第113話 天狗の里(壱)
「四条様、コン様、ハルお姉様、皆さま。ご無沙汰しております」
相変わらず大人びた口調で、小鈴ちゃんはぺこりとお辞儀をする。
今日の小鈴ちゃんも、お人形さんのように可愛い。羽織の下に、藤の花の着物を着ていて、それがとても似合っていた。
時期的に藤というのは少々早い気もするが、着物は季節を先取りする柄を選ぶことが粋でお洒落だと言われている。
もっともそれはお金持ちや上流階級の人間の話であって、私みたいな庶民には関係のない話だけれど。
小鈴ちゃんたちは、四条の屋敷の客間に通されていた。そこに屋敷の者が皆、集まっている。
ヒサメも今日は検非違使庁の方が休みらしく、家にいた。
他人を家に入れることを嫌うヒサメだが、さすがに小鈴ちゃんに無礼な態度をとることはできないようだった。
なにせ、彼女の祖父は瑞穂の国の八大天狗に名を連ねる
「今日はどうしたの?都にあそびにきたの?」
コンが尋ねると、小鈴ちゃんは「いいえ」と首を横に振った。
「じゃあ、何しに来たんだ?」
ヒサメが怪訝な顔をする。
「皆さん、
「ブナガタケって、小鈴のお家に?」
「はい、コン様。この前いらっしゃったときは、大したおもてなしもできませんでしたから。どうでしょう?
「おんせん?」
コンが不思議そうに小首をかしげた。
「そう言えば、コンは温泉に行ったことなかったっけ?たくさんの人が一度に入れる大きなお風呂だよ」
「セントウとちがうの?」
「銭湯と温泉の違い…かぁ。銭湯は井戸水や川の水を沸かして使っているけれど、温泉は自然に湧き出てくる……っていう感じかなぁ」
厳密には違うかもしれないが、私の中のイメージは大体そんなものだった。
「
「あら、良いわねぇ」
小鈴ちゃんの話を聞いて、おコマさんが嬉しそうな顔をする。
「今年は桜の開花が遅れていて、
何とも魅力的な提案だ。桜を眺めながら温泉なんて贅沢すぎる。
「お食事もご期待ください。今が旬の春の山菜はもちろん、
「……」
ゴックン、と無類の肉好きのロウさんが唾を飲み込んだ。
「ねぇ、ハル!ご主人さま!ボク、ブナガタケに行きたいっ!!」
目をキラキラと輝かせて、お願いしてくるコン。
温泉に加え、山の幸のごちそう。行きたくならないはずがない。
しかし…。
私はそろりとヒサメを見た。
彼に
それなのに、次は
――ヒサメも良い顔しないんじゃ……。
けれども、私の予想に反してヒサメは事も無げに言った。
「まぁ、良いんじゃないか?皆で
「えっ!?」
あっさり許可されて、私は驚きのあまり大きな声を上げてしまう。
「どうして、そう驚く?」
「だって、ヒサメ様。少し前にお祭りに連れて行っていただいたばかりなのに……」
「そう言えば、そうだったか」
「あの……そうだ!私はお留守番でも良いです。その間に家事を…」
「お前も行かなきゃ、意味がない。雇い主の俺が良いと言っているんだから、気にするな」
「……」
――変だ。
私は今、確信した。
近ごろのヒサメは変である。彼はこんなに甘い男だったろうか。いいや、そんなことはないはずだ。
百歩譲って、ヒサメが長年仕えていたおコマさんやロウさんを
コンはヒサメの目的達成のキーパーソンのようだし、大事にするのも分かる。
けれども、私は……?
私は元々、コンのお世話係としてこの四条の屋敷にやってきた。言うなれば、コンのおまけなのだ。
そんな私に対してまで、どうして利害関係にうるさいヒサメが優しくしてくれるのだろう。
もちろん、私は被虐主義者 《マゾヒスト》ではないので、優しく接してもらえるのは嬉しい。嬉しいが……。
――あのヒサメが……?
やはり違和感はぬぐえない。
コンを誘拐されたり、勝手に
それらと照らし合わせても、明らかに、過去と最近で私に対するヒサメの態度が違う気がするのだ。
突然欲しい物を買ってくれようとしたり、祭りに連れて行ってくれたり……極めつけに今回の
当初、ヒサメが何か企んでいるかもと私は警戒していたのだが、今のところその気配もなく、とにかくよく分からなかった。
「ほら、ハルお姉様。四条様もこうおっしゃっているし、ぜひ!」
「ハル、行こうよっ!」
ヒサメの態度の変化に困惑しつつも、小鈴ちゃんとコンの二人からそう後押しされ、結局私は
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