんがついさっき猪肉の串焼きを買ったところの店主に尋ねてみた。


「ずいぶんと、盛り上がっているみたいですけれど、この先で何をやっているんですか?」


 すると、店主の天狗はにこりと答えてくれる。


「ああ、御前試合さ。年に二度、春と秋の祭り時に山毛欅ヶ岳ブナガタケの武芸自慢たちが、里長の次郎坊様の前でその強さを競うんだ」

「へぇ」

「お嬢ちゃんたちは小鈴お嬢様の御客人だろう?もし、時間があるなら覗いてみたら良い。天狗同士の試合はきっと見ごたえがあるぞ」


 私自身、格闘試合にそこまで興味はないが、店主が熱心に勧めるので少し気になった。ちらりとヒサメを伺えば――


「好きにしろ」


 とのことなので、私たちはその御前試合の方に足を向けた。



 御前試合の会場は、ちょうど学校か何かの校庭のような、開けた場所だった。そこにたくさんの観客ギャラリーたちが集まり、その中央で選手である天狗たちが戦っている。選手たちのいる所は、他よりも一段高くなっていて、そこが試合場のようだ。

 この試合はトーナメント方式で、勝者同士が対戦していき、最後まで勝ち残った一人が優勝となるらしかった。


 戦う天狗たちは皆、山伏風の衣装をまとい、手に長い錫杖しゃくじょうを持っていた。左助さすけ右助ゆうすけもそうだったが、これが戦う天狗の基本スタイルのようだ。

 今、目の前で繰り広げられている試合でも、天狗たちは互いの錫杖で激しく打ち合っていた。どちらも長い錫杖を自由自在に操り、棒を回転させたり、鋭い突きを繰り出したりしている。


 さらに、天狗たちの戦い方で独特なのが、戦いの場が空にまで広がることだ。

 なにせ、天狗は空を飛べる。地上で戦った二人が、空へ浮上すると、「おおっ!!」と観客ギャラリーから歓声が上がった。


 確かに、空を縦横無尽に駆け抜け戦うさまは迫力満点で、私もいつの間にか食い入るように見入ってしまっていた。そりゃあ、これだけ皆が盛り上がるわけだ、と納得する。


 そうやって、しばらく天狗たちの勝負を観戦していたところ、知っている人物を何人か見つけた。右助と一之助かずのすけさんだ。彼らも、御前試合に参加していたのだ。


 なるほど。双子の用事とは御前試合のことだったのかぁ。

 そう言えば、一之助さんも母親らしき人に「試合に行け」って言われていたっけ。一之助さん自身はすごく嫌がっていたけれど……と、私は思い出す。


 奇遇なことに、今度は右助と一之助さんが戦うようだ。もし、一之助さんが本当に双子の兄なら、兄弟対決というわけである。

 二人は互いに向かい合う。気合十分の右助に対して、一之助さんは緊張感皆無でヘラヘラと笑っていた。体格は一之助さんの方が右助よりもしっかりしているが、何だか右助の方が強そうに見える。


 一之助さんは、無理やり御前試合に参加させられたような雰囲気だった。もしかしたら、武芸は得意じゃないのかもしれない……と、私が勝手な想像をしていると、


「あっ、勝った」


 そう時間もかからずに、一之助さんはあっさり右助を打ち負かしてしまった。敗北した右助は悔しそうな表情をしている。


「あら。あの方、ずいぶんとお強いのね」

「……良い動きをしている」


 おコマさんと、ロウさんがそれぞれ感想を口にする。

「そうですねぇ」と言いながら、私は意外に思った。


 右助に快勝するくらいに、一之助さんは強い。それなのに、どうしてあんなに御前試合を嫌がっていたのだろう。不思議である。


「さすが、一之助だなぁ」

「右助も良かったが、一之助には敵わないか」

「きゃあ!一之助さま、かっこいい!」

「この調子じゃ、また優勝してしまうんじゃないか?」


 周りから漏れ聞こえてくる話を総合すれば、なんと一之助さんはこの大会の優勝候補であることが分かった。

 そんな風には見えなかったのに…。私が内心驚いていると、後ろから甲高い声がした。


「ハル!」


 振り返らずとも分かる。コンの声だ。

 コンは笑顔でこちらに駆け寄って来る。その後ろには小鈴ちゃんが付いていた。


「ハルもしあいを見にきたの?」

「うん。今、右助さんと一之助さんの試合を見ていたところ。小鈴ちゃん、一之助さんって、左助さんと右助さんのお兄さんって本当?」


 私が尋ねると、小鈴ちゃんはコクリと頷いた。


「はい。一之助は左助と右助の兄でございます」

「この大会の優勝候補なの?」

「ええ。里の若者の中で、一之助は一番の強者つわものと評判で、期待の星です。でも……」


 小鈴ちゃんは頬に手を当て、困った顔をする。


「最近の彼は少し思い上がっているようなのです。皆、自分に敵わないからつまらない。だから、この御前試合にも出たくない……なんて申したりして。お爺さまも困っていらっしゃいました」


 小鈴ちゃんの話を聞いて、ヒサメが瀬々笑った。


「それはずいぶん、余裕なことで」



 さて、小鈴ちゃんの言う通り、一之助さんの実力は本物だった。

 彼はその後も危なげなく勝ち上がっていき、そして、とうとう優勝してしまったのである。



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