第109話 柳(壱)
おコマさんの肩に鳥が止まっては空へ飛んで行き、また止まっては飛んで行く――ということが繰り返される。
鳥たちは「チチチッ」と鳴いて、おコマさんと情報のやり取りをしているみたいだ。もっとも、私の耳には単なる鳥の
しばらくして、おコマさんが「本当?」と小鳥に聞き返した。
「何か分かったんですか?」
思わず、私は前のめりになって尋ねた。
「その一太郎くん…か、どうかは分からないのだけれど、小さな男の子が一人で境内から出て、北の森に入って行った……って」
「森へ一人で…ですか?」
鎮守の森は
そんな場所をわざわざ訪れる参拝客は少なく、当然、屋台や出店なんかあるはずもない。いったい、子供が一人何の用があるというのだろうと、私は不思議に思う。
「妙だな」
ヒサメも何か引っかかるようで、思案するように顎を撫でた。
「坊ちゃん。子供が森に入った地点は、さほど此処から遠くないようですが、行ってみますか?」
「そうするか。放置して、後々問題になるのも面倒だ」
おコマさんの先導で、私たちは天津神社の北側に足を向けた。本殿から離れると、参拝客の姿も見えなくなっていく。混雑に嫌気がさしていたヒサメは、人がいなくなって清々した顔をしていた。
「ここです」
境内の北端、森との境目までやって来ると、コマは足を止めた。
森の方を伺い見ると、木々が鬱蒼と茂っていて、昼間だというのに薄暗い。神社の森ということで、神秘的な雰囲気を想像していたが、どちらかと言うと得体のしれない感じがする。
「誰かが此処から森に入ったのは確かなようです」
クンクンと鼻をひくつかせながら、ロウさんが言った。嗅覚が警察犬並みの彼は、誰かの臭いを嗅ぎとったようだ。
「
ロウにつられて私もヒサメの方を見ると、彼はなんだか厳しい表情をしていた。
「……天津神社は管轄内か。立場上、見過ごすわけにもいくまい。ったく、俺は勤務外だと言うのに」
ブツブツ独り言を言いながら、森の中へ入って行くヒサメ。後の四人は、互いに顔を見合わせる。
「ヒサメ坊ちゃんには何か考えがあるようですね」
「おコマさん……それはいったい?」
私がおコマさんに尋ねると、「さぁ」と小さく彼女は首を傾げ、特に気にしていないみたいだった。
「とにかく、私たちも行きましょう」
そう促され、私たちはヒサメの後を追った。
*
ヒサメには確かな目的地があるようで、わき目もふらず森の中を突き進んだ。
ずいぶん、森の奥へとやってきたため、すでに天津神社の境内は全く見えなくなっていた。薄暗く、勝手を知らない森は、どこを見回しても同じように見えてしまって、私の不安を煽る。
――こんな所で一人、迷子になったら帰れないよ…。
私はコンの手をしっかり握り、ヒサメたちとはぐれないよう注意して歩く。
同時に、こんな森の中へ迷い込んだ子のことを考え、ゾッとした。森に入った子が一太郎なのかどうかは分からないが、一体何を思ってこんな薄気味悪い森に入ってしまったのか。不思議でならない。
ややあって、私たちは森の中の開けた所にやって来た。その中央に、ポツンと一本の背の高い木が生えていた。
「あれって…柳?」
枝の先端が細長く、垂れ下がっている独特な形状は、河原でよくみる柳の木そのものだ。しかし、こんな森の中で柳を見かけるとは、少し変な気もする。
と、私はその柳の木の下に、二人の人間が佇んでいることに気付いた。
あれは……。
「一太郎くんと…えっ、おみつさん!?」
見間違いだろうかと、一瞬私は自分の目を疑った。
けれども確かに、そこにいるのは見覚えのある二人。一太郎とおみつさんである。
この森に迷い込んだのが一太郎なら、彼が此処にいるのも頷ける。しかし、天津神社の境内で一太郎を探していたはずのおみつさんまでいるのは、どういう理屈だろうか?
普通なら、こんな森の奥に子供がいるなんて思わないはずだ。それなのに、どうやっておみつさんは一太郎を探し当てたのか。謎だった。
疑問でいっぱいの私をよそに、当の本人たちは幸せそうに寄り添い合っていた。
おみつさんは愛おしそうに一太郎を抱きしめ、彼もまたただ静かにそれを受け入れている。以前、豆腐屋の店先で垣間見た剣呑さはなく、仲の良い親子のように私の目には映った。
とりあえず、事情を聞こう。
そう考えて、私は親子に近づこうとする。しかし、それをコンが私の手を引っ張って止めた。
「コン?」
コンの方を振り返ると、彼はフルフルと首を左右に振っていた。
そのとき、ようやく私は気付く。おコマさんとロウさんが、警戒心をあらわにして、一太郎とおみつさん親子を睨んでいるのだ。
「えっと…?」
おそらく、この状況を理解していないのは私だけだ。
目の前の親子と皆の様子を見比べていると、おもむろにヒサメが動いた。彼はツカツカと親子との距離を詰めていく。そして、二人の目の前に立つと、おみつさんにこう告げた。
「おい、そのガキから離れろ」
静かな森の中で、凛としたヒサメの声が響いた。
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